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*王史郎*
しおりを挟む*王史郎*
「さっきの〝アレ〟はないんじゃない?」
「あ?何がだよ」
横を見れば、もう風呂を出たらしいイオの姿があった。
いつ出たんだ?
さゆに気を取られて、全く気づかなかった。
「アオイシともあろう吸血鬼が、まさか背後を取られるなんてね」
「それ、肩からタオルかけた奴が言うセリフじゃねーよ。緊張感ないな」
「いいじゃん。別にやり合うつもりないんだし。ココ俺の家だし」
「……ま、その通りか」
久しぶりに、風呂上がりの恰好を見た。
いや、まず、この家にイオがいることが驚きだ。
さゆが言うには、イオは俺のことを嫌ってるんだよな?
「なんでついてきた?」
「なりゆき。っていうか仕方なく」
仕方なく、と言った時に、ハンガーにかかった自分の制服を見るイオ。あぁ、アレが乾いたら帰るつもりだったのか。
「でも今さら帰るのも変だろ。
おかえり、イオ」
「うゎ……」
ただ挨拶しただけなのに、イオから氷点下の視線が届く。しかもご丁寧に、ドン引きした声付きだ。
「なんだよ……変なこと言ってないだろ?」
「王史郎さ、言葉をかける相手を間違ってるよ。お風呂に入っても、二人の話し声が聞こえたよ。ずいぶん一方的に、さゆを責めるじゃん。その割には言葉が少ない。ちゃんと言ったの?さゆが心配だから、もっと警戒してほしいって」
「……言ってない」
はぁ~~~~と、イオの長いため息が、俺の耳を貫通する。色んな意味で〝耳が痛い〟。
「さゆ、俺といるのに王史郎王史郎ってさ。耳にタコができたよ」
「は?なんで〝俺のこと〟?」
「腹立つから教えなーい。さゆが心配なのは分かるけど、言葉にしないと伝わらないよ。王史郎の、昔からの悪い癖だね」
「……ん」
俺がしおらしくなったと同時に、イオは部屋をキョロキョロして「さゆ本当に寝たの?」と、眉を八の字にする。
「疲れたから寝るらしい」
「いいけど、お風呂も入らず?風邪ひかない?」
「は?風邪?」
首を傾げる俺に、イオが白い目を寄こす。
昔「ゴキブリ怖い」と、俺にハエたたきの棒を持たせたイオ――軟弱すぎてドン引きした、あの時の俺の目にソックリだ。
「俺らと違って、人間は弱いからさ。雨に打たれただけでも風邪を引くんだよ」
「……面倒だな、人間ってやつは」
「思ってもないくせに」
フッと笑った後、イオは「それより今日の晩ご飯はなに?」と聞く。
久しぶりの家だというのに、さすが実家とあってか順応が早い。冷蔵庫を漁った後、いつも常温食品が置いてある棚を引っ張り出した。
もしかして俺の料理を待ってるのか?
うーん。でも、今日はなぁ……。
「さゆとケンカしちまったし、全く作る気しねぇ……」
「バカ。だとしても、ご飯を作って、さゆに持って行ってあげるの。さゆは晩御飯を楽しみにしてたんだから、お腹空いてるに決まってるでしょ」
「〝楽しみ〟ねぇ……」
さっき、さゆが言った言葉を思い出す。
確か、俺の笑顔がどうとか、こうとか。
『王史郎の笑った顔がみたいと思うのは、そんなにいけないこと!?』
一瞬、何を言ってるか分からなかったが、要約すると――さゆが楽しみにしていたのって、俺の料理と、俺の笑顔?
「……よく分かんねーな」
頭をぽりっとかいた後、冷蔵庫に向かう。
そう言えば、昔イオとケンカした時、よくオムライスを食べていたっけ。卵の上に、ケチャップで「ごめん」って書いてさ。
「オムライスでいいか?」
「俺が大好物なの、もう知ってるでしょ」
口に弧を描くイオが手を伸ばし、俺の手にあるケチャップを求めた。
「文字は俺が書く」という事なんだろうが……いくら俺より字がキレイだろうが、主導権を渡すわけにはいかない。
俺の手で、誠心誠意ごめんって書けば、またさゆは笑ってくれるんじゃないかって。そんな気がするから。
「おいイオ。食べるなら、少しは手伝え」
「ちぇー。久しぶりの帰省で疲れてるのに」
「残念だったな、諦めろ」
「はいはーい」
文句を垂れながら、時にはニッと笑いながら、男二人の手料理が始まる。
具材の入ったフライパンを振りながら、たまに二階へ耳を傾ける。……何の音もしない。ということは、大人しく寝たのか。
「それにしても……イオが〝このタイミング〟で帰ってきてくれて良かった」
「そろそろ、だもんね」
「あぁ」
シン、と。まるで雪が降った夜みたいに、静かになったキッチン。出来上がったオムライスが、静かに湯気を立てている。
「ま、今しんみりしてても仕方ないし。
コレ、さゆの所へ持って行くわ」
「はふにほほひふー(さゆによろしく)」
「こら。マナーが悪いぞ」
「ほへんめー(ごめんね)」
全く反省していない弟の顔を見て、さゆの部屋へ向かう。
二階へ続く、幅の広い階段。さっきさゆは、どんな気持ちで、この階段を上がったんだろうか。
もしかして、泣いていたのか?
もしそうだとしたら……イヤだな。
「さゆ、入るぞ」
控えめにノック……する前にドアに耳を近づけると、小さな寝息が聞こえた。
やっぱ寝ているのか。それなら枕元にオムライスを置いておこう。腹減った時に食うだろうし。
「……お、お邪魔します」
柄にもなくバクバク鳴る心臓が、うっとうしい。
俺の目に写っているのは、ベッドに転がっているさゆ。それだけだ。それなのに……なんで緊張してるんだよ、俺。
「さゆ、置いとくから食べろよ。
あと…………ごめんな」
机上にオムライスを乗せた後、ベッド横の床に座る。高さがちょうど合うらしい。寝ているさゆの顔が、暗闇なのによく見えた。
「俺……お前とイオが楽しそうに話すのを見て、腹立ったんだよ。だって心配するだろ。お前は狙われてるんだぞ?それなのに、あんな無防備に……」
イオの制服に包まれていたさゆを思い出す。
すると不思議なことに、さらに腹立って来た。
「人の気も知らずにスヤスヤと……ん?」
さゆの口が動いた。けど、起きてるわけじゃない。どうやら寝言らしいから、耳を近づけ盗み聞きする。
「むにゃ……おーしろ」
「……ふっ、なんだよ」
さゆの頬を触る。濡れたまま寝たのか、ひどく冷たい。
俺は青い宝石を出し、部屋の真ん中に浮かせた。宝石からは、ストーブみたく高い温度がジワジワ出ている。これで冷えた体も、元に戻るだろ。
「手のかかる奴だな。まったく」
「……ごめ、ん……スー」
「はは、会話してるみてぇだ」
だんだん温度を取り戻したさゆの頬を、再びなでる。
次に目がいったのは、ベッドから飛び出ているさゆの右手。おもむろにすくい、契約した薬指に口を持って行く。
「次こそ俺に守らせてくれよ、さゆ」
軽く唇をあてるとくすぐったかったのか、さゆが「ひひ」と身じろぎする。その締まりのない顔を見て……我に返った。
「ん?」
俺、いま何をした?
まさか、さゆの指にキ――!?
その時だった。
ブーっと、ポケットから重たい振動が響く。突っ込んでいたスマホを取りだし、着信画面を見た。
「ッ!」
宛名をみて、息を呑む。
ついに、この時が来たんだ。
「……とうとう、か」
静かにさゆの部屋を退出した後、深呼吸して通話ボタンを押す。
ピッ
「お久しぶりです。
さゆのお母さん――」
*王史郎*end
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