滅びゆく都会の住人

一宮 沙耶

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第1章 都会生活

8話 初めてのイタリアン

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「あの、今井で予約している者なんですけど。」
「お待ちしていました。どうぞ、こちらへ。」

 毎晩の悪夢で疲れながらも、おしゃれをし、高級感のあるイタリアンレストランの前に立つと、気分はしゃきっとし、明るくなれた。

 もうすぐ時間ね。リップはさっき確認したし、髪は乱れていないわね。耳出した方がいいかな、いや、今日は髪はすっと落としておいて、後で、すくってイヤリングを見せよう。

 スカートのしわはない、大丈夫。男性は見ないとか聞くけど、マニキュアは秋っていう感じで頑張ってみた。

 私服で来ると言っていたから、私も私服にしたけど、ちょっと胸出し過ぎだったかな。でも、今更変えられないし、清楚な雰囲気だから問題はないわね。

 河北さんは、時間に厳しいから、待ち合わせ時間ピッタリに来るはず。あと5分ぐらいで来るわね。今日は、罪に怯える暗い女という雰囲気は出さずに、明るく、可愛く、清楚な女性で頑張ろう。あ、来た。

「こっちです、こっち。」
「あれ、待たせたなか。」
「いえいえ、私も、今、来たところです。」
「ビアバーとか言っていたけど、イタリアンにしたんだね。」
「このお店、人気店みたくて、前から来たかったんですよ。」
「そういうことじゃないんだけど・・・。」
「そんなことより、お料理、何にします? それよりも、まず飲み物ですね。シャンパンで乾杯とかいいですか。」
「任せるよ。」
「では、すみませーん。これ、2杯、お願いします。」
「かしこまりました。あと、お料理は、どうされますか。」
「うーん。少し待ってね。」
「承知しました。では、お飲み物をお持ちします。」
「お願いします。河北さん、お料理、何を頼みます? 私は、生ハムの盛り合わせ、イベリコ豚の炭火焼き、濃厚チーズリゾットあたりかな。」
「美味しそうだね。じゃあ、それと、グリル野菜のピクルスもいいかな。」
「わかりました。シャンパンが来たので、乾杯しましょう。かんぱーい!」
「乾杯!」

 最初は、本当に仕事の話しから始まった。

「今井さんに相談があると言っていたけど、まず、私から伝えたいことがある。今井さんの部下に西川君がいるけど、彼は、この仕事には向かないのでメンバーから外すことにする。」
「え、河北さん、彼はできる人だって本人に言っていたじゃないですか。まあ、どうかなとは思っていたけど。」
「本当のことなんか本人に言えないだろう。やる気もなくなって、パフォーマンスも落ちるし、パワハラとか言われるかもしれない。それも見越して、先月、山本君を投入した。」
「そうだったんですね。ちょっと、うちのチームでは人が多すぎかなと思っていたので、納得しました。でも、西川さんはどうするんですか?」
「西川君には財務部に行ってもらうことにする。彼には、優秀だけど、チームの中だけだとできる幅が狭くなってしまうので、社内のリレーション構築も含めて、今後の幹部候補生に向けて、よりできる仕事の範囲の幅出しを全社組織でやってもらいたいと意識づけしてくれ。そういえば、やる気も出るだろう。」
「本当のことを言ったらどうですか? もしかしたら、転職して、向いている職場で活躍した方が本人のためかもしれないし。」
「当社は、地頭はいい人材がいっぱいいるから、のらりくらり使い倒して、最後までいてもらった方がいいんだ。西川君だって、新しいビジネスモデルの構築とかはダメだったけど、数字を扱うとか、論理的に物事を整理するには十分な能力がある。今は、中途採用とかあって、それ自体は否定しないけど、よくわからない人を採用するより、今いる人の優秀なところを引き出す方がよっぽど効果的だと思う。」
「会社ってドライですね。私も、人事の極意を学びました。河北さんの指導のもとにもっと経験を積みます。」
「ところで、相談したいことってなんだったけ?」

 相談したいことは本当はなかったんだけど、そう誘ったので、当たり障りのないことを言ってみた。

「相談っていうほどではないんですけど、最近、リモート会議とか増えているじゃないですか。そんな中で、人と合わない時間が増えて、メンタル気味になる人が増えていると聞いたんですよ。私は、メンバーにどう接すればいいかなって。」
「定期的に、少しの時間でいいから、ちょっと相談させてとか、これどうなっているとか話す時間を作って、一緒に笑顔で話せる時間を作ることかな。今井さんは笑顔が素敵なんだから、笑いかけられれば、みんな、自分のことを気にしてくれてると思って、やる気になると思うよ。」
「そうなんですね。メークもしていないので、Video on にしていないけど、時々、onにしてみた方がいいということですかね。なんか、おばさんがうるさいとか思われないですか?」
「そんなこと思う人いないよ。とっても可愛い顔なんだから。」
「ハラスメントとか言われないように気をつけてやりますね。」

 レストランを見渡すと、30代ぐらいの男女が多い。さっき、そのうちの1テーブルで、男性が結婚指輪と花束を渡してプロポーズをし、周りから祝福を受けていた。

 それなりに広いフロアーに、離れてテーブルが配置されていて、全体には暗い照明の中で、テーブルがライトで照らされている。だから、オープンスペースだけど、2人だけの世界にいるみたい。

 そんなおしゃれなレストラン。その中で、年の差が15歳ぐらいある男女が、仕事の話しもしながら、笑顔で静かに話している。どんなふうに周りから見えているのかしら。
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