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君に揺れる3
しおりを挟む「真さんに全部を話さねーといけないの?いくら親子だからって、話したくない事、話したい事、分かれてるだろ?」
「……あ」
「凛は、あの時もそうだったよな」
それは煌人とお父さんが、初めて学校で会った日の事。
――凛、お友達にまだ言ってなかったの?
――!
お父さんは20歳の時に養子縁組をして親になってくれた――と。
誰にも言ってなくて。
誰にも言ってない事を、お父さんに知られてしまって。
あの時の私は「しまった」と思ってしまった。
「お父さんの事を、皆に知られたくない……とかじゃないの。絶対に」
「知ってるよ」
「ただ、言う機会がなくて……」
「まあ言ったら言ったで、俺みたいにあからさまな態度をとるヤツもいるしな」
「うん、本当に」
煌人が「ごめんな」という顔をしたから、思わず笑ってしまう。
「いいよ。そこでまた大人な対応をされたら、煌人の事もっと嫌いになってたろうし」
「ほんと、いつも容赦ねーな」
「そう……私はいつも容赦なく”悪い”んだよ。私だけが、ね」
足をあげて、椅子の上で体育座りをする。
自分の膝の間に顔を埋めて。
「誰にも言わないで」と前置きをした。
「お父さんの事を皆に話してないって本人に知られて、どうしようって焦った。
今日、ここに来たのも……間違いだったって。今更ながら、気づいて、焦ってる。
お父さんお母さんのお墓に来るんじゃなくて、お父さんに私の悩みを徹底的に聞いてもらえばよかったのに……。
上辺だけで返事をして。まるで私の事を深く知られないように、予防線を張って……。
そんな意味のない悩み相談をしておいて……。
結局、最後に頼るのは両親って……」
これじゃあお父さんに呆れられるよね。いつか、絶対――
「バカだなぁ、私……。こんな時にまで”お父さんに全部頼らない”って、変なプライドを持っちゃって……」
「……」
「この前、煌人に……”自分のしたい事や言いたい事は、ちゃんと口に出して”って、偉そうに言ったばかりなのに」
結局、全然変われてなかったのは……私の方だった。
私は何も、変わってない。
両親がいなくなった日から、お父さんと距離を縮めているようで縮められていないかも、と。
そう思うと無性に虚しくなって、悲しくなって。涙が出た。
「う……っ」
「……誰にも言わねーよ」
「……煌人」
泣いてる私をさすがにおちょくらなかった煌人は、そんな事を言った。
「うん……今の私を秘密にしてもらえると、助かる」
だけど、私の思っている事と煌人の思っている事は違うようで。
煌人は「まずはお前が変わる番だな」と、私の頭を撫でた。
「変わる?」
「だから、お前の口から、直接――真さんに言え」
「……へ?」
「さっきの事、全部」
「!?」
な、なに言ってんの!?
コイツ、何言ってんの!?
「私とお父さんが、繊細な関係だって知ってるよね!?」
「だから何だよ」
「なんだよ、って……」
煌人は私の頬に、手をやった。
私が膝の間から、一瞬だけ顔を上げた、その隙に。
「繊細なもんはな、叩けば叩くほど硬くなってくんだよ。壊れにくくなんの」
「は?何言って、」
「刀みたいなもんだよ。刀の刃って、完成するまでに何回叩かれると思ってんだよ。そんで、どれだけ強くなると思う?」
「……」
確かに。いつかテレビで見た事ある。
刀の刃を一生懸命叩く職人さん。
刃はトンカチで何度も叩かれ、そして火にあてられ。
そして――薄いけれど、折れにくい。頑丈な刃になるんだ。
「その刃みたいにさ、何回でも叩いてぶつかればいんだよ。そしたら嫌でも次第に強くなっていくって。お前と真さんの絆もさ」
「煌人……」
「でもお前、まだ一回も叩いてないだろ?
ひび割れる事を恐れちゃ、何も変わらねーぞ」
「っ!」
煌人の言う通りだ。
お父さんは、20歳の時から私を育ててくれた。
私の傍にいたいからって。
だけど、その決断は並大抵のものじゃないって……私も分かってる。
「真さんの決死の覚悟をさ、お前が叩き壊しにいってどうすんの。
まずはぶつかれよ、本当の親子みたいにさ」
「~っ!」
涙が溢れた。
そうだ。私は、お父さんの子供になって、七年間もの間……。ずっと、お父さんの覚悟を無駄にしてきたんだ。ぶつかり合わずに、避けてきて……表面上だけ仲良くして。
「うっ……、ごめ……っ」
今まで、どんな思いで私の相談に乗ってくれたんだろう。
今まで、どんな思いでお弁当を作ってくれたんだろう。
今まで、どんな思いで上辺だけの笑顔な私を、黙って見ててくれたんだろう。
「(お父さん、ごめん……。そして、ありがとう……っ)」
胸が締め付けられるような気持ちと、心が温かくなる気持ち。
複雑な感情に涙が止まらないでいると……煌人が、あっけらかんとした声で言った。
「ま、俺も同じだって。お互い反抗期みたいなもんだよな~。だから血の繋がりなんて関係ないない。俺だって、ずっと両親が嫌いだもん。けど、まー。サクッと謝っとくか~」
「……」
一気に感動が薄れていく気がした。
「そういや、煌人も”ずっとぶつかり合うのを避けて来た”って、」
「……うん。だから、これからぶつかるんだ。
さっき言ったろ?」
「え?」
――でも……逃げるのは、もうやめる。俺は両親と向き合うよ
――お前もさ、向き合ってみたら?真さんと
「俺は……凛と一緒なら頑張れるって、そう思ってるんだぞ」
「煌人……」
「反抗期を終わろうか。お互いに」
「……うん」
煌人が私の涙をぬぐい、私も、不器用に笑みを浮かべる。
「……ぷっ、変な顔」
「煌人こそ」
「俺はいつだってカッコいいだろ」
「はいはい」
体を動かすと、ガサッと音がする。
私の隣に置いてある花束に、目を向けた。
「これ……お父さんとお母さんのお墓に?」
「……」
無言だったから「え?」と思って煌人を見ると、予想が外れているのか。煌人は口笛を吹きながら、花束を取った。
そして「これは、凜が使う分」と、ぶっきらぼうに私に渡す。
「わ、私が使う?」
「そう。真さんに”いつもありがとう”って言って、花でも渡しとけ。そうしたら泣いて喜ぶぞ、真さん」
「よ、喜ぶかなぁ……」
あのお父さんが?と不安に思っている私。
煌人は、そんな私の肩を叩いて「力抜け」と言った。
「もし真さんが凜を見放したら、俺がいつでも貰ってやるから」
「はあ!?」
もう、何言ってんの!こんな大事な話をしてる時に――と言うと。
煌人は真剣な目つきで、私の目の前に来て、片膝を立てて座った。
「こっちも大事な話をしてんだぞ」
「あ、煌人……?」
すると煌人は一度静かに目を閉じて、再び、瞼をゆっくり開ける。
そして真剣な、今まで見たことない目つきで……私を捕らえた。
「凛……今まで避けてごめん。もう寂しい思いはさせない。ずっとそばにいる」
「煌人…」
「どんな時でも、凛は俺が守る。
凜が俺のプロポーズを受け入れてくれた時に、お前のご両親に挨拶をしようって……そう思ってる」
「っ!」
だから今はオアズケなんだ――と、煌人は笑った。
その顔には、もう一切のためらなんてなくて……。
ドキン、と。
煌人の男らしい表情に、思わず胸がときめいた。
「ん?凛お前なんか顔が、」
「わー!こっちに来ないで近寄らないで!」
「ひでぇ!」
「(し、心臓が……荒ぶってる!)」
もう夕日は沈んだというのに。
私の顔は、真っ赤に染まったままだった。
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