大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春

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愛をささやく4

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「だけどさ~あまりにも辛気臭くって!」
「……へ?」


お母さんが「アハハ」と、口元に手を当てながら陽気に笑う。

大きな口を見せない気遣いが、お母さんの気品を表しているようだった。


「そんな状態で子育てしていけるの?って、思わずその場で喝を入れちゃったのよね」
「(お母さん容赦ない!)」


すると驚く私の隣に、いつの間にか執事さんが立っていた。「そう言えば、そんな事もありましたね」と笑っている。


その執事さんが言うには――
昔、こんなやりとりがあったらしい。






『あなた……そう、あなたよ。市役所の隅で暗い顔をしている、そこのあなた。
あなたの横にいるのは、あなたの子供?』
『……に、なったばかりだ』
『そう。可愛いお嬢さんね――
突然だけど。女性にレディファーストしない男なんて、男じゃないわよ?』
『は?あんた、何の話を……』


目を丸くしたお父さんに、煌人のお母さんは笑った。


『女性はね、レディファーストをされる事で幸せになれるの。お嬢さんがいくら小さくても、レディはレディよ。

今のあなたは、レディを幸せに出来るスマートな男なの?』
『!ッ、……』


何も言い返せずに黙ったお父さんに、煌人のお母さんは言ったそうだ。


『仕方ないわね。ウチで働きなさい。働きに見合った額を支給するわ。だから――

まず、あなたが幸せになるの。
あなたが幸せになって、自分自身に余裕を持ちなさい。その余裕が、レディファーストを生み出すのよ。

そしてあなたの一番大切なレディを、あなたが幸せに導きなさい。
それが親が子にしてあげられる最上級のレディファーストよ』






「その後、真くんはすっごく働いてくれてね。今じゃ秘書よ秘書!出世したわよねぇ~」
「は、はは……」


声高らかに笑っているお母さんを、ただ呆然と見てしまっていた私。

だけど「お礼を言わないと」と思って、頭を下げようとした。

すると、パシッと。
お母さんが、私の頬を掴む。


「凛さんにもう一度会ったら、聞きたい事があったの。
あなたは今、幸せかしら?」
「!」


少しだけ眉を下げて、首を傾げて聞いてくれるお母さん。

そんな姿を見ていると、

私が忘れていた「お母さん」の記憶が、少しずつ蘇ってくる。


「(あぁ、そうだった)」


そうだ、私のお母さんも。
私を心配して、よくこんな表情をしてくれていた。


私はお母さんの手に、そっと自分の手を重ねる。
そして「幸せです」と。そう答えた。


「お父さんもいてくれて、それに……煌人もいてくれて。私は幸せです」
「……そう。良かった。あなたが幸せなら、真くんも幸せなのね。安心したわ」


お母さんは、静かに泣く私の涙を、綺麗なハンカチで丁寧に拭ってくれた。

そして「ウチの息子と仲良くしてくれてありがとう」と。ギュッと、優しく抱きしめてくれる。


「ワガママで甘えたな息子だけど、これからも一番近くで仲良くしてあげてね」
「……はいッ」


泣きながら笑うと、お母さんも「ふふ」と笑ってくれた。

その目には、少しだけ涙が浮かんでいる。

かと思いきや……


「煌人!そこに座りなさい!」
「げぇ!?」


ここが教室であるのをいいことに、お母さんは先生役になって、ミッチリ煌人をしごき始める。


「あなたって子は!いつか真剣な声で”話がある”って電話で言うから何かと思ったら……大事な人が出来た、なんて。そこまではいいのよ?だけど、」


――大事な人が出来たら、お前がやらないといけない事は分かっているな?
――……はい


「パパのこの言葉を、どうして”何もかも一番になる”って事に解釈するの?ピアノで賞をとろうが、テストで一番になろうが、そんな事は関係ないのよ!
勉強や運動で一番になっても、何個も賞をとっても。それらが好きな人を前に、何かの役に立つの?立たないでしょ!」
「は!?じゃあ、俺はどうすればよかったんだよ!」


思わず大きい声で言い返した煌人に、お母さんは怒った顔のまま、ため息を吐いた。

そして、


「”あなたがやること”っていうのは、私たちに凛さんを紹介する事。それだけよ」


そう言った。


「……は?それだけ?」


お母さんの言葉に、煌人はポカンとした顔をした。

だけど一秒後には「じゃあ今までの俺ってなんだったんだよ」と、みるみる落ち込んでいく。


「鳳条グループを背負う奴が、なに恋愛なんてやってんだって……そういう事じゃねーのかよ?だから何もかもを完璧にして、文句言われない俺になって、凛との交際を認めてもらおうと……」


すると聞いていたお母さんが、鼻をフンッと鳴らした。


「中学生のあなたが鳳条を背負う?百万年早いわよ。今は学生らしく、服を泥だらけにして好きなように遊びなさいよ」
「も、もう泥だらけになってまで遊ぶ年齢じゃねーよ!」


口は元気なものの、今までの自分が全て空回りだったのかと……力が抜け、座り込む煌人。

そんな煌人を呆れて見るお母さん(と執事さん)。


っていうか……
煌人が今まで頑張ってた理由って、そうだったんだ。


「私とのお付き合いをご両親に認めてもらおうとして……ん?
そもそも私たちって、付き合ってないよね?」


思わず声に出すと、煌人が顔を赤くしたり青くしたり……とにかく忙しそうに私を睨んだ。


「ばっか!今それを言うなよ!!」
「えー!煌人の独りよがりなのー!?やだ恥ずかしい~!」


すると煌人も、売り言葉に買い言葉なのか、お母さんを睨んで「そっちこそ!」と拳で床を叩いた。


「恥ずかしいのはどっちだよ!真さんに俺をストーキングさせてメモを取らせて!その方が恥ずかしいだろ!いい大人が何やってんだよ!」
「えー嫌だったー?最近の煌人の動向を知りたかっただけなんだけど~」


お母さんが口を尖らせて言うと、煌人はため息をついた。
そして――


「なら直接、俺の口から聞けばいいだろ。なに遠慮してんだよ」
「!」


その言葉を聞いたお母さんは、一瞬だけ驚いた顔をした。

だけど、次には頬を緩めて「そうね」と柔らかく笑う。


「煌人の言う通りだわ。これからは何でも聞くからね」
「はいはい……」
「恋の相談にも乗るから、遠慮せずに話しなさいよ!」
「だー!もう!そっちの事はほっといて!」


だけどお母さんは「いいえ」と言って、教卓をバシンと。どこから出したか分からない大きなセンスで、思い切り叩いた。


「あなたがさっき、タガが外れそうになったの。私は知ってるのよ!」
「(ギクッ!)」
「タガって、何ですか?」
「……凛様はこちらに」


私は執事さんに連れられ、廊下に出る。

すると中は、お母さんの大きな声で埋め尽くされた。


「大体、保健体育っていうのは!」
「わーったから!静かに言ってくれ!!」


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