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1章.翼のない悪魔

2.打ち捨てられた悪魔

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 ───……どれくらい時間が経っただろうか。

 日が傾き辺り一面が暗くなって来た頃。
 ようやく目を覚ましたモリオンは、見慣れない洞窟に横たわっていることに気がついた。
 辺りを見渡してみるが、他の悪魔達の気配や姿はない。


「ここは一体……俺は何故、こんなところにいるんだ……?」

 傷だらけの身体で立ち上がると、ふらつく足取りで洞窟の外を目指して歩き始めた。身体を庇いながら何とか歩いていると、次第にぼんやりと淡い光に照らされている、洞窟の入り口が見えて来た。
 モリオンは何とか入り口に辿り着くと、外の景色をゆっくりと見渡した。


 日はすっかり落ちているものの、満月が照らしているおかげで辺りの様子が確認出来た。洞窟の周りは沢山の木々に囲まれた森の奥地にあるらしく、近くには小さな川が流れている。


「あれは、川…?……どうして俺は、こんな場所に……?」

 モリオンは傷だらけの身体を引き摺って川に近づくとゆっくりとほとりへとしゃがみ込む。暫く何も口にしておらず、酷く喉が渇いていたのだ。
 水を掬おうと前屈みになった時、ふと水面に映った自分の姿を見て思わずモリオンは絶句してしまった。

 顔や身体は傷から流れた血で赤く塗れており、捥がれた翼や欠けた角は随分と痛々しく歪な形になっていた。

「これは……本当に俺なのか?こんな…こんな、姿になるなんて……」

 あまりの惨状に、自分が自分ではないような感覚に陥ってしまう。
 モリオンは水を飲むことも忘れ、魂が抜けたように呆然とへたり込んだ。

「この翼ではもう飛べないだろうし……角も、無い……これだけ酷い傷、俺にはもう、治せないな……」

 恐る恐る千切られた翼の断面に触れてみると、焼けるような熱さと鋭い痛みを感じた。

「ぐっ…ぅう……!!」

 あまりの激痛に思わず呻き声が漏れた。漸く翼の痛みも和らいできた頃、モリオンは自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

「……とにかく…誰にも見つからないように、隠れて生きていかなきゃな…」

 今の彼では悪魔はおろか、天使や人間ですら相手に出来ない。きっと抵抗も出来ないままあっさり命を落とすだろう。
 モリオンは思い出したのか、川の水を掬い上げてゆっくり飲むと、弱々しく立ち上がった。千切られた翼から未だ血は流れているが、先程の洞窟に戻る為にゆっくりと歩き始めた。

 ◆

「洞窟の近くに実のなる木があって本当に良かった……」

 洞窟に帰る最中、モリオンは食べられる実のついた木を見つけ、少し摘んで戻って来た。
 先程川の水を飲みはしたが、何も食べてはいなかったからか、少なからずお腹が空いている。
 モリオンは全身に走る痛みを堪えながら、集めた木の実を少しずつ食べた。

「はぁ、早く朝にならないかな……」

 洞窟の入り口で空を見上げる。
 夜はまだ明けないようで、未だ満月が煌々と光っている。
 身体の痛みは相変わらずだが、腹が満たされた影響か、少しずつ眠気が襲ってくる。
 モリオンは眠りにつく前に、ふと物思いに耽った。

(これからも……ずっと俺は、ひとりぼっちで生きていくのか……。少し寂しいけど、仕方がないな…)

 モリオンは孤独に慣れている。……いや、慣れてしまった。
 立派な翼と角を持つのに関わらず、魔力を持たない歪な悪魔。そのせいで物心ついた頃から『落ちこぼれ』と呼ばれ嫌われ続けて来た。
 当然、家族や友達と呼べる存在など居る筈がなかった。

 自分の周りに誰もいないことが、モリオンにとっての当たり前なのだ。

「でも……もしも、誰かに出会ってしまったら……その時、その人は俺の事をどう思うだろう……?」

 モリオンは不安げに呟く。
 彼は今まで一度も、自ら進んで他人と接した事が無かった。
 だからこそ相手から、どんな反応が返って来るか分からない。

「もし出会った人が、人間ではなく天使だったなら……俺を、殺してしまう…のか?」

 天使にとって悪魔は、嫌悪すべき敵であり殺害対象だ。魔力を持たないモリオンは、あっさりと殺されてしまうだろう。

「……怖い……怖い、な……」

 モリオンは恐怖に震えながら、傷だらけの身体を少しでも守る為に、丸まった姿で寝転がる。
 肩を抱いて小さな声で泣きながら、彼は徐々に眠りに落ちていった。
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