ちょっとハッとする話

リーファからの手紙

832年。
僕が16歳の姿のまま生きた歳月だ。

右も左もわからない世界で、

人の寿命の10倍は生きた。


魔法使いが空を自由に飛び回り、
見た事も無い獣達が、隣の森の中を自由に歩き回っているこの異世界で、
832年生きた。


ただただ死なない、ただただ老いない、
16歳という。

それだけ長い時間の中で、失う事の怖さを知った。

失う事は怖いのだ。
失くすという事はとても怖いものなのだ。

僕は死ぬのが怖い。

832年間歳を取らなずに生きていても。
死ぬのは怖い。
死への恐怖は計り知れないものだ。

だから僕は今日も生きている。
色々なモノを失って、失い続けて、
それでも生きている。
弱虫と言えば、弱虫だし、強い心を持っていると言えば、持っているのだろう。


僕の細胞達は老化をしない。
そのままに、そのままであり続ける。
腹も減るし、眠くもなるが、僕の身体は老いる事を忘れてしまった。

この世界で、数多くの国が覇権争いに明け暮れ、魔物達が闇夜に紛れて闊歩する。
そんな世界で、僕は生きているのだ。

僕だけが歳を取る事を忘れ、
僕だけが死なないままに……

人間達の王様も、エルフの魔法使いも、
ドワーフの職人も、怖い怖い魔人に至っても時間という括りの中で、歳を取り、成長し、やがて老化し、死ぬ。

生者は、必ず訪れる死というモノに向かい、その終着点に向かって生きている。
僕の場合はその終着点がいつになるかもわからずに、
今を、それでも生きているのだ。

寂しいと思う時もある。
苦しいと思う時もある。
だけども死ぬのがそれ以上に怖いから、
仕方無しに生きている。

名前を変え、経歴を偽り、歳を誤魔化し、
生きて行く。
それが僕の在り方であって、そうしないといけないのだ。

もし仮に、不老という特殊な能力が公になってしまえば、時の権力者達のモルモットにされる事など容易に想像が付く。
実際に大昔には捕えられ、一度はモルモットにされた経験もあるのだから。
痛いのは嫌いだし、閉じ込められるのはそれ以上に苦痛だ。

こんな呪われた身体は僕1人だけで十分だ。

生きとし生けるものはパッと輝いて、サッと死ぬからこそ、
命というモノを尊いと思うのだ。

僕みたいに長いこと生き続けていると、
そんな閃光みたいな生き方がとても眩しくて、目を逸らしてしまいそうになる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

光り輝く緑の草原の中で、金色の長い髪を靡かせながら、ピンっと立った長い耳、色白の肌、切れ長の目、スラッとした立ち姿。

目を閉じれば、若かりし頃のリーファの姿が瞼に浮かんだ。



ーーー拝啓

　　　クーロ・マッケンジー様ーー

あなたがこの手紙を読んでいるという事は、
私はもう死んでしまったという事ですね。


　　　　　　　　　　ーーリーファーー