大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春

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あの日から少し経ち、運動会の練習が始まった。

まだ六月終わりだけど蒸し暑い中、私たちは入場行進や競技練習に励む日々。


そして――


運動会本番を明日に迎えたある日。

放課後の最後の全体練習を前に。
私は煌人に、こんな質問をしていた。


「ねぇ煌人、もし良かったら次の日曜日にウチに遊びに来ない?」
「え!!」


一気に表情が明るくなり、絶対に喜んでいる煌人。

だけど「あ……」と。
何か用事がある事を思い出したのか。

表情が、一気に暗くなった。


「ごめん、日曜は家庭教師なんだよ」
「日曜なのに習い事?大変だね」
「本当にごめん!今度絶対行くから、また誘って……」


「いや忙しいならいいよ」と言うと、煌人にギロリと睨まれた。


「絶・対・に・誘っ・て。
な?」
「(誘ってもらう人の態度じゃない……)」


今、私の目の前で鬼の形相をしている人が。

数日前、泣く私を慰めてくれた優しい人と同じだったかと。

その豹変ぶりに、思わず疑問を持ってしまう。


「(だけど……感謝はしてるんだよね)」


「じゃあ先に運動場に行くな!」と、教室を後にした煌人の背中を見る。


あの日――


電車を降りた私を待っていてくれたお父さん。

私を見つけると、いつもと同じように、ニコリと笑ってくれた。


『凛、おかえり』
『お父さん……ごめんね、あの……』


黙ってお父さんお母さんのお墓に行って、ごめんなさい。って。

そう謝ろうとした。

だけど、


『いいんだよ凛。お父さんお母さんの所に行きたい時は、お父さん(俺)に遠慮せずに行っていい。だけどね、俺も凜の両親と話したいから……今度は一緒に行ってもいい?』
『あ、たり前、だよ……っ』
『もしお父さん(俺)の悪口を言いたい時は、耳を塞いでおくから大丈夫だよ』
『……っぷ、なにそれ!』


あまりの自虐ネタに面白くなって、私はプハッと笑った。

するとお父さんは、ふわりと私を抱きしめ「おかえり」と、また笑う。


『待ってたよ、凛』
『お父さん……』
『帰ってきてくれてありがとう』
『……~っ!』


こんな私でも「待っててくれる人」がいる。

こんなに一番近くで、ずっと。

それは本当に幸せな事なんだと、私はやっと、気づく事が出来た。


『私、お父さんに聞いてほしい事が、たくさん……たくさんあるのっ』
『そうか。お父さんもね、凛の事なら何でも聞きたいよ。
だから――凜が話したい事を話してごらん。
これでも食べながら、ね?』


そう言って、お父さんが腕を上げた。

その手は、小さな箱を握っている。


『これは?』
『美味しいカップケーキ屋さんで買ったんだ。
きっと凜が喜ぶはずだから買ってみてください、って。夕方、鳳条くんがメールをくれたんだ』
『(煌人が……)』


きっと私を迎えに来る電車の途中で、お父さんにメールしてくれたんだ。

本当どんな時でも、私の事を思ってくれるんだね……。


『(ありがとう、煌人)』


その夜。


家でカップケーキを食べながら、お父さんと色々な話をした。

学校でのテストのこと、友達の泡音ちゃんのこと、煌人のこと。

息をするのも忘れるくらい、熱中して話す――そんな私を、お父さんは驚いて見ていた。


『凛がここまで色々お話してくれるなんてね』
『ごめんね……。今まで、あまり喋らなくて』
『ううん。もっと聞きたい。次は誰の話かな?』


ほらほら、もっとお父さんに聞かせて?


とお父さんに言われると、改めて照れてしまって「うっ」と言葉に詰まる。

そして誤魔化すように、カップケーキを口に運んだ、

その時だった。


『凛が変わるきっかけをくれたのは、鳳条くんかな?』
『ブホッ!』


あやうく、カップケーキを喉に詰まらせるところだった……。

そんな反応をした私を、お父さんはニヤリと笑って見た。


『その反応……図星だね?よし、じゃあ分かった!』
『な、何が?』
『今度の日曜日に、煌人くんをウチへ連れておいで。お父さんもお礼がしたいしね』
『うっ……!』


嫌だ!!
煌人を家になんて、絶対に誘いたくない!!

と思ったけど……


『い、嫌だけど……。お父さんのために、頑張って誘ってみる……っ』
『はは、素直でよろしい』


――というわけで。

さっき煌人を「日曜日どう?」と誘ってみた。
だけど、早々に断られてしまった。

仕方ないと思いながらも、少し残念で。
そんな私の気持ちを察したのか――

着替えの体操服を持った泡音ちゃんが「ダメだった?」と首を傾げた。


「うん、勇気を出して誘ってみたけど、断られちゃった。何か……最近の煌人って忙しそうにしてるよねぇ」
「え、凜もそう思う?」
「うそ。泡音ちゃんも同じ事を思ってるの?」


お互いの顔を指さして、しばらく固まる。


「……デジャヴ?」
「……デジャヴ?」


なんか、こんな会話を前にもしたよねーって、笑いながら話す、私と泡音ちゃん。

そう。確か前は、煌人が私を避けている時だった。あの時、泡音ちゃんと「何で避けてるんだろうね」って話し合ったっけ。


「前は凛の事を避けてる感じだったけど……最近は違うよね?」
「うん。普通に話すし、普通に一緒に帰るよ。毎日じゃないけど」
「そっか。なんか、鳳条くんが一方的に忙しくしてるよね。それで二人一緒にいる光景をあんまり見てないのかも」
「(一方的に忙しい……)」


確かに、その通りで。

煌人は勉強も、その他諸々も――なぜか血眼で頑張り始めた。

煌人は誰よりも勉強を頑張って頑張って、スポーツも何もかもこなした。

色んな部活から引く手数多で、多くの新人戦に出たという噂だ。


しかも、美術だとかピアノだとか、賞と言う賞を受賞し始める。

それは素直にすごい……のだけど、煌人の顔色が良くない。

まるで倒れてしまいそうな顔色をしている。


「まぁ、あの鳳条くんだから、またフラッを前の鳳条くんに戻るって~」
「そうなのかなぁ」


「うーん」と唸る私に、泡音ちゃんが私の体操服をポンと渡す。


「さ、今日も運動会の練習ですよー。女子更衣室に行きますか」
「はーい。何も夏直前にしなくったってね。暑すぎるよ……」
「それは言っちゃいけないよ。それに、鳳条くんを応援してあげてよ。我ら赤組の旗手(きしゅ)なんだから」
「う、うん……」


そう。煌人は一年生であるにも関わらず、なぜか三年が行うはずの旗手を張り切って務めることになり……。

自分の背の倍以上の大きな旗を「これでもか」というほど高く掲げ、ホイッスルで皆に指示を出しながら、一番前を行進する。

だけど、今にも倒れそうな煌人に、それが出来るのかな……。


「(団旗と一緒に風に飛ばされたりして……)」


なんて冗談を思いながら、若干の不安を抱きながら。

私たちは着替え終わった後、運動場へ集合した。

するとそこには、我らが旗手様が、大きな旗を手に、皆を待ち構えている。


「おー凛」
「あ、煌人……」


平然を装っているけど、やっぱり顔色が悪い。


「ね、ねぇ煌人。ちょっと休んだ方が、」


そう言って、煌人の傍に寄る。

だけど煌人は「ストップ」と言って、私に手のひらを向けた。


「早く赤組の所へ並びなって。すぐに始まるぞ」
「え。う、うん……」
「じゃあな」
「うん……頑張ってね、煌人」


ヒラっと手を振って、煌人から離れる。


思えば……煌人、あの日から普通だな。
私が変な事を言っちゃったって言うのに……。


――”好き”ってまた言ったら……呆れる?
――呆れない……から、

――から?
――もっと言ってもいいよ、煌人


「(思い返せば、結構な大胆発言……)」


カッと顔が熱くなるのは、夏が近づく太陽のせいではない……と。

自分でも、それが分かっているから、厄介。


「(どうして私、あんな事を言っちゃったんだろう……)」


煌人に「凛が好き」って言ってもらいたかった?

じゃあ、

どうして「好き」って言ってもらいたかったの?


「(優越感に浸るため、なんかじゃない……のは、分かってるんだけど、)」


その先が、私にはまだわからなくて。

煌人に「煌人と同じ言葉」を返せずにいる。

なかなか答えが出ない中、改めて思う。


「煌人は、どうして私を”好き”って言ってくれたんだろう」


あの日、雨が降るのを窓から見ていた私たち。


――俺がお前を好きって言ったら、どうする?


この問題が、未だに解けない。




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