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5滴➼これからも、ずっと一緒
しおりを挟む「じゃあ――少しだけ我慢な」
王史郎が私の指から吸血し始めると、青い光が、二人を包むように現れる。
その光に触れた王史郎の傷は、痕を残さずキレイに消えた。
「さゆ、痛いところあるか?」
「ううん、ないよ」
「良かった。ありがとう、おかげで元気になった」
「うん!」
青い光は流れ星のように四方に飛び、だんだん輝きを失う。
最後の一筋になった光が、王史郎の左手に飛んでくる。そして薬指に巻き付いた後、指輪へと姿を変えた。
「キレイ……」
「この指輪から、今までにない力を感じる。これが契約したことで解放される、自分の本当の力なのか。すごいな」
王史郎は自分の手を握ったり開いたりしながら、みなぎる力を実感していた。さっきまでの疲れ切った顔は、もうどこにもない。
「さゆ、アイツはこの世に存在しちゃいけないモノだ。だから俺たちの手で倒してくる」
モクを見ながら、王史郎は宝石で剣を作る。その刃に、キラリと自分の顔を反射させた。
写っているのは、前だけを見る、青い瞳。
王史郎の、揺るぎない意志。
反して私は、王史郎、モク、イオくんを交互に見る。見れば見るほど、三人は似ていて……やっぱり親子なんだって実感する。
「王史郎、あのさ……モクを消さずに、改心させる方法ってないかな?」
「え?」
「だってモクは、王史郎とイオくんの父親でしょ?家族同士で、なんて……やっぱり辛いもん」
「さゆ……」
王史郎が笑ったかと思えば、私の両頬をパシッと両手で挟む。
そして「ばーか」と。私の髪を、ぐしゃぐしゃ撫でた。
「さゆは、そんなこと気にしなくていいだよ」
「でも」
「〝行ってらっしゃい〟って言ってくれれば、それでいいんだ。頼めるか?……ダメ?」
「うっ……」
こんな時に、眉を下げてしおらしくなる王史郎。
ズルい!
こんな顔されたら、もう反論できないじゃん!
悔しい気持ちを抑えつつ「いってらっしゃい……」と。納得いかない顔で、王史郎を見上げる。すると王史郎も、私を見つめていて……。
そうかと思えば、私の頬に、柔らかい物が当たった。王史郎の顔が、すごく近くにある。
「お、王史郎……?」
「……え、あ!悪い!」
「う、ううん……!」
頬にキスされた――と気づいたのは、王史郎が顔を真っ赤にした時。
彼は顔を赤くしたまま、意を決した顔で私を見る。
「さゆ、全部終わったら……話したいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「う、うん……」
「良かった。じゃ、いってきます」
パンッと、弓矢が放たれるような勢いで、王史郎は駆け出した。
全ての力を取り戻した王史郎が加勢にしたことにより、形成逆転した戦い。
優位になった王史郎とイオくんを見ながら……熱くなった頬に、手を当てる。
「王史郎のいう〝話〟って……ううん。今は戦いに集中しなきゃ!」
すると遠くにいるモクと目が合う。劣勢に追いやられ焦ったモクは、不気味な笑みを浮かべながら、鎌を私へ向けた。
「こうなったら、運命の子だけでも道連れにしてやる!」
「⁉」
「さゆ、逃げろ!」
私に向かって、大きな鎌が飛んでくる!それは二人の間をするりと抜け、私をめがけ、大きく振りかぶった!
「こ、こないでぇ!」
何か武器はない?
対抗できるものは……!
無我夢中で、ポケットに手を突っ込む。すると何かが指に当たる……これだ!
「さゆ!」
同時に、力強く抱きしめられる。
見ると、王史郎が私を抱き寄せ、鎌の軌道から逃がそうとしてくれていた。
今がチャンスだ!
鎌をかわしながら、ポケットから抜いた手を、モクへ見えるように突き出す!
「モク!これを見て!!」
「!」
モクと、モクが操る鎌が、動きを止める。
次にモクはガクンと膝をつき、両手で顔を覆った。
「あぁ、百合葉……」
モクに見せたのは、この家に住んでいた家族四人の集合写真。皆が笑顔で写っている写真を見て、モクはハラハラ涙を落とす。
その姿から、さっきまでの気迫がまるで感じられない。むしろ、哀愁が漂っているっていうか……。
モクを見て混乱する私に、私たちと合流したイオくんが説明してくれた。
「百合葉は、俺たち母さんの名前だよ。アイツは……父さんは、母さんのことを心から想っていたんだ。でも体が弱くて、俺らが幼い時に病死した。一番落ち込んでいたのは、父さんだった」
「そうなんだ……」
私は王史郎の腕から抜け、モクに向かって前進する。
後ろから「さゆ!」と、私を止める王史郎の声が聞こえたけど……今は、写真を持っているから、大丈夫な気がする。
王史郎とイオくん・二人のお母さんである百合葉さんが、ここにいる皆を守ってくれている気がした。
「モク、聞きたいことがあるの。
どうして、強い力を手に入れたいの?」
「僕は……百合葉に、会いたかったんだ」
モクは泣き顔を隠そうともせず、私が差し出す写真を、大事そうに受け取る。ポタポタと、モクの悲しみが幾重にも床に散った。
「たった一度でいいから、百合葉に会いたかった。寂しかったんだよ、僕は百合葉が大好きだから」
「力を手に入れれば、死んだ人に会えると思ったの?」
私の言葉に、モクは力なく頷く。
「でも……僕が間違っていたね。子供たちを巻きんだ挙句、無関係な君を傷つけた。力なんていらない。そんな事をしなくても良かったんだ。だって百合葉は、ずっとここにいたんだから」
握った写真を、胸の前で抱きしるモク。
背を丸めて泣くモクは、急に小さく見えて……そんな父親の姿を、王史郎とイオくんは黙って見つめた。
「モク、あなたにやってもらいたい事があるの。
・王史郎が騎士団に戻れる方法。
・私の中にある赤い宝石を消す方法。
これらの方法を探してほしい。
そして一番重大切なのは……王史郎とイオくんに謝ること」
「うん……そうだね」
モクは写真を抱きしめながら、深々と二人に頭を下げた。目に溜まった大粒の涙が、ツララが落ちるように、すごいスピードで目から零れる。
「二人には、たくさんツライ思いをさせた。申し訳なかった――なんて言葉で償いきれるものではないと、分かっている。だから協力させてほしい。もう一度、父親を信用してほしい。僕が、必ず皆を元通りにしてみせるから」
「ってモクも言ってることだし、どうかな……?」
モクと一緒に二人を見ると、王史郎とイオくんは、それぞれ別の方向を見ていた。
だけど、どちらともなく「しょうがないな」と。呆れた声だけど、ちゃんとした「許し」が返って来る。
「ただし〝赤い宝石を消すこと〟を、最優先にしてくれ。分かっていると思うが、さゆが傷つかない方法でだ」
「もちろんだよ」
「全て元に戻してくれるなら……俺も許すよ」
「イオ……ありがとう」
モクがお礼を言った時。
線香花火のような淡い光が、モクの足元に浮かんでは弾ける。
よく見ると、モクの体の向こう側……
その景色が、透けて見える!
「え、これって⁉」
「あぁ、力を使いすぎたか……僕は少し眠るよ」
「ね、寝る⁉ちょっと!私の中の宝石はどうなるの⁉」
スカッ
半透明になったモクに、もう触ることはできない。伸ばした手は、悔しくも空を切るばかり。
「どうなってるのー!」と慌てる私を一瞥した後、モクは二人に向き直った。
「彼女の中にある赤い宝石を、大切にするんだよ。もし壊そうなんて思ったら……」
「続きはなんだよ?父さん」
父さん――王史郎から、この言葉を聞いたモクの顔が、少し穏やかになる。嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「おい、父さん?」
「ふふ、ごめんね。時間切れだ。しばらくの間、おやすみ」
そう言い残したモクは、完璧に姿を消してしまう。
肝心な言葉が聞けずじまいとなり、私たちは声を揃えて「はぁ⁉」と叫んだ。
「宝石を壊しちゃダメなのかよ。どういう意味だ!」
「父さんが消す方法を探すから、それまで大人しくしてろって事かな?」
「え、じゃあ私は、それまで色んな人に狙われ続けるってこと⁉」
「さゆには俺のシルシがついてるから、ソコは大丈夫なはずだ。それに俺が絶対守るし」
「……っ」
カッと顔を赤くした私の横で、イオくんがため息をつく。
「なににしろ、再び父さんと会えるまでは何も分からない……か」
推理を重ねたところで、肝心のモクがいないんじゃ机上の空論だ。
私たちはため息をついた後、「とりあえずご飯を食べよう」と。各々の騒がしいお腹をさすった。
「あ、王史郎。ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
「なんだよ」
「私の部屋まで、連れて行ってほしいの」
「いいけど?何かあんの?」
小首を傾げる王史郎が、私をサッとお姫様抱っこする。慣れない態勢に、また顔が赤くなる!
「さゆ、王史郎の抱っこが嫌なら、いつでも俺が変わるからね?」
「こら、イオ」
「は、はは……。ありがとう、イオくん」
イオくんのウィンクを見届けた後。ボロボロの廊下を進んだ私たちは、ついに私の部屋へ到着する。
「あった!」
駆け寄った先には、机上に置いたままのオムライスがある。昨日、王史郎が作ってくれたご飯だ。
「良かった~、無事だった!」
無傷のオムライスを見て、ホッと胸を撫で下ろす。王史郎が書いてくれた「ゴメン」の文字も、ちゃんと残ってる!
「ゲ……さっきの戦いで痛んでるんじゃね?やめとけよ」
「大丈夫!王史郎のスマホで写真を撮った後に、ぜーんぶ食べるよ!ごめんって謝ってくれたの、嬉しかったし」
「さゆ……」
眉を下げた王史郎が、一歩、また一歩と私に近づく。
「昨日は悪かった。頭ごなしに怒りすぎた。昨日は、さゆがイオと仲良く帰って来たり、さゆがイオの制服を着てるのがムカムカして……嫌だったんだよ」
「え、それって……」
王史郎の青い瞳と目が合う。窓から入る日光で、「青」は眩しいほどキラキラ光っている。
そのキラキラは、私の胸の中にも降ってきて……トキメキが、どんどん積もった。
だってさ、さっきの王史郎の言葉。
勘違いじゃなければ、ヤキモチだよね?
それに、さっき頬にキスされたし、戦いが終わったら聞いてほしいことがあるっていうし!
一体どうしちゃったの、王史郎!
ボボボと顔を赤く染めた私の頭は、もう沸騰状態。
でも至近距離に王史郎のかっこいい顔があるし、ドキドキしすぎて目が回っちゃいそう!
そんな私の混乱に気付かないらしい。
王史郎は、構わず話を続けた。
「さっきさゆが言ってくれたこと、ぜんぶ嬉しかった。一緒に戦うとか、俺が必要とか――思えば俺って、一人で寂しかったのかもな」
ハハと笑う王史郎が、寂しそうに揺れている。
初めは、グラグラ。
次第に、グラングラン。
……ん?
王史郎、なんで揺れてるの?
ここで、朝起きた時のことを思い出す。
確か、風邪薬を取りに行こうと部屋を出た時、モクに会ったんだっけ?
――あぁ、そうだ。
私、風邪引いてたんだった!王史郎が揺れてるんじゃなくて、私がフラフラしてるんだ!
「さゆとケンカして、部屋に一人になって思ったんだ。さゆと離れることほど、嫌な事はないなって――もう二度と、ケンカしないって約束する。
だからさゆも、俺のそばから離れるな。
俺は、さゆがいないとダメらしい……って。
おい、さゆ?」
「も、もうだめぇ~……」
「は?こんな時に……おい、しっかりしろ!」
さゆ――!
王史郎の声が、一音一音、耳の奥で木霊する。
真剣な顔したり、照れたように赤くなったり。
色んな顔で、私の名前を呼んでいる。
心配かけてごめんね、大丈夫だよ――って言いたいのに。口を出たのは、九年間言えずじまいだった言葉。
「王史郎、守ってくれて、ありがとう……」
「え?あぁ」
「これからは、ずっと一緒……スー」
「!!」
予期せぬ言葉に、王史郎の顔がリンゴみたいに赤くなる。
だけど自分の胸に寄りかかったまま、コテンと寝た私を見て。王史郎は「あ~もう!」と、盛大にため息をついた。
「ずっと一緒、なんて。殺し文句すぎるだろ……。
起きた時、〝忘れた〟なんて言わせないからな」
王史郎は熱くなった私の体をひょいと持ち上げ、ベッドに移動させる。
覚えのある浮遊感に安心したのか、私は寝言で「ふふ」と笑ってしまった。
「おうし、ろう……」
「ふっ。なんだよ、ご主人サマ」
私をベッドに降ろした後。王史郎はおもむろに私の前髪を上げ、額に口づけを落とした。
「早く元気になれよ、さゆ」
☪︎·◌˳𓇬
翌日。
良く寝たおかげか、体はスッキリ!
熱も下がったようで、おでこがひんやりしてるくらい。
「そう言えば……」
昨日、部屋に王史郎がいる時。
何かがおでこに当たったような……。
コンコン
「さゆ、起きてるか?」
「王史郎!うん、起きてるよ」
私の返事を聞いた後。お水と薬と、更にウサギの形をしたリンゴをお盆に乗せ、王史郎が部屋に入る。
「風邪はどうだ?」
「もう平気!リンゴ切ってくれたの?」
「食べられるなら、と思って」
「食べる!お腹ペコペコだったんだ~」
シャクシャクとリンゴを頬張る私を見ながら。王史郎はポツリポツリと「その後」を話してくれた。
「あれからモクは姿を見せない。イオが騎士団の力を結集してコンタクトを取ってはいるが、音沙汰なしだ」
「イオくんと騎士団って、今ケンカしてるんじゃなかったっけ?」
「イオが、騎士団に全ての事情を話した。モクは愛する妻を亡くし悲しみに暮れた結果、俺に禁忌をほのめかし赤い宝石を生み出した――ってな。
驚くことに〝宝石を壊すことで全ての罪を許す〟と言ってくれたらしい。騎士団にとって赤い宝石は目の上のタンコブだから、それさえ消えてくれればいいんだと」
目の上のタンコブ……確かに。
吸血鬼に赤い宝石が渡ったら、敵が強くなって大変なことになるもんね。
「あと、家は完璧に直ったから、もう普通に過ごせるぞ」
「へぇ⁉」
悲惨な状態だった、あの家が〝直った〟⁉
ボコボコの穴だらけで、所々コンクリートが剥き出しだったのに⁉
ビックリ仰天な私の顔を見て、王史郎は吹き出す。
「〝ある人〟が、手を貸してくれたんだ。会ってみるか?」
「ある人?」
王史郎からスマホを渡される。見ると、既に「発信中」の画面になっていて……え。私、寝起きだよ⁉
「むり!出られないよ!」と王史郎に言っても、スマホを突き返される。うぅ、どうやら私が話さないといけないみたい。
すると、画面がパッと変わる。
写っていたのは……
『ハロー、さゆ!元気だった?』
「お、お母さん⁉」
相手は、なんと私のお母さん!その後ろで「お父さんもいるぞ~」と、お父さんが笑顔で写っている。
これって一体、どういうこと⁉
『さゆは風邪だって聞いたけど、もう体調は大丈夫なの?』
「うん!もうすっかり!
って、それどころじゃないよ!どうして王史郎のスマホに、お父さんとお母さんが写ってるの?」
するとお母さんが、眉を下げて謝った。
『さゆ、いきなり日本へ送ってしまってごめんね。
でも、それが王史郎くんとの〝約束〟だったのよ』
「王史郎との約束……?というか〝送る〟って、私がテレポートしたこと?」
お母さんが頷く。
そして衝撃の発言をした。
『今まで黙っていたけど、お母さん魔女なの。生まれつき魔力があってね、イギリスでは〝そういう生業〟の仕事をしているのよ。あ、お父さんは一般人ね』
「えぇ⁉」
お母さんが魔女⁉
そんなの全然しらなかったよ!
……いや、でも昔。
私が泣いてる時にぬいぐるみが浮いたり、人形が勝手に喋ったりって事があったかも。あれって、お母さんの魔法だったんだ!
「でも!どうしてあの日、私を日本へ送ったの?」
私の質問に、お母さんが視線を落とす。
そして「あの日」と、重たい口を開いた。
『九年前。イオくんに抱えられてさゆがウチに帰って来た時、ビックリした。さゆは血だらけ、イオくんも消耗しきっていたんだもの。
事情を聞けば、モクのせいでさゆの体に宝石が埋まり、王史郎くんは吸血鬼になったとか――絶望したわ。同じ親として、子供にそんな酷なことをするなんて。許せなかった』
ふぅ、と息を吐くお母さん。
その肩にお父さんが寄り添い、しっかり支えている。
『でも一番ビックリしたのは、吸血鬼になって間もない王史郎くんが、その力を使ってモクを封印したことよ。
その後、王四郎くんは、私に二つのお願いをした。
幼少期のさゆの記憶を、私に預かってほしい。
赤い宝石の存在を隠す力を貸してほしい、と』
「王史郎が……」
チラリと王史郎を見る。
彼は表情を変えず、静かに聞いていた。
『私は王史郎くんと協力し、強力な魔力を作った。そうしてモクと、さゆの体に眠る赤い宝石――この二つを、固く封印したの。二人で力を合わせれば、封印は長く持つ。でも……デメリットもある。
どちらかの封印が解けたら、どちらかの封印も解ける――魔法は、完璧じゃない』
そうだったんだ……。
私の知らない事実に、圧倒される。
今まで私が平和に過ごせていたのは、二人の魔法で、宝石が封印されていたから。
王史郎とお母さん、二人のおかげだったんだ。
『その後、王史郎くんたちが日本に戻るというから、ある約束をしたの。イギリスにいるモクの封印が解けた時、一番にさゆが狙われる。その時は、王史郎くんの元へ、さゆを送らせてほしい。どうか守ってやって――ってね』
「それで、私一人が日本へ送られたんだね……」
『ごめんね。モクに対抗できるのは、封印までこぎつけれた王史郎くんしかいないと思ったの。そこへさゆを送るのが一番安全だろうって……無理を言ったわね、王史郎くん』
すると、王史郎は背筋をシャンと伸ばして答えた。
「そもそも俺はさゆを守る気でいたので、全然問題ないです。……と言っても、風邪を引かせてしまいましたが」
『そこに関しては、さゆの不摂生だと思うから気にしないでね。ね、さーゆ?』
「うぅ……!」
確かに、濡れた服のまま爆睡して、風邪を引いちゃった私だけど!私が悪いけど!
離れているのに、どうして私のことが分かるの、お母さん!
『本当は、私がモクを再び封印するはずだったのに。出来なかった挙句、逃げられて……ごめんなさいね王史郎くん。テレポートを使って応戦したかったのだけど、モクとやり合って魔力が残ってなかったの』
「お母さん……」
お母さんが悔しそうに俯く。いつだってニコニコ優しいお母さんだけど、こんな顔もするんだ。
その時、思った。
必死になったら、きっと大人も子供も関係ないんだって。モクも、子供みたいに宝石に執着していたし。
すると、王史郎の掠れた声が聞こえる。
「さゆが日本に来た時、〝ついにこの時が来たんだ〟と思った。父さんの封印が解けたんだって。父さんを、消す時がきたんだって……。
でも、さゆが父さんを信じてくれた。
父さんが父さんに戻るきっかけを、作ってくれた。
本来であれば、どんなことがあろうと俺が父さんを消すべきだったのに……心のどこかで、この結果にホッとしている自分がいるんです。
裏切るような事をして、本当にすみません」
「……ッ」
初めて聞く、王史郎の本音。
今まで気丈に振る舞っていたけど……モクの息子である王史郎が、何も思わないわけないじゃん。自分の父親を消すなんて、内心は傷ついたはず。
私は画面の写らないところで、王史郎の服を引っ張る。
これ以上、自分を責めないでほしかったし、私もこの結果が一番良かったって思っているから。
だから――
「謝らないで、王史郎」
「さゆ……」
するとお母さんも、画面の中で頷く。
『そうよ、謝らないで王史郎くん。あなたは何も悪くない。むしろ、ここまでさゆを守ってくれて、本当に感謝しているの』
「……そんなことないです、俺は」
「ううん、王史郎はスゴイよ!本当に、カッコイイんだから!」
傷ついた顔を見ていられなくて、両親が見ていることも忘れて王史郎に詰め寄る。すると王史郎の頬が、だんだん赤く色づいていく。
「さゆ……もう、いいから……っ」
「……あ」
二人で姿勢を正し、再び画面に向き直る。すると写っていたのは、お母さんではなくお父さんだった。
『王史郎くん。失礼だが、今その家に住んでいるのは、君とさゆの二人だけかい?』
「あと、たまに双子のイオがいます」
『若い男女が、三人で!』
目つぶしでも食らったように、お父さんは顔を覆う。そして、とんでもない事を言い始めた!
『母さん、さゆが心配だから、今すぐ日本へ行こう』
「え!」
声を上げた私を見て、お父さんの目がキラリと光る。
『このままじゃダメだと、お父さんの本能が言ってるんだよ!だから今すぐ迎えに行こう、早く早く!お父さんは、もう準備万端だよ⁉』
だから早くテレポートを使って!と叫ぶお父さんを押しのけ、再びお母さんが画面へ移る。
『そうしてあげたいのは山々なんだけど、魔女としての仕事が残っているのよ。だから迎えに行くのは、もう少し先になるかしらね☆』
その時、お母さんが私にバチンッとウィンクをした。
んん?……え?
まさかお母さん、私に気を遣ってる⁉
私が王史郎のこと好きだと思ってる⁉
水から出た魚のように、口をパクパク動かす。そんな娘をクスリと笑った後、お母さんは王史郎と話を続けた。
『王史郎くんたちには迷惑をかけると思うけど、さゆを頼んでいいかしら?モクが戻って来るまでの間、私たちもコッチで赤い宝石のことを調べておくわね』
「もちろん大丈夫です。俺も、さゆと一緒にいたいので」
「⁉」
サラッと爆弾発言をかます王史郎。
言葉の意味、分かってる?
恥ずかしいこと、平気で言えちゃうんだ⁉
目をグルグルさせ、のぼせた私を見て。お母さんが「あらあら」と口に手を添える。
「若いっていいわね~」と笑う後ろで、お父さんは白目をむいていた。今にも泡を吹きそうなんだけど、大丈夫かな……。
『じゃあ、さゆ。お二人に、失礼のないようにね。
王史郎くん、これからもよろしくね。イオくんにもそう伝えてくれると嬉しいわ』
「はい。こちらこそよろしくお願いします。家をなおしてくださり、ありがとうございました」
『また何でも言ってね。あ、そうだ。こっちにあるさゆの私物を、テレポートで送るわね』
「ありがとう、お母さん!」
『それじゃあ、元気でね』
『さゆ!絶対に会いにいくからなー!』
ふふ、と笑うお母さん。
なぜか号泣のお父さん。
賑やかな二人が画面から消えた後。
ほどなくして、パッと私の荷物が現れる。
「私の荷物ー!やっとスマホゲットだ!長かったよ~」
「そんなに嬉しいか?」
眉を八の字にする王史郎に、私のスマホをズイと差し出す。
「そりゃ嬉しいよ!これでいつでも王史郎と連絡とれるもん。ってわけで連絡先、交換しよ?」
「わ、わかったよ……」
モジモジしながら王史郎は私のスマホを取り、慣れた手つきで連絡先を交換した。連絡先一覧に「王史郎」の文字がある。それだけで、なんだか嬉しい……かも。
「ありがとう、王史郎」
「……」
「ん?どうしたの?」
静かになった王史郎の顔を覗きこむ。顔には「困惑」の二文字。
「さゆって、他の奴にも、こんな風に交換したりすんのかよ?」
「え?そりゃ〝交換して〟って言われたら、するけど……」
でも普通だよ?――言いかけた言葉は、王史郎に抱きしめられ、頭から吹っ飛ぶ。
「な、え⁉ちょ、王史郎!何してるの⁉」
「さゆが倒れる前、俺が言ったことを覚えてるか?」
「え……?」
そう言えば、昨日。
王史郎が私に、何か言っていたような……。
私がイオくんと一緒に帰って来たのが嫌とか。
私と離れるのが嫌だとか。
私がいないとダメだとか…………ん?
そう言えば、あれってどういう意味なの?
まさか、そのままの意味――?
ボンッと顔を赤くした私を見て「思い出したみたいだな」と王史郎が笑う。
「俺、今までさゆを〝仲の良い女の子〟って思っていたけど……それは違うって、昨日やっと気づいた。さゆを特別な女の子だと思っていたからこそ、守りたいと思ったんだ。
さゆは?さゆは、俺に何も思ってない?俺って、気軽に連絡先を交換できる、男子友達の一人?」
「え、いや……えっと……」
「俺は、さゆの特別じゃない?」
黒い瞳に見つめられる。
というか、かなりにじり寄って来られてる!
あまり近づかれると、昨日ほっぺにキスされたことを思い出すから、やめてほしい……!
「ち、近いよ!王史郎!」
「あ、悪い。人間に吸血する時かなり近づくから、通常の距離感がバグってるんだよな」
ぽりっと頬をかきながら、ウソ偽りなしの顔で喋る王史郎。
私は「吸血」の言葉を聞いて、ある日のことを思い出す。
それは、王史郎が女子生徒の血を吸っていた時。
あぐらをかいた足の上に、女の子を抱きかかえて、そして……あぁ、なんか嫌だな。胸が苦しくなってきた。ムカムカしてきたし……。
「王史郎。あぁいうことは、もう……」
「なんだよ。〝あぁいうこと〟って」
「――え⁉」
思わず声に出ちゃってた!
ヤバ、と思った時は、既に遅くて。
私が何を言いたいか分かった顔をした王史郎は、得意気に口にニンマリ弧を描く。
「そう言えば、契約を結んだら、俺はご主人サマの血しか飲めないんだった」
「え?」
「ということは俺は今後、さゆの血しか飲まないってわけだ」
「そう、なんだ……」
ホッと短く吐いた息が、王史郎の目にしっかり映る。彼が更に口角を上げたのは、言うまでもない。
「俺を独り占めできて満足ですか?ご主人サマ」
「!」
私の気持ちを的確に当てる王史郎。なんて勘の鋭さ!
楽しそうにベッドに座る王史郎の背中を、グイッと押し戻す。
「さすがに今は飲まないよね?ほら私、病み上がりだし!血がマズくなってるかも」
「んなわけあるか。もう何回も飲んでるんだから分かるよ、さゆの血は美味しい」
「ッ!」
く、食い気味で否定された!
副音声で「だから今すぐ飲ませて」とも聞こえる!
「な、なんで……なんでそんなに余裕なの⁉」
「なんでって、昨日お前が言ったんだぞ。血を飲んでとか、指輪をもらうなら俺がいいとか」
「え?」
記憶を整理する。
あれは確か、モクとの戦闘の終盤で――あぁ!
少しずつ記憶の蓋が開き、ほどなくして全て思い出す。
そう言えば、昨日……言った!!
恥ずかしいことばっかり言った!
わぁ~、ハッキリ思い出しちゃった!
「どうやら、ぜーんぶ思い出したようだな」
「ひぃ!」
王史郎が私を覗き込む。
その時、信じられないくらい心臓がはねて……やっと自覚した。
どうして他の子の血を吸うのが嫌なのか。
どうして王史郎を見ると心臓が跳ねるのか。
どうして「王史郎から指輪がほしい」と思ったのか。
――簡単なことだ。
答えは、私の中にあった。
「――……っ」
自覚してしまった。
この気持ちの名前を、見つけてしまった。
私は、恋をしているんだ。
どうしようもないくらい、王史郎が好きなんだ――
「なぁ、さゆ。今さゆの血がほしいって言ったら、怒るか?」
「え……」
さっきまでの意地悪は、どこかへ行ったらしい。王史郎の優しい顔が〝好きな人補正〟も入って、キラキラ輝いている。
「血を吸われるのが嫌なら、正直に嫌って言ってくれ。無理しなくて大丈夫だから」
「大丈夫だからって……」
吸血鬼のご飯=人の血なのに。
飲まなくて大丈夫、なんてこと、あるわけないのに。
こんな時でさえ、私を気持ちを大事にしてくれる王史郎。……ズルい。
そんな優しさを見せられたら、もう素直になるしかない。
「……ぃ、ぃぃょ」
「え」
「私の血……飲んでいいよ、王史郎」
「!」
恥ずかしさで声が震える私を見て――王史郎は、ふっと笑った。
「本当にいいのか?」
「い、いいっ」
「場所は?耳たぶにする?」
「耳たぶは蚊みたいだから……嫌」
耳まで顔を真っ赤にさせた私を見て、王史郎は「また虫かよ」と笑った。
そして――
「さゆ、好きだよ」
私の首に、甘く優しく、噛みついた。
「おーい!
さゆー、王史郎ー!」
「!」
「!?」
ピョン、と私たちはウサギのように跳ねた後、全く違う場所へ移動する。
ドドドと一階から駆け上がったイオくんが部屋の扉をあけたのは、ちょうどその時だった。
「追加のオムライス、出来たけどー?」
「あ、オムライス!まだ残しててくれたの?」
エプロン姿のイオくんを、指を組んで見つめる。料理はしないって聞いてたけど、すごい板についてる!
「王史郎が〝さゆがうるさそうだから残しておけ〟って言うから、追加で二つ作ったよ。
さゆ食べれそう?良ければ食べよ?
その……みんなで一緒に」
「イオくん!」
「イオ、お前……」
ツンデレなイオくんの、滅多に聞けない素直な言葉。私と王史郎は、まるでハイハイ出来た赤ちゃんを褒めるように近寄った。
「イオくん~、素敵だよ!」
「こ、子供扱いしないでよ!」
「お前、ちゃんと素直に言葉に出来るんだな」
「誰かさんを見て反面教師してるんだよ」
さんざん揉みくちゃに頭を撫でられたイオくんが、ついに怒る。
「もう!いいから、二人とも早く降りてきてよね!」
そしてドスドスと階段を降りる音が聞こえた。すごい地響き!
「また、さゆのお母さんに魔法で直してもらわないといけないかもな」
「ふふ。二人の役に立てるならって、お母さん喜ぶよ」
二人で笑い合った後、バチッと視線が絡まる。
恥ずかしくて、目を逸らそうとしたけど……肝心なことを言ってないと気づいて、王史郎の耳に近寄った。
「あのね王史郎……私も、大好き」
「!」
カッと顔を赤くした王史郎を見て、また私も固まる。
し、しまった!
すごく気まずい!!
イオくんと一緒に、下へ降りれば良かった!
「と、いうわけなので……あの、じゃあ!」
ビュンと、王史郎を置いて、部屋を後にする。
そんな私の後ろ姿を見届けた王史郎は、「はあ~~~~」と床に座り込んだ。
「あー、ダメ。可愛いすぎる」
ニヤニヤが止まらない王史郎は、私と「本当の契約をした時に出来た指輪」に目をやる。
そして――
「さゆの分も、用意しなきゃな」
呟きながら、満面の笑みを浮かべた。
【 End 】
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