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1.婚約破棄の件喜んでお受け致します

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「ヴィオレット・サンセール!今日限りでお前との婚約は破棄させて貰う!男の格好をするのも、女性らしからぬその態度もウンザリだ!」

 王族の開催するパーティー会場に、大きな声が響き渡る。
 この国の第一王子であるネグロ・トリフォリウムは、怒りの形相でそう叫んだ。彼の傍らにはニヤついた表情を浮かべるローズ・フォルシュット子爵令嬢の姿がある。

 パーティーに参加している人々は皆一様に驚き、困惑した表情を浮かべている。
 しかし、ヴィオレットだけは表情を変えずに真っ直ぐ前をーーネグロとローズを見据えていた。

(……ついに、この時が来たか)

 彼女は心の中で呟くと、そっと目を伏せる。
 そんなヴィオレットの様子を見て、彼はますます腹を立てたようだ。眉間のシワを深めながら口を開く。

「何か言ったらどうなんだ!?弁明のひとつくらいしてみせろよ」
「……いいえ、わたしから貴方に言うことは何一つありません。」

 ヴィオレットは抑揚のない声で答える。それを聞いたネグロはローズを抱き寄せながら言い放つ。

「ふんっ、相変わらず気に入らん奴だ……。だがまあ良いだろう。俺はヴィオレットと婚約破棄をし、新たにローズ・フォルシュット子爵令嬢を妻に迎えるつもりだ。」

 ネグロの言葉を聞いてヴィオレットは僅かに目を見開く。そしてすぐに微笑みを浮かべる。
 その様子を見た人々はざわつき始める。
 人々があちこちで囁き合う中、ヴィオレットは一歩前に足を踏み出す。

「ネグロ殿下、婚約破棄の件喜んでお受け致します。もとよりわたしには殿下との婚約は荷が重いと感じておりました。更にわたしは男装が好きな女性騎士。貴方と馬が合わないことも承知しております故。」

 彼女の言葉を聞き、ネグロは顔を歪める。

「では、失礼いたします。」

 ヴィオレットは優雅な動作で一礼すると踵を返し、その場を立ち去ろうとする。

「ふふ、これでようやくネグロ様はわたくしのものね……。」

 その後ろ姿を眺めながら、ローズは不敵な笑みを浮かべた。


 ーーその時だった。


「ヴィオレット、兄上と婚約破棄されるのなら、どうか私の専属騎士として仕えて欲しい。私には貴方が必要なんだ。他でもない、私のことを理解し受け入れてくれた貴方が…!」

 会場に澄んだ声が響き渡る。
 ヴィオレットはその声の主の方へ顔を向けた。

 そこには、美しい白髪を腰の辺りまで伸ばした、美麗な容姿の青年が立っていた。

 その青年はゆっくりとヴィオレットに向かって歩いていく。
 新たな人物の登場に、周囲は再びざわめき始めた。

「あぁ、久しぶりに会えた。私の大切な人。」

 その青年はこの国の第二王子であり、ネグロの実弟にあたる、ビアンカ・トリフォリウムだった。
 ビアンカは生まれつき病弱で離宮で療養している為、滅多に人前に現れる事は無い人物だ。
 ゆっくりと歩みを進めている今も、僅かに顔色が悪い。
 それでもビアンカは、ヴィオレットの正面まで来ると、嬉しそうな表情を浮かべて彼女を見つめた。

「ヴィオレット、私は貴方の側にいたい。こんな病弱な身体では迷惑かもしれないけれど、精一杯努力して貴方にふさわしい人になる。貴方が望んでくれるのなら、どうか私の手をとって欲しい。」

 そう言ってビアンカはそっと右手を差し出す。
 ヴィオレットは彼の言葉に目を丸くした後、差し出された手に視線を移す。

(どうしてこの人は、ここまでわたしのことを想ってくれているのかしら?)

 ヴィオレットは不思議に思いながらも口を開く。

「ビアンカ様……ありがとうございます。でも、わたしなんかでいいのですか?わたしは他の女性とは違い、男装が好きで、愛らしさ等は無に等しいのですよ?」

 ヴィオレットの言葉にビアンカは首を振る。

「何も問題なんて無いよ。ヴィオレットが男装好きなのは幼い頃から知っているよ、それに私は自分を偽ることの無いヴィオレットだからこそ側にいて欲しいんだよ。」
「……そう、ですか。」

 ビアンカの言葉にヴィオレットは戸惑いつつも、頬を赤らめて俯く。

(ビアンカ様とは互いにありのままの姿を、受け入れ認め合った大切な存在。そんな彼が良いと言ってくれるなら……)

 ビアンカは穏やかな表情でヴィオレットに微笑みかけた。その表情を見たヴィオレットは、今までの迷いを全て払拭して、彼の手を優しく握り返した。

「はい、これからは貴方の為の騎士として側にお仕えします。どうかよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」

 ヴィオレットとビアンカは互いに見つめ合いながら、楽しそうに笑いあった。

「おい!待てよ!!こちらを無視して勝手に話を進めるな!!」

 突然、背後から怒鳴り声が上がる。
 ヴィオレット達が振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたネグロと、状況を把握出来ていないのか口をポカンと開けたままのローズの姿があった。

「お前はいつもそうだ。婚約者であった俺をたてることもなく、女性らしく振る舞うこともせず、勝手気ままにしやがって!!ビアンカもビアンカだ!男のくせに病弱で、療養しなければならないだなんて情けないにも程がある!!」
「……兄上、流石にそれは言い過ぎです。ここには多くの貴族の方々がいるのですよ?」
「黙れっ!お前みたいな女々しい奴なんか弟だとは思わない。出ていけ!この場から、ヴィオレットと共に出ていけ!!」
「……分かりました。それでは殿下、ローズ様ご機嫌よう。ビアンカ様、どうぞお手を。」
「わかった。」

 ネグロから放たれたあまりにも傲慢な言葉に心底呆れ果てたヴィオレットは、彼らから視線を外し、ビアンカの手をとった。
 そしてビアンカの負担にならないよう、ゆっくりと歩いて出口へと向かっていく。
 やがて2人の姿は、パーティー会場から見えなくなった。
 会場に残された人々は呆然としながら、その光景をただ見つめることしかできなかった。

「これでようやく邪魔者がいなくなった。待たせてしまったなローズ、お前を妻にできる日は近い。さぁ、パーティーを再開しよう。今宵のダンスは俺とローズの婚約を祝福するものだ!」
「まぁ!ネグロ様……!!とても素敵です!」

 会場に再び流れ始めた音楽に合わせて、2人の男女は嬉しそうに笑いながら踊り始めた。
 その様子を見た人々も、次第に我を取り戻したのか踊り始める。
 しかし、ヴィオレットとビアンカを追い出した会場に、明るく楽しげな雰囲気が戻ることは無かった。



 その事に気が付かない2人は、ただただ幸せそうな笑顔を浮かべていたのだった。
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