滅びゆく都会の住人

一宮 沙耶

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第1章 都会生活

9話 距離感

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 今井さんからは、付き合って欲しいというオーラが強いな。どうしよう。繰り返しになるが、顔とかスタイルはタイプで、魅力的だ。

 そういえば、バツイチとか言っていたな。おそらく、男性と一緒に暮らして、男性のいい所、嫌な所とかも、一応、知っているんだろう。そのうえで、大人の関係で付き合うことも可能なのかもしれない。

 でも、同じ職場だし、面倒かな。まあ、今のひと時を楽しめればという関係が楽だ。一緒に飲みたいと言われて断るのも、もったいないし。

 1時間を過ぎ、ワインも3杯目になっている頃、話題は日々の生活に移っていた。

「河北さんって、日頃、どんな食事をしているんですか?」
「お肉焼いたり、乾麺茹でたり、たまにはお好み焼きを作ったりとかかな。そういえば、先日、1人用の焼肉を焼くプレートを買って、1人でジュージューって焼肉もしているよ。リモート勤務も浸透し、家で過ごすことが多くなって暮らし方が変わったね。家を出ないと、服とかも買わないし、数百円あれば1日の食事も十分だし、仕事が終われば、すぐにお酒を飲んで、酔っぱらったら即寝れるし、いいことが多いと改めて気づいたよ。」
「野菜とか食べてます?」
「キャベツとか千切りにして、マヨネーズをばーとかけて食べたりしているよ。」
「朝ランニングもしているし、山とかも言っているので、マヨラーでも太らないですね。」
「今井さんも、時々、ランニングしていると聞いたことあるけど、健康のために運動することはいいよね。僕は、山も、風景を見にというよりは運動するためにという感じかな。」
「山って、どこら辺にいくんですか?」
「日帰りが多いので、日頃は、奥多摩とか、山梨とか、秩父とかかな。ただ、年に何回かは登山旅行に行って、温泉に入ってなんていうこともある。」
「魅力的ですね。温泉付きの登山旅行、行ってみたいな。今度、一緒にどうですか。」
「またまた、一緒に旅行なんて、みんなにバレたら大変だ。」
「もちろん、泊まるのは別の部屋で。偶然、旅行先で会ったといえばいいじゃないですか。山登りも、体力はあると思うけど、初めてなので指導を受けたいし。お願いしますよ。」

 積極的に誘ってくるな。これは、暗に、同じ部屋で泊ろうと誘っているんだと思う。温泉、美味しい料理、お酒、その先には、朝までというコース、これは楽しみだ。

 朝、ベットで今井さんにおはようって言えるなんて最高じゃないか。なんたって、35歳と若いし、暖かい、柔らかい肌、これだから人生は楽しい。

 そうは言っても、こちらから誘ったという証拠を残しちゃまずいから、あくまでも今井さんから誘ったことにする、これは徹底しよう。まずは、健康的な時間を過ごすだけ、その後は、今井さんから誘われて、仕方がなく、そうなったというのがいい。

 温泉宿なんて、1人づつで予約なんてしないだろうから、今井さんは1部屋しか予約しないはず。それも今井さんに任せて、僕は知らなかったと。

「仕事だけじゃなくて、プライベートも積極的だね。今井さんの魅力には負けちゃうよ。では、来週ぐらいだと、東北では紅葉も綺麗だと思うので、一緒に行こうか。前から狙っていた福島県にある猪苗代湖の近くに安達太良山という山があるから、そこにしよう。その麓に温泉宿もあるし。」
「それ、いいですね。温泉宿は私で探して予約してみます。安達太良山の麓って、中ノ沢温泉って所ですかね。この地図見ると、磐梯吾妻レークラインとか、五色沼とかあるじゃないですか。もう1泊してレンタカー借りて旅行しましょうよ。」
「楽しそうだね。お互い独身だからいいけど、本当にいいのかな?。」
「大丈夫、大丈夫。たまたま旅行先で会うだけなんだから。登山グッズ、何が必要か教えてくださいね。」
「わかった、わかった。」

 レストランの窓からは、六本木に立ち並ぶビルから漏れる光が美しかった。そんな光景と、薄暗いレストランの雰囲気で、今井さんとは2人だけしかここにいないという気持ちになれる。

 暗い照明の中で、今井さんの頬は赤く照らされていて、僕も同じように見えているのかもしれない。

 夜景が見える窓に目を移すと、照明を浴びた2人が映し出されている。この姿を見る限り、年の差はあるものの、仲のいい2人に見えるだろう。今井さんは、笑顔いっぱいで、僕の顔を見つめている。

 最近は、リモート勤務が多いが、少し外に出れば、このようなおしゃれな場所がいっぱいある東京は、お金さえあれば住むにはいいところだ。

 僕は、今井さんとレストランをでて、今井さんをタクシーに乗せて見送り、その後に来たタクシーで自宅に向かった。

 さすがに、始めての食事でホテルに誘うのは、ガツガツしすぎだ。もう少し、一緒にいたいと思うぐらいがちょうどいい。

 タクシーからは、煌々と光るビルがみえ、働き方改革と言われて久しいが、夜10時を過ぎても、大勢の人が働いている光景が目の前を通り過ぎていく。

 でも、そんな光景をみつつ、さっきまで目の前にいた今井さんの姿を思い出していた。白いブラウス、それを包み込むような、シースルーなカーディガン。ふわっと広がるような花がらのロングスカート。

 清楚な今井さんを象徴するような服装だった。今井さんの心は、服装に象徴されるように清楚そのものなんだと思う。

 そんな今井さんは、お酒を飲んでも、エレガントに歩き、エレベーターの中では、下から私の顔を見上げていた。なにか、はにかみつつも、からかうような目で。

 むしろ、僕がお酒に酔っているのかもしれない。思い出すのは、魅力的な今井さんの姿ばかり。今夜は夢にもでてきそうだ。
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