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第1章 前兆

1話 脳内の線虫

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「これは、ひどい。脳内に、これほどの虫がいるとは。」

交通事故で頭を打ち、脳内で出血した血を取り除く手術中だった。
血とともに出てきたのは、体長3cmほどの20匹の線虫。
赤色で細長いうごめく紐のような虫がそこにいた。

「人間の脳内に線虫がいたというケースはあるにはあるが、主に後進国だし、生肉をずっと食べていたとか、野生の爬虫類から感染するようなケースがほとんどだ。でも、この女子高生がそんなもの食べたり、そんな環境で過ごしているようには見えない。それなのに、どういうことだろうか。」
「痛い。手で触ったら、こんなに小さいのに、ゴム手袋を破って噛まれたみたいだ。なんだ、この生き物は?」
「まずは、この線虫を保存して調べてみましょう。先生。」
「そうだな。また、この女子高生に、記憶障害とか、何か症状がなかったか家族にも聞いてみてくれ。」
「わかりました。」

ご家族に聞いた所、ここ1年ぐらい、特に不自然な様子はなかったという。
一般的に脳内に寄生虫とかいると、記憶障害や体調異常となるはずだが。
どうして、この子は普通に暮らしてこれたのだろうか。

線虫は専門の研究所に送られた。
そこでの調査では、現在、認識されている線虫のいずれにも該当しないという。
それ以上に、線虫は、通常、単純構造だが、ムカデ以上に複雑な構造だったというのだ。

伸び縮みする触角があり、脳内で、アブのように、触角の先の歯で噛みつき血を吸う。
その時に麻酔のような液を出し、人は痛みは感じないという。

一見したときにはザラザラという程度であったが、調べると、無数の足がある。
その足は、最初見たときは短かったが、伸び縮みすることがわかった。
そして、その足の先にはトゲがあり、複雑に動くことができる。

更に目に相当する器官もあり、超音波を出して、真っ暗でも、自分の位置が分かる。
小さいが、かなり高度な生き物だ。

繁殖力はそれほどではなく、長期間、人間と共生できるらしい。
いつから、この子に寄生していたのだろうか。

更に、その1匹を殺そうとしたが、300℃以上の熱では殺傷できなかった。
逆に -120℃に冷却すると、動きは止まったが、温度が戻ると再び動き出す。
体皮は柔軟で、針で刺し、中の養分等を吸い出すことができない。
ホルマリンの中で血を与えなかったら、動きは止まったが、殺すことはできなかった。

何なのだろうか?
私は脳外科医なので、頭蓋骨に穴を開け脳を見ることが多い。
その日を境に、この線虫が見つかった患者は増えていった。
また、原因不明で急死した患者の脳を見ると、ほぼ全員からこの線虫が見つかった。

いずれも、日頃は普通に暮らしていたようだ。
特に、ここ数年で、海外や、海、山に行って、何か異常なものに触れた形跡はない。

ただ、生き残っている患者に共通していることがあった。
いずれも、声なき声に操られているらしいのだ。
周りは全く違和感はないらしいが、本人達は、意思に反した行動をとることがあるらしい。

そんな人たちの血液を調べると、極めて小さい球体状のロボットが見つかった。
更に、驚くことに、脳内に線虫がいない人や私にも、血液からこのロボットが見つかった。
どうも、どの人にも血液中に存在しているようだ。

線虫は、体の情報を電波のようなもので、どこかと繋いでいる。
まだロボット状のときには、まだ電波のようなものは発していないことも分かった。
これはなんだろうか? 何が起きているんだろうか?

また、脳内からこの線虫を取り除くことはできなかった。
一旦、すべて取り除いても、どこからかまたわいてくるのだ。
どうも、血液中のロボットがこの線虫になるらしい。

すべての血を入れ替えることはできる。
でも、血管の管にしがみつく、このロボットを全て洗浄するのは不可能だ。

しかも、調べてみると、血液中のロボットは空気感染で体内に入ることが分かった。
私の周りの空気の中にも、無数のロボットが浮遊していた。
だから、私の血液中にいるのだと思う。
これが線虫に成長し、脳内に繁殖するのかは人によって違うみたいだ。

しかし、数ヶ月経つなかで、これらの患者も、多くが死んでいった。
アレルギー症状だった。これは大変な状況だ。
私もアレルギーで死ぬのか? それとも脳をコントロールされてしまうのか。
それとも、発症せずに終わるのか。

窓から外に目をやると、熱い夏の日で、目の前の空気は揺らいでいる。
そんな中でも、私は、恐ろしさで寒気を感じていた。
暗闇に押しつぶされそうだ。
1人の脳外科医が抱えておける問題じゃない。

厚労省に報告するしかない。ただ、誰に報告すればいいのだろうか。
広いリレーションを持つ三木建設の河田常務に相談してみよう。
河田さんは、大学時代の友人から紹介され、最近、私のところに頻繁に来ている。
ただ、来ても、いつも意味がない雑談だけするだけで、何が目的なのかはよくわからない。
だが、彼の広いリレーションは使えそうだ。

「河田さん、これは恐ろしい事実です。もう、私だけで隠しておかないで、日本又は全世界一体として研究を進めないと、大変なことになるんじゃないかと心配です。明日にでも、厚労省に研究結果を報告したいのですが、誰にアクセスしたらいいでしょうか。」
「もう少し、先生が研究を進めたほうがいいじゃないですか。」
「私も、これまでそう考えてきたんですが、もう限界です。河田さんはいろいろな人をご存知なので、厚労省で誰に報告したらいいか教えてもらえますか。」
「そこまでおっしゃるなら止められないですね。報告先ですが、厚労省の生活衛生局の宮崎局長がいいと思います。私から先生が明日14時に、訪問されると宮崎局長に伝えておきます。霞が関の中央合同庁舎5号館の1Fに受付があるので、先生のお名前と、宮崎局長にアポを入れていることをお伝えすれば入れます。」
「ありがとうございます。私は1医師だから、日々、手術ばかりで、厚労省についてはあまり詳しくないので助かります。では、明日14時に宮崎局長に訪問させていただきます。」
「いえいえ、日本のためですから。先生の日々の絶え間ない探究心には頭が下がります。」

翌日昼に、私は、霞が関に向った。
そして、霞が関の駅から、道路に出たときだった。
暴走した車が私に突進してきて、目の前は暗くなっていった。
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