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2.帰りの馬車

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 ビアンカを連れて会場の外に出たはいいが、パーティーの終わる時間まで、まだ時間がある。

 会場の外には、遠方から訪れている貴族の馬車は常に待機しているが、会場からさほど離れていない貴族の馬車は、周りの邪魔にならないよう一度屋敷に戻り、終了時刻が近づいたら再度会場に赴くように決まっている。
 その為、会場に比較的近いサンセール家の馬車は、当然のことだがこの場に待機していない。

 終了時刻のことまで考慮していなかったヴィオレットは、仕方がないので徒歩で帰ろうかと考えていた。そんな彼女に、ビアンカはそっと話しかける。

「ヴィオレット、このまま歩いて帰るのかい?」
「はい。そのつもりです。わたしはこれでも女性騎士ですから、万が一夜道で襲われるようなことがあっても、なんとかなるでしょう。」
「うーん…そうか……。」
「どうかしましたか?」
「いや、せっかくだからヴィオレットの家まで送ろうと思ってね。」
「え!?い、いえ、ビアンカ様にそんなことはさせられません!」
「どうしてだい?ヴィオレットは私の専属騎士になったんだ。だからこれくらいのことはさせて欲しい。それにまだ少し話したいことがあってね……どうする?」
「……わかりました。ではビアンカ様、よろしくお願いします。」

 ヴィオレットは観念して、ビアンカの申し出を受け入れた。
 こうして、ヴィオレットはビアンカの送迎用の馬車に乗り込んだ。

「それで、わたしにお話しとは…一体なんでしょうか?」
「あぁ、それなんだが……」

 ヴィオレットの言葉にビアンカは、真剣な表情で彼女を見つめる。
 そして、意を決した様子で口を開いた。

「ヴィオレット、明後日の昼頃に私の暮らす離宮に来て欲しいんだ。そこで正式に兄上との婚約破棄の手続きと、私の専属騎士になる手続きを行いたいんだ。手続きの際、私の両親にも来て貰う。貴方に不利益が発生しないよう、しっかり説明して書類も発行するから安心して欲しい。」
「……分かりました。では、明後日に伺います。」
「ありがとう。きっと貴方なら分かってくれると思っていたよ。明日は今日会場で起きたことについて、ヴィオレットの両親に伝えて欲しい。もちろんこちらから手紙も出すつもりだけど、念の為に、ね?」

 そう言ってビアンカは、パチンとウインクをしながら笑顔を浮かべた。
 ヴィオレットはその笑顔を見て、胸の奥が暖かくなるような感覚を覚えた。

(ビアンカ様は本当に優しい方だわ。お父様とお母様に事情を説明するのは不安だけれど、ビアンカ様のお役に立てるのならば頑張らなきゃ。)

 ヴィオレットは心の中で決意を固めると、優しく笑みを返した。

 話が終わり、2人はまったりと馬車に揺られていた。
 ヴィオレットはこの穏やかな時間がもう少しだけ続くことを願っていたが、あっという間にサンセールの屋敷の前に着いてしまった。

「……それじゃあヴィオレット、また明後日会おう。」
「はい、ビアンカ様。それではまた後日。」


 ヴィオレットはこの穏やかなひと時に僅かに名残惜しさを感じながら馬車を降りた。そして、彼を乗せた馬車が見えなくなるまで屋敷の前で見送ったのだった。
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