誰か、私を殺して

一宮 沙耶

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第2章 仙台生活

4話 孤立

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5年ぐらい経ったころかしら、私に子供ができないことが大きな問題となってきた。
生理は毎月くるけど、子供ができる気配はない。あの薬のせいかもしれない。
あれだけ幸せ一杯の家族だったけど、暗い雰囲気が覆っていったの。

お姑様には、私の生理の状況を伝え、今晩、頑張りなさいという指導も受けた。
でも、妊娠する気配は全くなかった。

お姑様から、役立たずだと罵られる日々が増えていく。
旦那様がこの家の長男だったのが、より問題を大きくしたのだと思う。

「あの嫁は失敗だったね。子供が産めないんじゃぁ。」
「お母さんの言うとおりだよ。あいつのせいで家の中では笑いがなくなっちゃったから。あいつは気位が高く、僕を見下しているんだと思う。仙台なんて田舎に住んでる男とか思っているに違いない。だから、床の中では、あいつはいつもマグロなんだよ。」
「そうなの。本当に嫌な女ね。もうだめね。そういえば、この前、ご一緒した遠い親戚の女の子、とっても器量が良くて、あなたのことも気にしていたわよ。会ってみない。」
「そんな子がいるんだ。会わせてよ。だめな女は早く入れ替えた方が、子供も多くできるし、いいからさ。」
「わかったわ。声、かけてみる。」

マグロって何? 私は魚じゃない。ただ、男性に抱かれるのに慣れないだけ。
いつも、旦那様が抱いてくるのを我慢して受け入れてきたじゃないの。
私、変わっているのかしら。

権三は去年に亡くなり、私には、旦那様のご家族以外に身よりは誰もいない。
もう、私には逃げるところはどこにもなかった。

そのうち、知らない女性がよく出入りするようになった。
そして、お姑様も、その女性を公然と家に住まわせるようになった。

「旦那様、最近、見かけない女性が家に住むようになりましたけど、どなた?」
「ああ、遠い親戚の女性のことか。身寄りがいないので、この家に住まわせることにしたんだ。ただ、それだけだから、気にしなくていいよ。」
「わかりました。」

でも、雰囲気はそんな感じじゃない。
だれもが、その女性を大切にし、その女性はいつも旦那様と仲良く話している。
そして、旦那様は、私の部屋に来ることはなくなった。

その女性は、廊下ですれ違うときには、いつも、あざ笑うように私を見てる。
最近は、聞こえるように私の悪口を言っているわ。

「お母様、あんな役立たずの女なんて追い出してしまえいいのに。どうして、ずっと置いているんですか?」
「そんな大きな声で言わないの。だって、まだ、あの女のせいとは言い切れないでしょう。だから、早く、子供、特に男の子を産んでくださいよ。そしたら、あなたを正妻にしてあげるから。」
「ええ、すぐに産むからご安心ください。でも、あの女、どれだけ肝っ玉が太いんでしょうね。これだけ長年、ただ飯を食べて、子供も産まずに、居座るなんて。美人だからって、この家をバカにしているのよ。」
「そのとおりね。あんな嫁をとって失敗したわ。」
「もしかしたら、夜、部屋を覗くと、ヘビのように舌を出して、ネズミでも食べてるんじゃないの。」
「いやだ。それじゃあ、化け物じゃない。それは言い過ぎよ。あはは。」

子供を産んだらあの女性を正妻にするって。
もう私が正妻だなんて誰も思っていないじゃないのに。

廊下を歩くその女性が旦那様に話す声が聞こえた。

「旦那様、この前、菊代さんが旦那様のことを、床での所作が下手だから、その気になれないなんて私に話していたんですけど、その時に、本当にひどい女だなと思いましたよ。旦那様も大変ですね。あんな女を妻にしてしまって。」
「そんなひどいことを言っていたのか。全く逆なのに。子供ができないのを自分のせいにしたくない気持ちはわかるが、そこまでひどい女だったとは気づかなかった。もう、あんなやつとは話したくもないし、顔も見たくない。」
「そうですよね。旦那様はお上手ですものね。私はぞっこんですよ。でも、あの女、本当にこの家の癌ですね。早く、追い出したらどうですか。」
「そろそろ、考えなければいけない時期だね。それにしても、お梅は可愛い。今夜も楽しみだ。」
「私も楽しみ。旦那様と一緒にいる時が、梅の一番の幸せな時間です。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。」

そのうち、朝昼晩の食事でも、旦那様の横にその女性が座り、私は呼ばれなくなった。
この家での私の役割はなくなった。

障子は閉ざされ、じめじめとした狭い空間に私は閉じ込められている。
食事も水も、使用人がこっそりと廊下に置いていくだけ。
つい最近まで輝いていたから、逆に、闇は深い。

数年前と同じ場所にいるのに、見える景色はすっかり変わり、すべてが灰色。
今は夏だろうか、冬だろうか、そんなこともわからない。

旦那様が悪いわけじゃないの。どの女性でもできることができない私が悪い。
私は、普通じゃないの。だって、年をとらない化け物だもの。
しかも、子供を産めない女性。いえ、そんな人、女性じゃないわね。
息をするのもつらい。

そもそも、化け物である私が、普通の幸せを望んではいけなかったのね。
結婚したときは、私を称えてくれた桜が、今は、散るために咲いたように見える。
これから、息吹き始める生命も、終わりに向けてはかない命のようにしか見えない。

死ぬために生き物は生きているのかしら。苦しい。
そして、33歳になった時に、旦那様が囲っていた女性に男の子が生まれた。
この家は、ほっとし、再び明るくなった。
子供ができないのは旦那様ではなく私のせいだとはっきりしたからだと思う。

ある日、私は旦那様から呼び出された。

「菊代、お前も知っているだろうが、お梅に男の子が生まれた。そこで、お梅には当家の正妻になってもらうことにする。お前の気持ちもあるだろうが、子供が産めない片端は、この家にはいらないんだ。諦めてほしい。もちろん、金は出す。だから、当家を訴えたり、不満を言いふらしたりしないと、この念書にも印を押してくれ。」
「もう、私はこの家にはいらないということですね。」
「そういうことだ。お前は美人だし、だれか欲しいという人も出てくるだろう。そんなに悲しい顔をするな。」
「わかりました、旦那様。」

最初から結婚なんてしなければよかったのね。
結婚って、幸せになれるものじゃなかったの?
いえ、普通に子供が産めない私が悪いんだった。

念書なんか出さなくても、文句なんて言わないわ。
私は、何も言えず、手切金をもらい、家を去ることにした。
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