誰か、私を殺して

一宮 沙耶

文字の大きさ
上 下
38 / 46
第8章 名古屋生活

1話 バブル崩壊

しおりを挟む
鷺ノ宮 美里としてはもう40歳になる。
次は名古屋に行って心機一転、頑張ってみよう。
いろいろな事件と思い出があった東京を去ることにした。

組織メンバーの大部分は公安から暗殺され、壊滅的な状況だという情報が入っていた。
もう、あの組織から逃げられるかもしれない。
公安からも目をつけられないように静かに暮らそう。

もう、生まれてから100年近くが経つのね。
そういえば、昔、人を殺したのもすっかり忘れていた。

でもその100年で、生活も、女性の立場も、信じられないぐらい変わった。
女性が好きだとカミングアウトする女性も、最近では珍しくなくなった。
むしろ、そういう気持ちを隠しながら生きる世の中はよくないという風潮になったと思う。
私が戸惑うのも当然のこと。

そういえば1999年にノストラダムスの大予言とかあったわね。
私もこれで死ねるかもと思ったけど、なにも起きなかった。
これから何かに頼るんじゃなくて、自分で生きていかないと。

世の中ではバブルが崩壊し、暗い話しが増えていった。
あれだけはしゃいでいた日本が一気に暗くなったのは不思議だったわね。
私は、就職氷河期でも、菱丸商事に守られていたので仕事につけた。
でも、周りの女性は、有名大学をでても派遣として働くなんていう姿をよく目にしたわ。

お金もないので、ぜいたく品は買わないし、高いレストランとかにも行かない。
些細なことに幸せを感じようという雰囲気になり、それは今の私にはぴったりだった。
会社での服装も自由になり、夏とかは、Tシャツに緩いスカートとかで出社した。

ある週末、桜が満開な公園でベンチに座っていると、可愛らしい女の子が目に入ってきた。
お父さんとシャボン玉を飛ばして大笑いしている。

「お父さん、こっち、こっち。シャボン玉が飛んでいっちゃうよ。」
「美海、あまり走らないでね。公園からでると危ないよ。」

お父さんと娘さんが、大笑いしながら遊んでる。
お父さんは、娘さんを愛おしいという目で暖かく見守ってる。
こんな親子もいいわね。私も子供がいたら、幸せだったのかしら。
私は女性が好きだけど、子供がいらないわけではない。
これまで、そんなことを考えたことがなかっただけ。

シャボン玉は、紫や緑や橙色とか複雑な模様で、陽の光をあびてキラキラしている。
お父さんの口元から飛ばされた大小のシャボン玉は、そよ風で流れていく。
それを追いかけて娘さんが大笑いして捕まえようと走っていた。

子供は純粋で汚れもなく、かわいい。
ただ、目の前のシャボン玉だけがすべての世界で、今を楽しんでいる。
私は、ずっと、この娘さんを眺めていた。

そして、お腹も空いたので持ってきたアップルパイを食べることにした。
すると、あの娘さんが近寄ってきて、話しかけてきたの。

「おねえさん、そのアップルパイ、とても美味しそう。どこで買ったの?」
「お姉さんが自分で作ったのよ。多めに持ってきたから食べてみる?」
「え、本当! 食べたい。」
「美海、知らない人にねだっちゃだめだろう。」
「いえ、いいですよ。お父さんも、いかがですか?」
「いいんですか?」

女の子も、無精髭のお父さんも、私のアップルパイを笑顔で食べてくれたの。
ベンチに女の子を囲み3人で座っていたから、夫婦と子供に見えたかもしれないわね。

でも、不思議とお父さんと一緒にいるのは嫌じゃなかった。
娘さんがいたからかしら。
アップルパイを食べながら、しばらく雑談をしていた。

「お母さんは、今日は来ていないんですか?」
「いえ、この子には親は私だけなんです。」
「変なこと聞いちゃって、すみません。」
「いえ、いいんですよ。」

このお父さんは、無精髭は生えているけど、肌はとてもきれいだった。
きれいというより、きめ細やかで、柔らかそうに見える。
シミやシワもなく、紫外線対策とかしっかりしているのかもしれないわね。
そして、声は男性らしい低音というよりは、少しキーが高い感じがした。
まだ若いのね。

その後、私がシャボン玉をふき、娘さんとしばらく遊んだ。
どうしてか、お父さんとは自然な自分でいられたの。

その時は、それで別れたんだけど、しばらくして、そのお父さんと再会した。
会社からの帰り道、スーパーで買い物をしていると、あのお父さんから声をかけられたの。

「あれ、また会っちゃいましたね。この辺に住んでるんですか?」
「ええ、本当に偶然ね。今日は、お嬢様は一緒じゃないんですか?」
「家で、帰りを待っています。どうですか、娘も一緒に夕飯を私の家で食べませんか?」
「え、この前、会ったばかりなのにお宅までお伺いしたらお邪魔でしょう。」
「そんなことありませんよ。娘も喜びます。この前、一緒に遊んでくれたお姉さんと、また会いたいと言っていたので。」
「そうなんですか。じゃあ、今回は、お言葉に甘えて行っちゃおうかな。」
「どうぞ。ご遠慮なく。」

スーパーからお父さんの家に向かう道は、夜桜が街頭の光を浴びていた。
春を迎える華やかな気持ちになれる風景。私は夜桜が好き。
あたりは暗くて何もみえず、桜だけがスポットライトを浴びて幻想的な風景。
一瞬の輝きだから美しく思えるのね。

彼とは付き合う気もなかったけど、娘さんとはまた楽しい時間を過ごしたいと思った。
でも不思議。私が、娘さんがいるといっても男性の家に行くなんて。
少しは気持ちの変化もあったのかしら。

「鷺ノ宮さんは、どんな仕事してるんですか?」
「ITのエンジニアをしています。」
「そうなんですか? 私も少し前まで同じ業界にいたんです。」
「それで、フィーリングが合うんですね。」
「でも、娘の美海と一緒に暮らす時間がもっと欲しくて、会社辞めたんです。」
「いいお父さんですね。でも、今はどうされているんですか? 私なんて、無職になるなんて怖くて。」
「今は、自分の部屋で株式投資をしています。もともと、銀行のトレーディングのシステム開発をしていて、大体の勘所があり、すぐに儲けることができるようになりました。」
「すご~い。私なんて、株式なんてやったこともないし。」
「簡単ですよ。バブルは崩壊しましたけど、うまくやれば、暮らしていくのに十分な稼ぎを得られます。でも、なによりも良かったのは、娘の美海が一緒にいて喜んでくれること。美海の笑顔を見れるなら、それだけで幸せですから。」
「釘宮さん、とっても素晴らしいお父さんなんですね。」

家に入いると、私が来ると聞いていたのか、娘さんが走って、私に抱きついてきた。
くすくす笑って、私の手を掴み、部屋に招き入れてくれた。
とても、清潔感があるダイニング。娘さんと一緒に暮らしているからかしら。

私達は、女の子を囲み3人でテーブルに座った。
お料理はお父さんが作り置きしていたハンバーグをチンしたもの。
私も、キャベツを切って、お皿に盛り付けた。

私も、男性と仲良くなれたら、こんな家庭を作れたのかもね。
でも、それは無理。男性には興味はないし。
ただ、このお父さんはそんなに嫌じゃない。そんな男性もいるのには驚いていた。

私はお酒を交わして陽気にいっぱい話していた。
女の子は寝る時間になり、お風呂に入って、パジャマで寝室に行く時間になった。

「おやすみなさい。」
「おやすみ、おねえさん。また、明日遊んでね。」
「じゃあ、明日の土曜日には、公園でまた会おうね。」
「絶対だよ。じゃあね。」
「おやすみ。」

可愛らしい娘さん。
30分ほど経った。娘さんは寝たかしら。
私はお酒を傾け、話していたら、結構、酔っ払ってしまったの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

転生の結末

一宮 沙耶
大衆娯楽
少し前に書いた「ようこそ、悲劇のヒロインへ」という作品と並行して進行する話しです。 その作品の登場人物も出てきて、4話は、視点は違いますが、ほぼ全く同じ話しです。そんな話しが裏であったんだと楽しんでいただければと思います。 「ようこそ、悲劇のヒロイン」を先に読んでも後で読んでも、そんなに変わらないかもしれませんが、そちらも、ぜひ試してみてくださいね❤️

ようこそ、悲劇のヒロインへ

一宮 沙耶
大衆娯楽
女性にとっては普通の毎日のことでも、男性にとっては知らないことばかりかも。 そんな世界を覗いてみてください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...