誰か、私を殺して

一宮 沙耶

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第4章 大阪生活

1話 1人暮らし

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7年間の1人でひっそりと暮らした後、鷺ノ宮 恭子として大阪での生活をスタートした。
大阪は、昔の東京と比べ物にならないぐらい栄えていたわ。
方言のせいか、誰もが大声で怒鳴っているようにも思えたけど、活気があったのだと思う。
もちろん、戦前と比べているので、今の東京はもっと栄えているのかもしれないけど。

その分、山とか川とか自然で遊ぶというより、デパートにいくとか都会の遊び方を知った。
デパートで買い物をした後、そのレストランでメロンソーダとかもおしゃれだったわ。
ただ、周りは家族がいっぱいだったので疎外感も感じたけど。

まず、7年間は、時間はたっぷりあったので関西弁を身に着けることに専念した。
思いのほか、すぐに違和感なく話せるようになったわ。

そして、母を亡くしたばかりの20歳女性として、菱丸建設で働き始めた。
仕事は、前回とほぼ同じで、苦労なく、すぐに慣れたわ。
また、身寄りがない若い女性として、周りの人たちはいずれも親しくしてくれた。

高度成長期時代として、みんなが楽しそうだった。
誰もが明日には今日よりいい生活が待っていると生き生きと暮らしている。
今年は洗濯機が買えるようになり、来年はテレビが買えるようになりという生活。

「恭子ちゃん、今度、合同ハイキングに行かへん?」
「合同ハイキングって、いやらしい事考えているやろ。うちはちょっと・・・」
「そんなん、言わんといてさあ。今どき、誰でも行っとるし、親とかいちゃもん言う人いなんやろ。」
「男性と一緒に遊びに行くなんて恥ずかしいし。」
「そんなに愛想が悪いと、男性とのチャンスなくなってまうで。」
「坂上くんの知ったことやあらへん。」
「しょーもない女やな。でも、もう少し愛想ようした方がええで。べっぴんやねんから。」
「もう時間やから仕事に戻って。」
「そんなこと言わんと、もう少し一緒に話そうや。」
「先輩から怒られんで。」
「とっつきにくい女やな。でも、俺は諦めへんからな。」

私は、新顔の若い女性として、周りの男性から何度も声をかけられたわ。
特に、同期の坂上くんは、よく私をからかってきたの。
でも、私は、男性に近づく気にはなれなかった。

結婚して、片端なんて言われるのは、もう嫌だし。
子供を産めないなら、結婚する意味もないかもしれない。
だからか、男性に心がときめくこともなかった。

服装も、できるだけ地味の色を選び、毛玉が目立つ古めのカーディガンを羽織る。
度数のない黒縁の眼鏡もかけてみた。
髪の毛も、できるだけ手入れをしない。

男性には顔を見られないように下を向いて歩く。
仕事で声をかけられても、顔をみずに小さな声で「はい」とだけ答える。
そんなことをしていると、暗い女といわれ、男性からは声をかけられなくなった。
男性からは、透明の存在になり切っていた。それでいいの。

ある日、廊下を歩いていたら、また坂上くんが話しかけてきたの。

「恭子ちゃん、元気? 何見とるん?」
「雪が降ってきて、きれいやなって思って。」
「雪はきれいやんな。そやけど、さぶいし、部屋に戻ったら?」
「もう少ししたら戻るわ。ありがとう。」
「雪になにか思い出とかあるん?」
「まあ・・・。」
「そやけど、恭子ちゃんは、いつも頑張ってるよね。恭子ちゃんみたいな人がおるから、僕らが頑張れるんや。今度、お礼として、夕食をごちそうさしてや。」
「いえ、ただ自分の仕事をしとるだけやから。」
「そんなん言わんとってさ。食べたいものある? ナポリタンとか美味しいわ。」
「いえ、家で自分でご飯を作るほうが楽やし・・・。」
「じゃあ、今度、鷺ノ宮さんの家に遊びに行ってかめへん?」
「汚いし、恥ずかしいから、ちょっと・・・。」

そんな会話が続いたあと、坂上くんは、同僚の男性と廊下で話していたのを見かけた。

「恭子ちゃんって、ほんまにしょーもない女やな。男のこと見下しとるんとちゃう。お高くとまってさ。」
「ほんまやんな。そやけど、坂上、よぉちょっかい出してたやんけ。」
「もうやめたよ。あれだけ暗いゆうことは、もしかしたら前科者やったりして。見つかったら困るとか。」
「そんなことあれへんやろうけど。」
「まあ、べっぴんやからもったいないけど、もう、あんな女にちょっかい出すのは時間の無駄やからやめた。」
「すべてが揃ぉた理想の女なんておらへんゆうことやな。」
「まあ、そんなんや。経理の京子ちゃんなんかええから、今度、声をかけてみよう。」
「恭子ちゃんと京子ちゃん、呼び方が同じ名前やから性格も似てるなんてことはないのか?」
「全く違って、京子ちゃんは明るいぞ。」
「そりゃ、ええ。」

しばらくして、もうどの男性も話しかけてこなくなったの。
一方で、そんな私を見て、話しかけてくる同僚の女性もいた。

「なぁ、聞いて。営業の高山くん、かっこええやんな。」
「そうかな。」
「前から思っとったんやけど、恭子は、もう少し愛想を良くしたほうがええで。そんなんだと、一生1人で寂しく暮らすことになってまうで。今は、女性も積極的に男性の誘いにのらへんと。聞いたところだと、結構、多くの女性が男性と2人でデートしとんだってよ。デートやで。せやから、恭子も恥ずかしがってばかりいると、男性から嫌われちゃうって。」
「なんか、男性、怖くて・・・。」
「大丈夫やからって。男性って、優しいのよ。一生、結婚せぇへんつもり?」
「そうかも。」
「恭子は男性を知れへんし。まずは、飛び込んでみたほうがええわ。」
「ありがとう。そやけど、いまのままでいいわ。」

でも、お局様たちは、浮ついていない私に好感をもって、いろいろな場面で守ってくれた。
だからか、同じ年代の女性間では嫌がらせとかあったけど、私には全くなかった。

その意味では心穏やかに過ごせたけど、誰もいない部屋に戻るときは寂しい。
真っ暗な部屋。ただいまと言っても、誰も返事はしない。
明かりがある部屋に帰りたい。
でも、また子供ができないと責められるのかと思うと、もう結婚なんてしたくない。

梅田の会社を退社し、京橋の自宅に向かう。
梅田の街も、電車の中も、友人や恋人どうしで、みんな楽しそう。
酔っぱらって、一緒に飲みに行こうと誘ってくる男性もいた。
そんな男性には、睨みつけて断り、足早にその場を立ち去る。

男性についていくのもいいかもと思ったこともある。
でも、怖い。私が普通じゃないと言われることに、化け物だと思われることに。
帰り道で光るネオンさえ、私を化け物だと見下しているみたい。

その分、道端に咲いているお花とかはよく見るようになった。
休日には、少しおしゃれをして、郊外に行き、菜の花畑でそよ風を浴びてみたりしたの。
ひまわりのお花に笑顔で話しかけていることもあった。
そんなときだけ、心穏やかに時間を楽しむことができたわ。

ある時、そんな姿を見られてしまったことはある。
横の部署の人が、突然話しかけてきた。

「あれ、恭子ちゃん。今日は雰囲気がちゃうね。どうしたん。」
「ちょっと、今日はこういう気持ちになっただけやねん。近寄らんといてください。」
「恭子ちゃんも、こういう服を着ればかわいいのに。どう、もう少し、俺と一緒に歩いてみぃひん?」
「結構や。用事がありますから。」
「やっぱり、評判通りやな。こっちからお断りやで。しょーもない女。べっぴんだけでみんなから嫌われとるしょーもない女やで。ああ、勝手にいんだらええさ。」

みんなが明るい未来に向ってどん欲に過ごすなか、私だけが時代に逆行していたのかもね。
素直に前に向かっていれば、楽しく、無責任に進めたのかもとも思ったことはある。

周りの女性は結婚して辞めていくなか、私は独身を貫いたので、職場では浮いていた。
年をとったように見せる化粧の技も身に着けた。顔にしみをつけるとか。
少しは年相応になり、30歳になるころには、お局様として扱われていた。
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