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溺愛争奪戦

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「こ、こんな状態でごめんね。動画はどう?順調に進んでる?」

「はい!明日撮影を終わらせて、その日の内に動画配信するって、不動先輩が言ってくれました!」

「は、早い!」


でも、そっか。新曲の発売日は、一週間後だもんね。宣伝する期間がいるよね。だったら宣伝動画の配信は、早いに越したことはない!


「皆、動いてくれるんだね。歌沢くんのために、素敵な動画を作ってくれるんだね」

「はい……っ」


口を真一文字に、キュッと閉じた歌沢くん。その顔には「皆の努力を決して無駄にしない」と書いてあるように見えた。


「……今の歌沢くんは、とってもキラキラしてる。それに、とってもカッコイイよ。これから歌沢くんは有名になって、皆から愛されるアイドルに絶対なるって、私はそう思うんだ」

「芽衣先輩……」


歌沢くんは、私の手に、自分の手をそっと重ねる。温かい、心地いい手だ。


「俺、芽衣先輩と出会えなかったら、きっとアイドルを諦めていました。だけど今なら、どんな逆境だろうと、必ず乗り越えてみせるって……燃えてるんです、俺」

「燃えてる……。なんか、カッコイイね」

「そう思えたのも、芽衣先輩のおかげですよ」

「そんなことないよ、歌沢くんが頑張ってる証拠だよ」


へにゃっと笑った私。そんな私を見て、歌沢くんは凛とした表情から、一気に泣きそうな顔になった。え、どうしたの!?


「こんな俺だけど、先輩……聞いてくれますか?」

「ん?何を?」

「俺、まだ先輩のことを諦めたくないって……。それを、言いたくて」

「歌沢くん……」


そっか、歌沢くんも、私と声宮くんが付き合ってるって、何となく分かってるんだ。

っていうか、そうだよ。動画のことでバタバタしてたけど、歌沢くんは私に告白してくれたんだ。まだ返事してないなんて、私のバカ!


「ごめん。私、歌沢くんに言いたい事が――」


ここまで言った時だった。歌沢くんは、自分の人差し指を私の唇に、ちょんっと当てる。綺麗な長い指が、私の唇にわずかに沈んだ。


「歌沢、くん?」

「告白の返事は、まだ、しないで下さい」

「え、でも、」

「……いいんです」


歌沢くんは、私の唇から指を離す。その後どうするかと思ったら、そのまま自分の指に口づけをした。ちゅっと。

最初は私の唇、次に歌沢くんの唇。順番に彼の人差し指が触れていった。……ん!?

それって、つまり間接キスだよね!?指の間接キスって……さすがアイドル!


呆然としていると、歌沢くんが「しますね」と背中を丸めて私に近づいた。え、するって何を?何をするの!?

咄嗟にギュッと目を瞑った私。だけど、何も起こらなくて……少しづつ、瞼を開いた。

すると歌沢くんは、なんだか意地悪な顔をして私を見ている。そして、


「するって、何をすると思ったんですか?」


と、ニヒヒと声がつくような、そんな顔で笑った。


「だ、騙された!」

「もう、可愛いなぁ芽衣先輩は。するのはキスじゃなくて、宣戦布告です」

「へ?宣戦布告?」

「はい――」


歌沢くんは、笑ったまま凌久くんを見る。ハキハキと動画の流れをまとめている彼を見て、歌沢くんの目に複雑な色が混じった。


「俺は、まだまだ声宮先輩には叶わない。足元にだって及ばない。だけど、いつか絶対に超えてみせます」

「歌沢くん……」

「人気声優・声宮凌久を越える、ビッグなアイドルになります。そして、いつか絶対あなたを奪いますから」

「!」

「覚悟しててくださいね」


ニコッと笑った歌沢くんの瞳の奥に、広いコンサート会場が見える。ファンが「歌沢くんー!」と呼ぶ声が、今すぐにでも聞こえてくるような気がした。

歌沢くん、あなたなら、きっと大丈夫。だって、あなたはいつも、こんなに頑張っているのだから。

努力は叶う、想いは実る。私もさっき、それを実感したばかり。だから歌沢くんも、きっとたどり着ける。あなただけのゴールに――


「CD、絶対に買うからね」

「ありがとうございます!芽衣先輩に応援して貰えたので、フルパワーで頑張りますね!」

「うん!」


ニコニコ、にこにこ、と。私たちが笑いあっていた、その時だった。


ガシッ


歌沢くんの肩に回る、大きな腕。見ると、歌沢くんの背後に、怖い顔をした凌久くんが立っていた。
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