誰か、私を殺して

一宮 沙耶

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第2章 仙台生活

1話 初めての社員生活

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仙台は、原子爆弾が投下された広島ほどではなかったけど、敗戦で混乱していた。
でも、朝鮮戦争の特需とかで日本全体は活況となっていったわ。
早いペースで生活はもとに戻り、活気づいていったのが暮らしているだけでわかったもの。

仙台は初めての場所だったので、権三と一緒に松島とかにも観光をした。
海に浮かぶ、ぽっこりした島々の風景は素晴らしかったわ。

職場の人に誘われて、川釣りとかにも行ってみた。
川の水が冷たくて、久しぶりに生きているんだという実感があったの。

川の流れが岩にあたり、水玉が宙に舞う。
それが陽の光をあびて宝石のように輝いている。
木々の枝からは、葉の隙間から木漏れ日が差し込んで美しい。

こんなに山は、色と生命にあふれ、きらきらと輝いているなんて知らなかった。
華族として家に閉じこもっていたなんて、もったいないなかったと気づいたの。

「鷺ノ宮さん、今日はとても楽しそうだね。笑顔が溢れてる。」
「ええ、これまで、渓谷とかに来たことがなかったから、すべてが新鮮で。」
「仙台は初めて?」
「ええ、東京の大空襲で家族はみんな亡くなり、遠い親戚を頼って仙台に来たんだけど、いい所ね。」
「じゃあ、ご家族は・・・。まあ、仙台はいい所だから、満喫できるよ。」
「ええ、精一杯謳歌しようと思います。」

一緒に来たのは家族連ればかりで、1人身なのは私だけだったわ。
でも、身寄りがない私に気を使ってくれたんだと思う。
そんな暖かい優しさが嬉しかった。

会社での仕事も初めての経験で、新しい発見が多かったわ。
事務員の仕事は初めてだったけど、周りは親切に教えてくれたから苦労はなかった。

こんな風に、大勢の人が連携して1つの大きな仕事をするんだということを学んだの。
半年も経つ頃には、それなりに働けるようになっていた。

特に、前の席に座っていた鈴木主任には多くのことを教わり、ほっこりとした時間を過ごせた。

「鷺ノ宮さん、鉛筆100ダース、そろばん20個、藁半紙200箱を買って。」
「よろこんで。」
「いつも、明るく受けてくれてありがとうね。」
「いいえ、鈴木主任にいろいろと教えていただいて、私も助かっています。これからも、よろしくお願いいたします。」
「仕事もそうだけど、鷺ノ宮さんのような美人が職場にいるだけで、華やいでいいよ。」
「お口が上手いんだから。私なんて、どこにでもいる女性ですよ。でも、お世辞でも嬉しく受け止めておきます。」

鈴木主任はいつも私を褒めてくれて嬉しかったし、いい職場に来たと思っていたわ。
そういう関係は落ち着く。職場に来ることが毎日の楽しみになったの。

そうは言っても、これまで家に閉じこもっていたから、周りとの接し方には慣れなかった。
もっと、上司には笑顔を見せなさいと言われたこともあって、努力したのよ。
でも、笑顔で対応していると、年上の女性から、はしたないと叱られたりもした。

男性とは、それほどもめることはなかったの。もめるのはだいたい女性と。
トイレとかで、私の悪口とか聞こえるように言われていることもあった。

「鷺ノ宮さん、すこしばかりきれいだからって、図に乗っているんじゃない。」
「そうよね。この前なんか、経理の松井さんに色目つかってるのよ。気持ち悪いったらありゃしない。」
「そうそう、そういう女よね。なんか、家族はいないらしいわよ。もしかしたら、鷺ノ宮さんが一家を全員殺したとか?」
「あり得るかも。怖いわね。早く辞めちゃえばいいのに。」

そんなこと、トイレの個室にいる私に聞こえるように言わなくてもいいのに。
どうせ、何をしてても、悪口をいう女性って、いるものね。
気にしていても、しかたがない。

そのうち、女性たちには、いくつかのグループができていることもわかった。
どこかのグループに入らないと、1人ぼっちになって孤立するみたい。
そして、どのグループでも、お局様みたいな人を立てないといけないらしい。

「駅前に和菓子屋さんできたじゃない。そこで水ようかん買ったら、とても美味しかったわ。あなたも買ってみたら、感激するわよ。」

華族生まれの私にとって、この辺の和菓子屋なんて、どこもレベルは知れたもの。
でも、そんなことを言ってはいけないわね。

「そうなんですね。知らなかったわ。教えていただき、ありがとうございます。行ってみたいわ。上品な生活をしている里さんがいうんだから、とっても美味しいのね。」
「そうそう。あなた、水ようかんお好き?」
「大好きです。あの涼しげな様子、最高ですよね。」
「あなたは、まだまだ知らないと思うけど、和菓子は深いのよ。これから、いっぱい勉強しなさいね。」
「ありがとうございます。これから、勉強します。里さん、なんでも知っていてすごいですね。少しでも里さんに近づきたいわ。」
「それ程でもないわよ。」

楽しくもないのに相槌打って、適当に笑って無難に過ごすことを学んだ。
思ったことをそのまま話してはいけないということを。
あなたとは違って、私はこう思うなんて言ったら村八分にされそうだもの。

私は、あと18年後には消える存在なんだから、目立たずに生きないといけない。
特に、華族として生きてきたけど、そういう素振りをしては目立っちゃう。
何も知らずにごめんなさいって、なんの教養もない相手に言うぐらいがいい。
プライドは、生きていくには役立たなさそうだし。

一方で、男性はみんな私に優しくしてくれた。
雨の日なんかは、傘を持ってこなかった私に、ある男性が駅まで傘の中に入れてくれたの。

「鷺ノ宮さん、いつも、いろいろとお願いを聞いてくれて、ありがとう。」
「いえいえ、仕事ですから。広瀬さんは、すごいやり手だと聞いてます。すごいですね。」

私は、褒めてくれたことに嬉しくなり、笑顔でその男性と話しを続けた。

「いや、美しい鷺ノ宮さんからそう言われると照れるな。休日とか、いつも何してるの?」
「別に、なにもしてないですよ。掃除したり、洗濯したり。」
「そうなんだ。今度、一緒に映画とか行ってみない?」
「映画ですか。でも、私、一緒に誘えるような友達いないし。」
「鷺ノ宮さんと2人でということだよ。」
「広瀬さんには奥様がいるじゃないですか。だめですよ、気がない私みたいな女性なんかに、そんなこと、雰囲気だけで言っちゃ。人によっては誤解しちゃいますよ。」
「鷺ノ宮さんが素敵だから言っているんだよ。妻は、最近、嫌味しか僕に言わないし。」
「いずれにしても、私、男性と2人で映画なんていう恥ずかしいことはできません。」

そんな会話をしているうちに駅に着いて、お礼を言おうと、彼の顔を見上げたの。
その時、私は凍りついた。
彼は、にたにたしながら私の胸を見つめていたから。上から谷間を覗くように。

え、どういうこと。傘に入れてくれたのは、私の体が目当てだったの?
奥様がいるのにと、気持ち悪くなったわ。
男性の誘いは好意だけじゃないことも知った。

そして、翌日には、その男性と私が付き合ってるなんて噂が流れていたの。
既婚者だった彼は、困ったのか噂を消しまわっていた。
しかも、私から誘ってきて、親切にしたのに、駅に着いた途端、冷たくされたとか。

どうして私が悪者になっちゃうんだろう。なにも悪いことしていないのに。
なにしていいかわからなかったから放っていたら、2ヶ月ぐらいすると噂も消えてきた。
本当に、人間関係って面倒ね。時間が経つと慣れるのかしら。
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