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第3章 田舎での家族生活
4話 最愛の人の死
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災害の日から2年が経ち、息子も1歳となって忙しい日々が続いていた。日々の生活はできていたけど、病院では医薬品や手術用の器具などはなくなり、ガソリンも尽きて車なども走らなくなっていた。
ガスとか海外が入ってこないから、お風呂を沸かすのも薪でやるなんて、都会の生活をしていた頃からは想像もできないよね。
人類が積み重ねてきた科学を土台にして成り立っていた豊かな生活って、なかなか元に戻せないと実感する日々だった。
ここに住んでる人たちも苦労しているらしいけど、私たちみたいに都会の生活しか知らなかった人には、苦労も尋常じゃない。
娯楽とかもないから、ただ、生きていくために生きているだけ。私には、陽翔という息子を育てるという目標があるから、なんとか生きていける。
でも、もともと私のことを聞いてくれなくて会話は減っていたんだけど、息子ができたことも関係があるのかしら、聡さんへの関心はなくなっていったの。
そして、聡さんに向けたおしゃれとかもせず、聡さんが、どんな姿でいるかなんて見ることもなくなった。
それは家族として空気のような存在になっていったというのとは少し違う。もともと他人にドライな私に戻ったということかもしれない。
そもそも、私って、恋愛とか家庭生活とかには向かない女なんだと思う。この人と一緒にいたいとか、好きとかという感情はほとんどない。人間として、なにかが欠けている。欠陥品なのは分かってる。
でも、聡さんの子を産みたいと思ったのは本当で、息子は本当に愛しているし、大切に育てていくわ。それとは別で、聡さんには、もう何も感情はない。ただ、息子を育てるために必要だから一緒にいるだけ。
ところで、最近、気づいたんだけど、いつの間にか、聡さんは少し変わったように思えた。まだ60歳になっていないけど、生活環境が厳しくて、体には負担が多く、年齢をとるのが加速しているのかもしれない。
というのは、少し、ボケてきたのではないかということ。先日は、陽翔を抱っこしながら、つまづき、危うく陽翔を潰しそうになった。
別の日には、何を考えているのか、お風呂を沸かす薪と一緒に、陽翔を火の中に入れるんじゃないかと思うような姿勢で陽翔を抱きかかえていた。
更に、陽翔を載せたベビーカーから坂の上で手を離してしまい、危うく転げ落ちるところだった。
でも、これってボケたの? いつも陽翔が危ない目に合ってるけど、陽翔を殺そうとしてるんじゃないかしら。
もしかしたら、祐樹の亡霊が聡さんの体に乗り移り、私から陽翔を奪おうとしている?
そんな非現実的なことはないだろうとも思ったけど、そう考えると思い当たることが多々あった。まずい。このままだと、せっかく授かった陽翔が奪われてしまう。
私は、祐樹の亡霊という考えに囚われていた。
そして、聡さんの顔に祐樹の顔が重なり、祐樹が私への恨みを晴らすために、ニヤけているように見えた。自分の子供を奪った私への復讐を果たすために。
それからというもの、夜になると寝ている部屋のサイドボードから、写真立てが落ちる、でも聡さんは寝ていて、動いた気配はないなんてことも増えていった。
真っ暗な部屋で、聡さんが、陽翔の顔をずっと上から見ていることもあり、その顔は、にらみつける様相だった。
そして、聡さんが、口笛を吹いているのを聞いたとき、私は凍りついた。その口笛の曲は、祐樹が、付き合っている頃に口笛を吹いていたものと同じだったから。
これは間違いない。明らかに、祐樹が聡さんに乗り移っている。
陽翔を守るために、聡さんをこの世から抹殺しないといけないと常に思うようになり、その妄想を疑うことができなくなっていった。
もしかして、祐樹の亡霊が仮にいたとしたら、陽翔ではなく、聡さんを私から奪おうとしていたのかもしれないけど。
いずれにしても、陽翔を守るためには、聡さんをこの世から亡き者にしないとと強く思い込んでしまっていた。
ある雪が降り積もった朝、今日は農作業もできないし、聡さんと久しぶりに雪化粧された山を散歩してくると言って、なみさんに陽翔を預けて、聡さんと山に向かった。
聡さんは、久しぶりの雪山の登山だと喜んで私と里山を歩くことを楽しんでいたし、なみさんは、楽しそうにしている聡さんを見て、何も疑わずに、楽しんできてねと言って、私たちを送り出してくれた。
私たちは、それぞれ、登山靴に軽アイゼンをつけ、晴天の中、キラキラとする雪山に向かった。
木々には、吹き付けた雪が花のようについていて、氷の結晶も、陽の光をあびて美しい。聡さんは何度も経験しているんだろうけど、私は、一面、真っ白な、こんな美しい山を歩くのは初めて。
昨晩の雪は、今年初めての雪で、まだ足のくるぶしぐらいまでしか積もっていない。でも、見渡す限り、雪が地面を覆っている。
私が過去に犯した罪を、キレイな雪が覆い隠すみたいに、すべての汚いものに純白な雪が覆っている。そして、その上を陽の光が照らし、清らかな空間にしている。
吐く息は白くなり、頭の中まで澄み渡るような冬の朝で、荘厳さに包まれる。
そんな中、私は、聡さんと山に入っていった。やっぱり、聡さんは、少しボケたのかしら。子どものような、あどけない雰囲気だった。だから、祐樹に心を乗っ取られるのよ。
山の中腹に、昔から知っている崖があった。30mぐらいかしら。土砂崩れで、切り立った崖。雪が降る前から、殺害はここでと下見もしてきた。
「聡さん、この崖、雪で覆われキレイよ。来てみて、下を覗いてみてよ。」
「そうか。どれぐらいキレイなのかな。」
そう言って、崖を覗き込んだ聡さんを、私は、思いっきり押し、突き落とした。聡さんは、目の前から消え、下を覗くと、真っ白な雪の上に、真っ赤な血が広がっていった。
そう、下には、がけ崩れで落ちた大きな岩がいっぱいある場所。生き残れるはずがない。しかも、こんな高いところから落ちたのだし。
純白の雪の上に流れた血は、私が再度犯した罪の穢れのように見えた。私は、また罪を犯してしまった。いくら息子のためとはいえ。
ガスとか海外が入ってこないから、お風呂を沸かすのも薪でやるなんて、都会の生活をしていた頃からは想像もできないよね。
人類が積み重ねてきた科学を土台にして成り立っていた豊かな生活って、なかなか元に戻せないと実感する日々だった。
ここに住んでる人たちも苦労しているらしいけど、私たちみたいに都会の生活しか知らなかった人には、苦労も尋常じゃない。
娯楽とかもないから、ただ、生きていくために生きているだけ。私には、陽翔という息子を育てるという目標があるから、なんとか生きていける。
でも、もともと私のことを聞いてくれなくて会話は減っていたんだけど、息子ができたことも関係があるのかしら、聡さんへの関心はなくなっていったの。
そして、聡さんに向けたおしゃれとかもせず、聡さんが、どんな姿でいるかなんて見ることもなくなった。
それは家族として空気のような存在になっていったというのとは少し違う。もともと他人にドライな私に戻ったということかもしれない。
そもそも、私って、恋愛とか家庭生活とかには向かない女なんだと思う。この人と一緒にいたいとか、好きとかという感情はほとんどない。人間として、なにかが欠けている。欠陥品なのは分かってる。
でも、聡さんの子を産みたいと思ったのは本当で、息子は本当に愛しているし、大切に育てていくわ。それとは別で、聡さんには、もう何も感情はない。ただ、息子を育てるために必要だから一緒にいるだけ。
ところで、最近、気づいたんだけど、いつの間にか、聡さんは少し変わったように思えた。まだ60歳になっていないけど、生活環境が厳しくて、体には負担が多く、年齢をとるのが加速しているのかもしれない。
というのは、少し、ボケてきたのではないかということ。先日は、陽翔を抱っこしながら、つまづき、危うく陽翔を潰しそうになった。
別の日には、何を考えているのか、お風呂を沸かす薪と一緒に、陽翔を火の中に入れるんじゃないかと思うような姿勢で陽翔を抱きかかえていた。
更に、陽翔を載せたベビーカーから坂の上で手を離してしまい、危うく転げ落ちるところだった。
でも、これってボケたの? いつも陽翔が危ない目に合ってるけど、陽翔を殺そうとしてるんじゃないかしら。
もしかしたら、祐樹の亡霊が聡さんの体に乗り移り、私から陽翔を奪おうとしている?
そんな非現実的なことはないだろうとも思ったけど、そう考えると思い当たることが多々あった。まずい。このままだと、せっかく授かった陽翔が奪われてしまう。
私は、祐樹の亡霊という考えに囚われていた。
そして、聡さんの顔に祐樹の顔が重なり、祐樹が私への恨みを晴らすために、ニヤけているように見えた。自分の子供を奪った私への復讐を果たすために。
それからというもの、夜になると寝ている部屋のサイドボードから、写真立てが落ちる、でも聡さんは寝ていて、動いた気配はないなんてことも増えていった。
真っ暗な部屋で、聡さんが、陽翔の顔をずっと上から見ていることもあり、その顔は、にらみつける様相だった。
そして、聡さんが、口笛を吹いているのを聞いたとき、私は凍りついた。その口笛の曲は、祐樹が、付き合っている頃に口笛を吹いていたものと同じだったから。
これは間違いない。明らかに、祐樹が聡さんに乗り移っている。
陽翔を守るために、聡さんをこの世から抹殺しないといけないと常に思うようになり、その妄想を疑うことができなくなっていった。
もしかして、祐樹の亡霊が仮にいたとしたら、陽翔ではなく、聡さんを私から奪おうとしていたのかもしれないけど。
いずれにしても、陽翔を守るためには、聡さんをこの世から亡き者にしないとと強く思い込んでしまっていた。
ある雪が降り積もった朝、今日は農作業もできないし、聡さんと久しぶりに雪化粧された山を散歩してくると言って、なみさんに陽翔を預けて、聡さんと山に向かった。
聡さんは、久しぶりの雪山の登山だと喜んで私と里山を歩くことを楽しんでいたし、なみさんは、楽しそうにしている聡さんを見て、何も疑わずに、楽しんできてねと言って、私たちを送り出してくれた。
私たちは、それぞれ、登山靴に軽アイゼンをつけ、晴天の中、キラキラとする雪山に向かった。
木々には、吹き付けた雪が花のようについていて、氷の結晶も、陽の光をあびて美しい。聡さんは何度も経験しているんだろうけど、私は、一面、真っ白な、こんな美しい山を歩くのは初めて。
昨晩の雪は、今年初めての雪で、まだ足のくるぶしぐらいまでしか積もっていない。でも、見渡す限り、雪が地面を覆っている。
私が過去に犯した罪を、キレイな雪が覆い隠すみたいに、すべての汚いものに純白な雪が覆っている。そして、その上を陽の光が照らし、清らかな空間にしている。
吐く息は白くなり、頭の中まで澄み渡るような冬の朝で、荘厳さに包まれる。
そんな中、私は、聡さんと山に入っていった。やっぱり、聡さんは、少しボケたのかしら。子どものような、あどけない雰囲気だった。だから、祐樹に心を乗っ取られるのよ。
山の中腹に、昔から知っている崖があった。30mぐらいかしら。土砂崩れで、切り立った崖。雪が降る前から、殺害はここでと下見もしてきた。
「聡さん、この崖、雪で覆われキレイよ。来てみて、下を覗いてみてよ。」
「そうか。どれぐらいキレイなのかな。」
そう言って、崖を覗き込んだ聡さんを、私は、思いっきり押し、突き落とした。聡さんは、目の前から消え、下を覗くと、真っ白な雪の上に、真っ赤な血が広がっていった。
そう、下には、がけ崩れで落ちた大きな岩がいっぱいある場所。生き残れるはずがない。しかも、こんな高いところから落ちたのだし。
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