天使くん、その羽は使えません

またり鈴春

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天使くんのピンチ

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 天翔くんと一緒の家に住んで、少しの日が経った。ほんの少ししか一緒にいない。けど、それだけでも分かる。
 天翔くんは、完璧なんだって。


「ねぇ、今日って体育があるんじゃないの?」
「え、あ、そうだった!体操服!」
「出してるよ、ほら」


 天翔くんの手には、私の体操服。どこにあったんだろう。全然気づかなかったよ!
「ありがとう」とお礼を言って、いざ。カバンの中に!


 ぎゅッ、ぎゅッ


「……は、入らない」
「はぁ……」


 無表情なのに呆れてる声を出せる天翔くんって、とっても器用だよね!
 またまた「ありがとう」と言いつつ、天翔くんが出してくれたサブバッグの中に入れる。
 よし、これで準備OK!


「あ、今日は部活が休みだからさ、」
「……公園に集合、だよね?」
「そう!さすが天翔くん!やっぱり完璧だよー!」


 週一で訪れる部活休み。
 その日に勉強でもすればいいんだろうけど……。
 やっぱり私はバドがしたくて、例のごとく、天翔くんに自主練に付き合ってもらっている。


「私15時頃には公園に着くと思う!だから天翔くんも、それくらいにラケットバッグを持って来ておいてねー!」
「わかった」

「じゃあ、いってきまーす!」
「はいはい」


 天翔くんの無表情を最後に見て、私は部屋のドアを閉める。
 天翔くんは、学校には行かない。天使だからね。
 でも「天使だから学校ないんだよねー」とは両親に言えないから、こんな風に誤魔化してる。


 天翔くんは学校に行けない理由があるみたい――


 そう言うと、同情した両親が「天翔くんが自分で行きたいと思うようになるまでは、そっとしておこうね」と言ってくれた。


(お父さんお母さんに、嘘ばかりついて申し訳ないなぁ)


 罪悪感で、チクンと胸が痛む。
 その罪悪感を抱いたまま――私は一日を終えた。

 そして――約束の15時。

 公園に行くと、すでに天翔くんがラケットバッグを持ってベンチに座っていた。
 公園には、誰もいない。だけど天翔くんは、ある一定の物を見て、全く動くことがなかった。


「あ、あそこって、確か……」


 私と天翔くんが初めて会った日。天翔くんは、死んだ猫をこの公園に埋めていた。
 天翔くんが今みているのは、猫を埋めた場所。荒らされた様子はなく、あの日埋めたままの綺麗な状態だった。


「……」
「天翔くん……」


 天翔くんが、今すごく悲しそうな目をしてるのは……天使だから?死んだ猫の事を思って、悲しんでるのかな。

 サアァァァ

 その時、一瞬の風が吹いた。
 柔らかい風。暖かくもあり、少し冷たくもあるような……心地いい風。
 その風が、天翔くんの髪を揺らす。金色の髪は、太陽の光を受けてキラキラ光っている。

 あぁ、天翔くんって、本当に――


「あ、来てたんだ」
「……うん。お待たせ!」


 私の存在に気づいた天翔くん。
 こんな時でも、驚いた表情を見せない。うん、手強い。


「今度さ、お化け屋敷でも行く?」
「なんで?それより――声を掛けてくれれば良かったのに。なんで突っ立ってたの」


 その言葉に、私はニッと笑った。


「目を奪われてたの。天翔くんが、あまりにも綺麗だから」
「綺麗?俺が?」

「天翔くんがね、キラキラ光ってるの。今も、すごく綺麗だよ」
「……」


 フイっと顔をそらされる。
 あ、「何言ってんだか」って声が聞こえた。照れてる様子は、もちろんない。


「天翔くんって、いつも私のサポートをしてくれるでしょ?なおかつ綺麗な容姿!すごいよ」
「買い被りすぎ。もしくは夢みすぎ」


 吐息と一緒に漏れた声は、なんだか小さかった。自分に自信が無いから、小さな声なのかな?
 もったいない!天翔くんは、胸を張って堂々と「俺はすごいんだぞ」って言えるよ。それくらいスゴイんだからね!


「夢じゃなくて、ちゃんと現実を見てるよ。本当に天翔くんは――欠点がなさすぎて、完璧な天使だなって。そう思ったの」
「っ!」


 その時、初めて。
 天翔くんの顔が、ぐにゃりと歪んだ。
 かと思えば俯いて、私と目を合わせない。まるで自分を隠してるみたいな、そんな雰囲気。


「天翔くん?」
「……」
「どうしたの?気分が悪いの?」


 心配になって、急いで天翔くんの傍に寄る。すると天翔くんはサッと。また私から顔を逸らした。
 な、なによ。そんな事されると、ますます心配になるじゃん!
 天翔くんの肩に手を置き、私の方を見るようにグイと力を込める。
 すると……


「気分、悪いよ」


 怒った顔の天翔くんと、目が合った。


「ついでに言うと、胸くそ悪い。もう二度と、俺の前で“ 完璧な天使”とか言わないで」
「え、ちょ、」


 どうしたの――?


 天翔くんに聞こうとした、その時だった。
 私のすぐ後ろで「ハッ」と。
 私でもない天翔くんでもない、誰かの笑った声が、短く聞こえた。
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