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歌沢くんとマラソン大会
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しおりを挟む「な、なんで……」
「おーい、花畑先輩?」
いつの間にか私の目の前に来ていた歌沢くん。隣にいる鈴ちゃんに「こんにちは」と挨拶した。
昨日のオドオドした態度ではなくて、ファンに向けるようなニコニコ笑顔。鈴ちゃんは歌沢くんの眩しい笑顔に、一気に顔を赤くした。
「こ、ここ、こんにちは……っ」
「顔が赤いですよ?熱ありますか?」
「あ、ありましぇん……っ」
あぁ……歌沢くんのアイドル120パーセントの顔面を見て、鈴ちゃんが動揺してる。まぁ無理もないか。
歌沢くんって、ビクビクやオドオドする事はあっても――この学園の王子の一人って事には変わりないもんね。
「じゃあ先輩、今日は頑張りましょうね!」
「あ、うん。歌沢くんもね!」
「はい!」
そして私たちの横を通りすぎた歌沢くん。「頑張りましょうね」って……ちゃんとマラソン大会を覚えてたんだね。良かった。
ふぅ、と息をついたところで隣を見る。すると鈴ちゃんが頬を赤くして、歌沢くんの後ろ姿を見ていた。
といっても――――
「あ。歌沢くん、発見」
「は、ばなばだげぜんばい……」
歌沢くんは、いつもアイドル120パーセントの原液とはいかないわけで。こうやって、マラソン大会のコースの途中で、のびていたりする。
さっき出会った時から一変。
歌沢くんは、キラキラしたアイドルから、変わり果てた姿に変化をとげていた。
「スタート地点から間もないけど、大丈夫?」
「ハァハァ……大丈夫じゃないです」
コースの途中に、小さな橋がある。歌沢くんは、その橋の下で、大の字になって寝転がっていた。すごい呼吸の速さ……。
「も、もうリタイアしたいです……」
「(体力なさすぎるよ、歌沢くん……)」
歌沢くんに気づいてよかった。このままだったら、満潮になった時に歌沢くん水に流されてたんじゃ……いや、ここは川だから満潮とかないか。
「マラソン苦手?」
「苦手です。体力なくて……」
「そうだったんだね」
ポケットに閉まっていたハンカチを出して、川の水につける。冷たくて気持ちがいい。引き上げて、ギュッと絞る。それを歌沢くんのオデコに置いた。
「わぁ、いい気持ちですね……」
「それなら良かった」
素直な歌沢くんに、思わず「ふふ」と笑みが零れる。だけど歌沢くんは、浮かない顔をして橋の下を見ていた。
「俺、ダメダメなんですよ。アイドルとしても、人としても」
「ダメ?」
歌沢くんと繋がっている赤い糸が揺れる。突っ張って、ピィィンと音が鳴ったようだった。まるで小さい子が泣くような、そんな音。
「僕たちのグループと同時期にデビューしたグループは売れているのに、僕たちはどうして……。
それに、声宮先輩にケンカを売ったのだって……。暗いエレベーターの中だから大きな事を言えたけど、実際に明るい場所で会うと、声宮先輩が怖くて……」
「(それで昨日は声宮くんから逃げてたんだ)」
でも歌沢くん。君は間違ってないよ。だって、声宮くんは怖いもん。逃げたくなる気持ち、すっごく分かる。
「花畑先輩を置いて逃げてしまった昨日の俺が、すごく情けなくて……。すみません、本来なら、さっき会った時に、すぐ謝らないといけなかったのに。
他の方がいる手前、アイドルとして欠点のない俺を演じてしまって……。ダメダメですよね、俺」
「歌沢くん……」
歌沢くんは、自分の顔に手を置いて、表情を隠した。その手の下で、泣いてるんじゃないかって。
そう思うと、放っておけなくて。私は歌沢くんに近寄り、頭を撫でる。
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