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第12話 緊急ルーム会議*葵*
しおりを挟む*side葵*
緊急ルーム会議が開かれたのは、合同会議が終わった夜のことだった。
「っていうわけで、俺ら全員ひなるちゃんに恋してるでしょ?」
「はぁ⁉」
唐突な内容からスタートした七海さんに、大声を出したのは翼。現在、お風呂で不在中のひなるに気付かれまいと、七海さんが「シーッ」と注意する。賑やかな翼に対して冷静だったのは、紫温さんだ。
「やっぱり。ひなるちゃんに恋をしたのは、俺が最後だったんだね」
「恋……」
頭の中に、ひなるの顔が浮かぶ。いつもニコニコ笑っていて、優しくて、可愛くて……。ひなるを前にすると、いつも考えるより先に言葉が出てしまう。滝本さんから「ひなるが大変だ」と聞いた時もだ。気づいたら、ひなるの元へ走っていた。
ひなるといると、自分の行動の説明がつかないことがある。サッカー第一だった俺が、一瞬でも部活のことを忘れるなんて。
「でも葵クンは違うみたいだよ?ひなちゃんを好きじゃないんだって~」
「え」
七海さんの言葉に反応したのは、俺。
そう言えば七海さんから、
『ひなるちゃんのことが好きだよね?』
『まさか自覚なし?』
『ウカウカしてたら、俺が横からかっさらうよ』
って言われた事があった。あの時は何も返事出来なかったけど……。
「ねぇ翼」
「あんだよ」
俺の隣に座る翼。いつも通り不機嫌な顔だ。答えてくれるか分からない、けど、どうしても聞いてみたい。
「俺、ひなるが笑ってくれると嬉しい。でも翼と話してひなるが笑うのは、なんか嫌なんだ」
「はぁ?まだ付き合ってもねぇのに独占欲丸出しかよ。どうしようもねぇな」
「独占欲……?」
すると翼は「知らねぇの?」と、チラリと横目で俺を見る。
「好きな人に芽生える、独り占めしたいっていう欲だ」
「独り占め?」
「お前がひなるを〝自分だけのものにしたい〟って思ってんだよ」
「!」
ひなるの事になると焦ったり、大胆になったり、気持ちが明るくなったり、どんよりしたり。気持ちが忙しくなく変わってしまうのか不思議だった。でも、そうか……
これを「恋」っていうんだ。
「ありがとう、翼」
「気色悪ぃ。浮ついた顔で俺を見んな」
一年生組が落ち着いたのを見計らったのか。七海さんが「これで本当に全員、だね」と。まるで点呼をとるように、ひなるへ片思いしている俺らを見回した。
「それで、ひなるを好きだから何?」
「自覚した途端に開き直る葵クン好きだよ~。じゃあ本題に入ろうか。
俺らは一緒に住んでるから、ルームメイトであり友達じゃん?だから例え恋のライバルであろうとも、この前の葵クンみたく、コソコソ密会するのは、いかがなものかと思ってさ」
「は⁉密会!?」
「葵くん、説明してもらおうかな」
(まずい……)
翼は鬼の形相で睨んでくるし、紫温さんは笑顔だけど逆に怖い。七海さん、わざわざバラさなくてもいいでしょ。恨みがましく張本人を見ると同時に、とんでもない提案がなされた。
「こうやってギスギスするのも嫌だから、正々堂々ひなるちゃんとデートできる権利を作ろうと思ってね!そろそろ体育祭でしょ?今日の会議で分かったんだけど、俺たちみーんな違うチームになったんだよね。この意味わかる?」
「「「‼」」」
七海さんの言いたいことを全員が理解し、納得した。つまり――
「体育祭で優勝したチームが、ひなるちゃんとデートできるってわけだね」
「そう!誰が勝っても文句なし。正々堂々、二人でデートを楽しめるよ~!」
七海さんの言葉に、皆が目を光らせた。さっきまで俺を見てゲンナリ顔だった翼も、今では吊り上がった目を更に鋭くさせている。いつも穏やかな紫温さんも、早々にスマホで何やら検索し始めた。でも、よからぬ気配がしたのか。七海さんが「こら」と、紫温さんのスマホを奪う。
「生徒会長の権力を使って優勝しても、無意味だからね~?」
「さぁ、なんのこと?」
「笑顔でごまかそうったって無駄だよ!さっそく副生徒会長に怪しいメール送ろうとしてるじゃん~!」
紫温さんのスマホの画面が、俺らに見えるよう向けられる。そこにあったのは、信じがたい文章。
【 優勝するための裏ルート作戦について 】
「まさか紫温さんがそんな人だったなんて……一瞬で軽蔑した」
「俺もドン引き。同じ学校の生徒会長が、なんちゅーモラル違反だよ」
「そうだ、そうだ!卑怯だぞ~!」
皆が立ち上がって文句を言うも、紫温さんは悪びれることなくスマホを奪還する。顔には、珍しく渋い表情が浮かんでいた。
「だって想像してみてよ。もし負けたら、自分以外の誰かが、ひなるちゃんとデートするんだよ?」
「「「……」」」
想像、する前にやめた。自分以外の誰かがひなるとデートなんて、考えられないし考えたくもない。
「ね、嫌だよね?だから、どんな手を使っても勝ちたいかな、俺は」
「だとしても〝正々堂々〟って言ったでしょ~。もう、紫温クンは見た目に寄らずアツいんだから」
「不正はダメだろ、フツーに考えて」
ズルをして優勝しようとする紫温さんは、そりゃダメだけど。でも言い換えれば、ズルをしてでも優勝したいんだ。それほど、ひなるとデートがしたいんだ。紫温さん、ひなるのことが本当に好きなんだな。
でも……それは俺もだから。何でが何でも優勝させてもらう。
「正々堂々と優勝すれば、誰からも文句を言われないんだよね?」
「そうだよ~ヤル気になった?正直、この勝負に乗ってくれるか、葵クンが一番心配だったんだよね。ほら君ってサッカー命じゃん?」
七海さんの言う通り。昔の俺はそうだった。サッカーしか目がなかった。だけど、今は――大切なものはそれだけじゃないって、気づいたんだ。
「あれ?皆さん集まって、どうされたんですか?」
(ひなる……)
教室にいても、寮にいても。どこにいる君だって見つけたいと思うんだから。俺の頭の中、少しずつ変わって来てるんだよ。サッカーだけじゃなくて、もう一つ、この手で大事にしたいものが出来たんだ。
「ひなるちゃん、お風呂から出たの?あ、髪を乾かさないと風邪ひくよ?俺が乾かしてあげる~」
「でも、」
何か話されていたんじゃ、と言いかけるひなるに、紫温さんが手を振った。
「美味しいアイスがあるから、皆で食べようって話してたんだ。待ってるから、髪を乾かしておいで」
「わ~、アイス!分かりました、すぐ乾かしてきますっ」
スリッパの音が遠くなった時。今まで静かだった翼が、重たい頭をテーブルに置く。
――ゴトン
「風呂上りとか、目に毒だろ。なんで一緒の寮なんだよ……」
翼の耳は、リンゴのように真っ赤だ。案外ウブらしい翼の新たな一面を見て、俺と紫温さんは思わず笑った。
「好きな人と一緒の寮なんて最高じゃないの。今では父さん(理事長)に感謝してるよ。同じ寮に住めて、毎日ひなるちゃんと会えるからね」
「しかも体育祭は一緒に出来る……」
やったぜ、と思いのほか前向きな翼。二校一緒の体育祭は毎年かなりの盛り上がりを見せるらしい。そこに他校の好きな人と一緒に参加できるとなれば、テンションが上がるのも無理はない。
すると紫温さんが「翼くんは会議にいなかったから知らないよね」と。会議中にくじ引きで決まったチーム分けを、冷蔵庫に貼ったホワイトボードに書いていく。
【赤チーム】葵・ひなる
【青チーム】翼
【黄チーム】七海
【紫チーム】紫温
「俺は青チームなのか。にしてもすげーチーム分けだな。バラバラじゃん」
「葵くんはいいよね。ひなるちゃんと同じチームだもん」
「まぁ、同じクラスだし」
「俺なんて学校も学年も違うんだから、チームくらい一緒になりたかったなぁ」
眉を下げて残念がる紫温さん。確かに……翼にしても他校だし、七海さんにしても学年が違う。学校も学年も、そしてクラスまでひなると一緒の俺は、かなりめぐまれている。
でも、だからって。
「手加減はしない。ひなると一緒に、全力で優勝旗をとりにいくから」
「涼しい顔して、いう事いうよね葵くんは」
「タチ悪ぃ……」
すると廊下から、ひなると七海さんの声が響く。どうやら髪が乾いたらしい。いつものサラサラ髪になったひなるが、ドライヤーの熱で温まった頬をクイと上げた。
「お待たせしました!アイス出すの手伝いますッ」
だけど紫温さんが笑顔のまま固まった。顔に「マズイ」って書いてある。これは、もしや……。
「アイス買ってないの?」
「ない。あの場をごまかすためだったから、ついね」
「マジかよ!」
どうしよう、と慌てる紫温さんを見ると、本当に恋って不思議だ。いつもシッカリしてるのに、ひなるの事になると紫温さんらしくなくなるんだから。
「俺の部屋におかしがあるから、持ってきてもいい?」
「それは助かるけど……珍しいね、葵くんがおかしを買うなんて」
「ひなると食べようと思っていたけど……コソコソするなって言われたから」
罰の悪い顔をすると、紫温さんが「ハハ」と俺の背中を叩いた。けっこう痛い。
「君のそういう素直なところ、俺は好きだよ。俺も正々堂々いどむから、お互い体育祭がんばろうね」
「……うん。じゃあ持ってくる」
そうして突然に始まったおかしパーティ。おかし好きのひなるは、アイスがなくてもご機嫌で。「太っちゃうよ~」と言いながら、ハムスターのようにモリモリ食べていた。その姿に皆が熱い視線を向けていたのは、もちろん内緒。
*side葵 end*
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