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1章.翼のない悪魔
7.共に地上へ
しおりを挟むモリオンは先程自らに寄り添ってくれた天使、アクロアの言いつけ通り、大人しく懲罰房の中で待っていた。
あの天使が出ていく際、魔力で細工をしていたらしく、牢全体が淡く優しい光に包まれている。そのおかげか、先程までモリオンに暴力を振るって来た下級天使の集団も近づいて来ることができず、今は遠巻きに見てくるだけだ。
漸く訪れた静かな一時に、モリオンは天界で囚われているにも関わらず、ホッと胸を撫で下ろした。
(やっと、心身を休ませることができる…。それとあの天使は…いつ戻って来るんだろうか)
モリオンは膝を抱き抱えた姿でじっと彼の帰りを待っていた。ここに連れて来られた時はまだ青空だったこの場所も、今はもう陽が傾いて夕焼けに染まり始めている。
辺りが茜色に包まれていくにつれて、モリオンは次第に不安や恐怖を感じ始めていた。
(このままでは夜になってしまう、もしかしたらさっきの言葉は嘘で、彼は戻って来ないのかもしれない…)
そんなネガティブな考えが、ジワジワと滲み出てきた時だった。
「すまない、天使長との交渉で時間がかかってしまった。」
聞こえて来た声の方を振り返ると、3対6枚の美しい翼をはためかせて、こちらへと戻って来るアクロアの姿があった。
急いで戻って来たのであろうその言葉と動作に、モリオンの暗い感情は次第に晴れて行った。
アクロアは懲罰房の前まで来ると、何の迷いもなく扉を開けて、モリオンの目の前までやってくる。
一体どうしたんだ?とモリオンが首を傾げていると、アクロアはモリオンに嵌められたままだった枷を外し始めたのだ。それには流石のモリオンも驚き、目を見開いた。
「……待て!どうして俺の枷を…!」
慌てて身を捩り始めたモリオンをアクロアは優しく抑えながら、先程の天使長との会話を彼に伝えた。
「第一天使長と話をつけて来た。お前にはこれから、監視という名目で私と一緒に暮らしてもらう。懲罰房を出たら、直ぐに地上にある私の屋敷に向かおう。」
地上で一緒に暮らす。天使である彼の口から、本来ならば絶対に有り得ない言葉が聞こえてきた。モリオンはゆるゆると首を横に振ると、ゆっくりと口を動かした。
「だが、俺は悪魔だ…。天使である貴方が、俺と一緒にいれば、きっと貴方は穢れてしまう。……それに」
「それに?」
「俺は…俺には、魔力が無い。だから、傷だって満足に治せない。空だって飛ぶことが出来ない。誰にも必要とされていない、ただの落ちこぼれだ…。」
モリオンはそこまで言うとポロポロと涙を流し始めた。それをアクロアはそっと拭いながら、ゆっくりとモリオンに言い聞かせた。
「…確かに、お前には魔力が無いのだろう。だが、そのことで自らを卑下しないで欲しい。たとえ魔力が無くとも、お前には出来る事が、別の才能が必ずある筈だ。それを私の元で、私の屋敷でゆっくり見つけて行けばいい。」
「え……?」
思わぬ言葉にモリオンは驚き顔を上げる。
「先程も言ったが、私と共に地上で暮らそう。その代わりと言っては何だが、私の仕事の手伝いをしてくれないか?」
陽が落ちて辺りが月明かりに満たされた中、美しい髪をなびかせながらアクロアは微笑んだ。
──初めてだった。自分を蔑まずに、真っ直ぐに見てくれる存在が現れたのは。
「俺でよければ、よろしく、頼む…。」
モリオンは涙を拭うと、ぎこちなく微笑みを浮かべてそう答えた。
「ああ、そうだ。まだ名乗っていなかったな、私はアクロア。お前の名前は何と言うんだ?」
「俺は……俺の名前は、モリオン。」
「黒水晶|《モリオン》か…うん、いい名前だ。」
アクロアは彼の名前を聞くと嬉しげに頷くとモリオンをそっと抱き上げた。そして懲罰房を飛び出すと、ふわりと宙に羽ばたいた。
空に浮かぶ感覚は随分と久しぶりに感じて、切なさと嬉しさが混ざり合ったモリオンは、思わずアクロアの顔を見上げた。
美しい白銀の髪を靡かせ、月の照らす夜空を舞う彼の姿に、思わず感嘆の息が溢れた。
アクロアはそのまま天界を離れると、地上にある湖へと移動して行く。
「この先の湖の辺りに、地上で暮らす為の私の屋敷がある。そこでお前に、共に暮らす為の手伝いをしてもらうからな。主な内容は、家事や畑の管理だ。その合間に、やりたいことや趣味を見つけつつ実践していけばいい。」
「わかった。貴方の役に立てるよう、頑張る。」
「そうか、では決まりだな。よろしく、モリオン。」
そう言いながらアクロアは、優しげな笑顔を浮かべると、モリオンの方に顔を向けた。
───こうして、優秀な上級天使と魔力を持たない悪魔による、共同生活が静かに幕を開けたのだ。
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