天使くん、その羽は使えません

またり鈴春

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天翔side3

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「どういう事?」
「お前を人間にすべきだと、俺が神様に進言した」

「兄さんが?どうして」
「……」


 兄さんは空中に浮きながら、遠くを見た。
 その瞳に映っているのは、俺がネコを埋めた公園じゃないかって……何となく分かった。


「お前は天使に向いてない。天使は淡白で、感情を持たないものだ。
 それなのにお前は、天使よりも人間に似た感情を持っている。そんな奴が、天界で上手く生きられるものか。
 さっさと人間になり、お前に合った生き方をしろ。お前の似合う世界で生きろ。その方が、きっとお前は幸せになれる」
「ッ!」


 今、わかった。
 兄さんが何度も俺に「天使失格だ」と言ったのは……俺に天使を止めさせたかったからなんだ。


――人間に近い心を持つお前に、天使の道は開きはしない


 兄さんは俺の幸せを思って、ずっと、そう言ってくれていたんだ。


「俺はもう、天使じゃないんだね?」
「そうだ。その証拠に、羽が消えている。
 もう天界で腑抜けた愚弟を見ずに済むと思うと、セイセイするわ」
「ふ、……ひどい言われようだ」


 兄さんから酷いことを言われているのに、全く悲しくない。
 むしろ、心が温かくなる。

 今まで、俺と兄さんは仲が悪いって思ってた。
 だけど、それは思い違いだったんだ。
 だってお互いの心は、こんな近くにあったのだから。


「兄さん、ありがとう」
「ふん」


 相変わらずの仏頂面。
 だけど――兄さんの怒った顔を、もう怖いとは思わなかった。


「俺はもう行く。二度と天界に戻ってくるなよ」
「もう、会えないの?」

「……すぐ会える」
「どういう、わ!?」


 聞き返したかった。
 だけど羽ばたいた兄さんの羽が俺の顔に当たり、視界が遮られる。


「わぶ!」
「お前が死んだ時。お前の魂は、俺が引き取ってやる。その時まで……生にはげめ、弟よ」
「!」


 その時。
 羽の隙間から見える兄さんが、笑ったように見えた。
 とても優しい顔だ。


「ねぇ、晴衣」


 空へ飛び立った兄さんを見ながら、俺は呟く。


「俺、今すごく幸せだよ。笑っちゃうくらい、幸せなんだ」


 すると晴衣の瞼が、一瞬ふるりと揺れた。
 見ると、血だらけだった晴衣は、いつの間にか綺麗になっていた。
 怪我も治っている。

 良かった。
 本当に、寿命が伸びたんだ。


「天翔、くん……?」
「晴衣……。うん、おはよう」
「!」


 その時、晴衣が両目を開いた。
 そして震える手で、俺の頬をなぞる。


「どうしたの?晴衣」
「天翔くんの笑顔を、ずっと見たかったの。今、やっと見れたなぁって思って」
「俺の笑顔?」


 晴衣はコクンと頷く。
 そして、


「いい物が見れたッ」


 と、満面の笑みで言った。


「……っ」


 さっきまで心臓が止まっていたのに、俺が微笑んだだけで、晴衣はこんなに無邪気に笑ってる。


「晴衣は、変だよ」


 そう言うと晴衣が「お兄さんも変人だよね」と、更に笑った。


「二人の話してる声が、少しだけ聞こえたの。
 天翔くんの事が大事なら、素直にそう言えばいいのに。お兄さん、優しいけど偏屈だよ」
「……うん、本当だね」


 ギュッと晴衣の手を握る。
 温かくて、力強い脈。
 ちゃんと生きてるよって、晴衣の全身が俺に訴えている。


「良かった。本当に……」
「天使じゃなくなったのに? 綺麗な羽も……無くなっちゃったね」
「うん。それでも、良かったんだよ」


 そう答えると、なぜか晴衣が悲しそうに眉を下げた。


「天翔くん、飛べなくて寂しい?」
「え?」
「そんな顔に見えたから……」


 晴衣が上目遣いで俺を見る。
 確かに寂しさはある。
 だけど――それだけじゃない。


「飛べなくなったのは、少し寂しい。けど、羽があった頃より……
 今の方が、俺は自由な気がするんだ」
「!」


 晴衣は驚いた顔をした。
 だけど「そっか」と、俺の顔を見て満足そうに頷く。


「天使の時の天翔くんも好きだったけど、人間の天翔くんの方が、私はもっと好きだな」
「え?」

「天翔くんの顔を見れば、何を考えているか分かるんだよ?無表情じゃない天翔くん、とっても素敵だよ!」
「っ!」


 俺の体の中が、ジワジワと熱くなっていく。汗も出てきた。

 なんで?
 人間って、意味もなく体温が変わるものなの?

 パタパタ

 手をうちわ代わりにして仰いでいると「そう言えば」と、晴衣が尋ねる。


「結局、私も天翔くんも、どれくらい生きられるのかな?」
「天使は人間より長生きなんだ。色々計算すると……たぶん晴衣も俺も、お互い歳をとっても元気だよ」
「そうなんだ!」


 ニコリと笑う晴衣。
 寿命が伸びて、かなり喜んでいるみたい。


「バドミントン、ずっと続けられるね」


 そう言うと、晴衣は頷いた。
 だけど「それだけじゃなくてね」と、照れくさそうに笑う。


「おじいちゃんおばあちゃんになるまで、天翔くんと一緒にいられるのが嬉しいなぁって。そう思ったの」
「え?」

「これからもよろしくね、天翔くん!」
「っ……」


 ギュッ

 晴衣に差し出された手を、少しずつ、力を込めて握っていく。
 その時。
 俺の心には、温かい風が吹き抜けた。


「気持ちよく飛べそうな、いい風だ」
「やっぱり羽が恋しい?」

「――ううん。そうじゃなくて」


 もう俺の背中に羽はない。
 だけど、晴衣と一緒にいると、いつもどこかを飛び回ってるような……そんな心地いい気分になるんだ。


「人間は、こんな風に飛ぶんだね」
「飛行機のこと?」
「ふふ、違うよ」


その後――

 神様が記憶を操作してくれたらしく、晴衣が事故にあった事は、皆の記憶から消えていた。
 だから俺と晴衣は、いつものように晴衣の家へ帰った。
 のだけど……


「あらー天翔くん! わざわざ晴衣を迎えに行ってくれたの?」
「え?あ、はい」

「幼なじみってだけで、そこまでしてくれるなんて愛ねぇ~♡」
「え?」
「は?」


 晴衣のお母さんの言っている意味が分からない。
 え、幼なじみ? 俺と晴衣が?
 晴衣を見ると、晴衣も同じく不思議に思っているようだった。
 そんな中、お母さんは料理の入った鍋を晴衣に渡す。


「これ。お隣に持って行ってね。お裾分けです、って」
「隣? お裾分け?
 何言ってるの、お母さん。隣はずっと空き地で、」


 するとお母さんの方も「晴衣こそ何言ってるの」と顔を顰めた。


「隣の家って、天翔くんの家でしょ?もう~なに寝ぼけた事を言ってるのよ」
「え?」
「は?」

「じゃ、お願いね♡」
「……」
「……」


 バタンッ

 俺と晴衣は、隣の家へすぐにダッシュした。
 表札には「天野(あまの)」と書かれている。
 天野?と疑問を覚えつつ、玄関の鍵を開ける。

 すると……


「早かったな、弟よ」
「へ……兄さん?」


 奥の部屋から、兄さんがひょっこり顔を出した。
 これには俺も晴衣も、開いた口が塞がらない。
 なんで、ここに?


「神様の計らいで、お前たちは、生まれた時から家が隣同士の幼なじみとなった。
 そして今日から、俺もここに住む。たまにだが、神様も父役として来られるぞ。仕事から逃げる良い口実が出来たと、喜んでいた」
「か、神様が……」


 ズルっと肩の力が抜けた俺。
 そんな俺に、晴衣が「良かったね」とウィンクをした。


「よ、良かったのかな?」
「絶対良かったよ! だって天翔くん、寂しくないでしょ?」
「!」


 寂しくない――確かに、そうだ。
 神様に直接お礼が言えるし、兄さんとも一緒に居られる。隣の家には、晴衣がいるしね。


「うん……そうだね。寂しくないね」


 ふっと口の端を上げて笑うと、晴衣もつられて笑った。
 もう二度と見られないと思った笑顔は――確かに、俺の隣にあった。


 そうして――


 俺たちは、第二の人生をスタートした。
 俺も晴衣と同じ学校に通い、二人一緒に過ごす日々。
 キラキラ輝く毎日に、俺は圧倒されるばかりだった。
 だけど、そんな俺をいつも支えてくれるのは、


「天翔くん、行こう!」


 晴衣だ。


「ねぇ晴衣。毎日、楽しい?」


 たまに不安になる事がある。
 晴衣の「生存」を願った俺は、正しかったのかって。

 だけど、そんな時は晴衣を見ればいいんだ。
 だって、君はこんなにも、


「うん!毎日すっごく楽しくて幸せだよ!」


 弾ける笑顔を、俺に見せてくれるのだから――



【  完  】

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みんなの感想(1件)

琴音
2024.07.30 琴音

『天使くんとの出会い』の二人のコントの様な会話が面白かったです。つい悲しくて泣いてしまいそうになったけど、最後のどんでん返しで安心したぁ〜。神様……サボりの口実にするなんてね……。お兄さんは素直に好意を伝えることのできない不器用タイプ?いや、天使だからか?
おもしろかったです!ありがとうございました!

2024.07.30 またり鈴春

琴音様☾⋆ ̖́-

こちらにも感想くださり、ありがとうございます!(´▽`)とても嬉しいです!

悲しいお話に寄ってしまわないように、ヒロインをなるべく明るく…と思って前向きな子設定にしました!なので会話文をコント風に受け取って頂けると、とても嬉しいです( ៸៸ › ⩊ ‹ ៸៸)

お兄ちゃんは不器用なツンデレ属性ですよね笑。ご名答です(⑉>ᴗ<ノノ゙私がツンデレが好きなもので、作品の至る所に出没しています。こわがりちゃんとサイキョーくんの千景くんも、まさしくツンデレタイプですꉂ(*´ᗜ`*)

温かいご感想ありがとうございました!本作は私のお気に入りの一つなので、読んでくださりとても嬉しかったです𑁍 𑁍

またり鈴春

解除

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