平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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半妖

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 梨花は晴明の役に立ちたくて、妖だらけのこの家で、梨花なりに精一杯の日々を過ごしていた。

「晴明様!! またこのように、帝からの文を!!」
「ああ、すまん。すでに終わった案件だからな。どうでも良いと思って」

 床に放置された文に晴明は見向きもしない。
 精霊が引っ張って遊ぶのをそのままにしていた。
 無惨に扱われる文には目もくれずに、一心に何かを読みふけっている。

 他の者が恭しく扱い、その一筆一筆を家宝として大切に扱うであろう物。それをこのように妖が遊ぶままにさせている晴明の心が分からない。

「このようなこと。外の者が見れば、謀反の心アリと言われても申し開きもできませんよ」
「謀反? 床に文を置くことが?」

 晴明が顔をあげて梨花の方を向く。
 そんな変なことを言ったであろうか? 驚いたような表情を向けられて、梨花の方がたじろぐ。
 晴明が梨花の言葉におかしそうに笑う。

「この晴明が謀反を起こすとなれば、別の方法をとるであろう? このように文を床に置いたところで……」
「しかし、世間はそうとは思いませぬ」

 むきになる梨花に、分かった分かったと晴明が返事する。

 おそらく何も分かってはいまい。

「晴明様!! もう!!」

 梨花は、精霊からなんとか文を取り返して棚の高い位置に収める。
 文の埃を払い、恭しく扱う梨花の様子を、晴明がじっと見つめている。

「どうなされました?」
「いや、不思議なものだなと思って。なぜ、本人でもないただの文をそのように丁寧に扱う? それは、ただの『紙』紙あり『文』である。ならば、情報を伝えて役割を果たしたならば、ただの『屑』ではないか?」
「屑だなんて! だって、ただ人ではございませんのよ。今の世を治める主上……帝でございます。その帝の書かれた文字であるならば、その言葉も同然ではございませんか。読めば、帝の言葉をお伝えする大切な『文』。ならば、敬い大切にするのも当然ではないですか」

 梨花の言葉に、ふうん。と、晴明が答える。

「梨花は面白いな。お陰で、今抱えている案件に光明がみえた」
「何かお役に立つことを私が申しましたか?」
「うん。これだよ」

 すっと晴明が差し出したのは、古びた櫛。
 柘植の櫛は、恐らくは誰か高貴な女性が使っていた物だろう。
 それを、晴明が何故持っているのか。

「この櫛が、泣くと申すゆえ預かってきた」
「櫛が……ですか?」

 怖い。櫛は、女性の髪をとかす道具。髪には、人の想いが籠ると聞くから、その髪をとく櫛にも、何かしら怨念めいた物が籠っていると言われても不思議はない。

「ある亡くなった女の使っていた櫛なのだが……」
「はあ……」
「何か物の怪でも憑りついているかと調べたが、その気配はない。亡くなった本人の怨霊が憑いているようでもない。だが、確かに、泣く」
「泣くんですか?」

 梨花は顔をしかめて一歩引く。

「怖がらなくても。泣くだけでどうってことはない」

 泣くこと自体でどうってことがあるように梨花には思えるのだが。
 晴明は、涼しい顔で、櫛をいじっている。
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