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ピクニックと委員長

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 次の日。
 ガチャ――と玄関のドアを開けると、そこにはやっぱり桂木くんが立っていて、


「おはようございます、一花さん」
「おはようございませんでした……」


 私は、早々に心が折れそうになる。


「お母様は? もうお仕事ですか?」
「うん。私が制服着てたら、すごいビックリしてた。初めは、会社休むって言ったんだけど……」


 私が、その先を話さないでいると。桂木くんは「?」と、首を傾げた。
 私は渋々、「お母さんに“たぶん桂木くんが来るよ”って言ったらね……」と。今朝の私とお母さんのやりとりを話した。







『桂木くんが来てくれるの? じゃあ、問題ないわね!』
『え!?』
『じゃあね~』


「会社を休む」とまで言っていたお母さんは、私の背中をポンと叩き、結局――いつも通り出社してしまった。不登校だった娘の、新しい一歩だというのに。
 いつも通り過ぎるお母さんに「呆気ない……」と思って、少し落ち込んでいた私。
 だけど、

 ガチャ

 お母さんは、閉めたドアを再び開けて、戻って来た。目に涙をためて。そして静かに、ギュッと私を抱きしめる。


『お母さん……?』
『よく決心したね、一花。一歩ずつでいいんだよ。一花の行ける所まで、少しずつ。ね?』
『……うん。ありがとう』


 お母さんは何だかんだ言って、こうやって私の頑張りを知って、認めて褒めてくれる。だから私も、それに応えたいって思えるんだ。
 そう。だから、いくら桂木くんと登校することになったとしても……逃げずに、やりきるんだ、私!!








「なるほど。やっぱり優しくていいお母さんですね」
「……うん。そうだね」


 自然と出た笑みを浮かべながら返事をすると、桂木くんは「任せてください」と、自分の胸をドンと叩いた。


「お母さんから大役を賜ったので、一花さんはレッドカーペットを歩く気分で、堂々と登校してくださいね」
「……」


 そ、そんなに堂々と登校したくないんだけど……。それに、家を出たばかりだというのに、足はもう震えてるし。手も、上手く動かせない。


「(こんなんで、本当に登校出来るのかな。私……)」


 だんだんと不安になっていく私。
 だけど、その時だった。


「では行きますか。さあ、お手をどうぞ」
「お、お手……?」


 もしかして、返事は「ワン」?
 何の躊躇もなく桂木くんの手が私に伸びたから、思わず首を捻る。すると桂木くんは「信じられないものを見る目」で私を見つめ返した。


「何ですぐに握り返さないんですか?僕と手を握れるなんて、10億の宝くじが当たるより凄いんですよ?」
「はあ?」

「今にも倒れそうな千鳥足で僕の隣を歩かれるのも嫌……じゃなくて。アレですから、大人しく僕に引っ張られて歩いてください」
「(今、普通に”嫌”って言ったな)」


 ここで拒否をしても面倒くさそうだし。それに……確かに、誰かに引っ張ってもらった方が歩きやすい。
 仕方ないから、私は桂木くんの手を握る。すると、昨日よりもホカホカした彼の体温が、すぐに私に伝わって来た。


「あったかい……」
「梅雨だというのに、今日は晴れてますね。暑くなりますよ」
「ん……そうだね」


 桂木くんを真似て、上を見る。眩しいくらいにギラついている太陽が、容赦なく私たちを見下ろしていた。


「へっくしゅ!」
「(太陽を見るとクシャミが出る人って、本当にいたんだ)」


 昨日から、どんどん桂木くんと言う人を知れているような……謎が深まっていくばかりのような。
 そうだ! いい機会だし、昨日のアレも聞いておこうかな?


「そういや桂木くん。昨日、言いかけた事ってなんだったの?」
「言いかけたこと?」
「ほら、ウチから帰る直前に、」


――委員長だからって、そこまでしなくていいよ
――いえ、違うんです


 何が違うのか理由が聞けなくて、ずっと気になっていた。だから質問したのだけど、桂木くんは「まさか」と口に手を当てた。


「そんな事が気になって、それで寝られなくて……結果、目の下にひどいクマをつけたんですか?」
「(違うっての!)」


 寝れなかったのは、桂木くんが今朝、本当にウチに来るのか気になったからで……って、違うちがう。
 今は、桂木くんの話!
「はぐらかさずに教えて」と言うと、桂木くんはしばらく黙っていた。だけど……少しずつ。ポツリポツリと話し始めた。


「僕、目安箱を設置したんですよ。学校の玄関の出入り口と、校長室の横に」
「目安箱?なんの?」

「学校に何か不満はないかっていう、そういう意見を聞こうと思って」
「その内容の目安箱を、よく校長室の横に置けたね」


 さすが桂木くん、怖い物なさそうだもんね。
「最初は全く投書がなかったのですが」と、桂木くんは話を続ける。


「ある日、一枚の紙が入っていまして。そこに書かれていたんですよ」
「なんて?」

「陽乃一花さんが揃った1年1組が見たい、と」
「え……」


 1年1組は私が在籍するクラス。だから……それって、つまり……
 私の不登校を解消したいと願ってる人がいるって。そういう事?


「誰か分からない人が、そう投書したから……桂木くんは私に世話を焼いてくれるの?」
「目安箱を設置したのは僕ですしね。それに、僕も前々から一花さんの事が気になっていたんです」
「学級委員だから、正義感が働いて……って事?」


 やっぱ皆で仲良く!だろ!!
 みんな揃って1年1組だよな!?


 みたいな。
 ああいう「みなぎる闘志」みたいな感情が、桂木くんにもある……というわけ?
 すると桂木くんは「まさか」と首を振った。


「別に学級委員だから、ではないですよ」
「でも昨日は”学級委員だから”って言ってたけど?」


――こちらのお品物をお届けに参りました
――委員長として当然の事をしたまでです


 言うと、桂木くんは「言葉のあやです」と眼鏡をかけ直した。いやいや、それは無理があるから。


「桂木くんって、たまにウソをつくよね」
「僕が? やめてくださいよ。ウソをつくのは生涯を共に誓ったペットにだけと誓っています」
「待って。なんでペット?」


 はぁ、やっぱりわけが分からない。
 私は不機嫌な顔のまま、「昨日もウソついたじゃん」と、ふてくされた顔で桂木くんを見た。


「私がコンビニから帰って来た時。桂木くんは”唐揚げ美味しい”って言ってたけど……」


――お母さん、この唐揚げはどちらのシェフがお作りに?


「昨日ウチの食卓に、唐揚げなんて出なかったけど?」
「……」

「あれは、何のためのウソなの?」
「……そうですね」


 その時。
 桂木くんは「フッ」と笑って、通りがかった公園に咲いているアジサイを見た。紫やピンクのアジサイが、元気いっぱいに花を咲かせている。
 そのアジサイを見ながら、桂木くんが言った事。
 それは――


「ここでお昼を食べましょうか」
「は?」


 疑問符だらけの私を置き去りにして、さっさと公園に入っていく桂木くん。そしてカバンに忍ばせるには大きすぎるビニールシートをバサッと広げて「どうぞ」と私を手招きした。


「ど、どうぞって、」
「大丈夫ですよ。この暑さで、昨日雨が降って出来た水たまりは、完全に消化されてます」
「いや、そうじゃなくて!なんでお昼?私は学校に行きたいの!」


 と。
 そう叫んだ瞬間だった。
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