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歌沢くんとマラソン大会

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「俺が花畑先輩の“運命の人”なら良かったのに」

「え」


 驚いて歌沢君を見ると、彼は目だけ寄越して私を見る。そして、まだ握ったままの手を、私よりも強い力でキュッと握りしめた。


「運命の人よりも花畑先輩を幸せにする自信がありますって。俺がそう言ったら、迷惑ですか?」

「え……?」

「好きです。先輩の真っ直ぐな所が。ひたむきに相手を思う心が」

「ちょ、ちょっと待って歌沢くん、」


 恥ずかしくて、歌沢くんと繋がってる手を離そうともがく。だけど、歌沢くんが力強く握ってるから、どうにも出来なくて。

 むしろ、グイッと手を引っ張られて、私の体は歌沢くんに限りなく近寄った。二人の距離は、もう――

 すると、歌沢くんが私の頭に息がかかるくらいの近さのまま。囁くように、聞いてきた。


「このまま抱きしめてもいいですか?」

「えっ!?」

「出来ることなら、ここで先輩を俺のものにしたい」

「~っ、」


 手を握られながら。
 顔を覗き込まれながら。
 憂いを帯びた表情を浮かべながら。

 歌沢くんは自分の魅力を「これでもか」と私に見せつける。その熱量を見れば、私の事を本当に好きなんだって。一瞬で分かった。

 歌沢くんのあまりのアツさに、私の脳が、一瞬だけクラリと揺れる。そして歌沢くんに倒れてしまいそうになる――

 まさに、その時だった。


 ヒュンッ


「っ!」


 今まで歌沢くんと繋がっていた赤い糸が、急にほどける。そして凄いスピードで、どこかへ行ってしまった。


「(え!このタイミングで!?)」


 だけど赤い糸のおかげで、目が覚めた私。熱さも暑さも吹き飛んで、冷静に歌沢くんと話すことが出来た。


「そ、そーだ!私、歌沢くんのグッズがほしいな!どこで買えるのー!?」

「きゅ、急な話題変換ですね」

「ソ、ソンナコトナイヨー!!」


 冷静に……。

 とはいかなかったけど、何とか、この場の流れを変えることは出来た。歌沢くんは少しションボリして、

「売れてないのでどこでも余ってます」

 と答える。


「よっしゃー!歌沢くんのグッズをお迎えに行くぞー!」

「え!今からですか!?」

「もちろん!ついでにマラソンもゴールしてくるねー!」


 ダダダと逃げるように、その場を離れた私。もちろん歌沢くんはお見通しらしく……恥ずかしさで逃げた私を見て、彼はクスッと笑った。


「やっぱ好きだなぁ、花畑先輩」


 その声を、聞かなくて良かったと思う私。だって、これ以上アイドルの歌沢くんと仲睦まじくなったら……ね?色々と大変でしょ?スキャンダルとかね?


「(気の迷いを起こさなくて良かった……!)」


 一気にラブな雰囲気を作り出す、あの「甘さの策士」の歌沢くん。マラソン大会の途中で、その歌沢くんのグッズを、なんとか手に入れた私。


 そんな私は、学校帰りに――


「あ、花畑さん」

「楽先輩!」


 三年の楽先輩と、偶然出会った。


「お久しぶりです、楽先輩」

「久しぶりだね、花畑さん。何だかんだで会わないから」

「ですよね」


 ははは~と呑気に笑い合う私たち。楽先輩は、いい意味で先輩のオーラがない。だから、友達感覚で話す事が出来る。


「今日のマラソン大会疲れたね。コースがキツかったけど、大丈夫だった?」

「はい。休み休み行ったので、何とかゴール出来ました!制限時間はオーバーしましたが……」

「あ、一緒だ」


 また「あはは~」と笑う、私と楽先輩。

 だけど、その時。

 私のカバンについている「ある物」を見て、先輩は笑うのをピタリと止めた。


「そのカバンについてるのって、歌沢くん?」

「のぬいぐるみです」

「なんで花畑さんが?」

「えっと、ファンだから……です」


 まだ日は浅いけど……。と言う前に、楽先輩は「ふぅん」と少しだけ唇を突き出した。

 ん?なんか、拗ねてるみたい。年上なのに少し可愛く見える……。


「えと、楽先輩?」

「ねぇ、花畑さん。提案なんだけど」

「提案?」
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