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半妖
晴明の屋敷
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主を失って行き場を失った梨花は、晴明に引き取られた。
他の女房達は実家に宿下がりしたり、他の更衣や女御に仕え直したりしているが、妖が見える梨花は、主人の無惨な死の後では益々怖がられてしまった。
中には、梨花が妖を招き入れて主である更衣を殺めたのではないかと陰口を叩く者までいた。これでは、実家に帰ることも、他の者に仕えることも梨花には出来なかった。
それで梨花は晴明の家で細々したことを手伝うことになったのだが……。
「ああ! もう!!」
梨花は、目の前を通り過ぎる皿を持って走る精霊に苛立ちをみせる。
精霊は、晴明に片付けるように頼まれた皿を落とすまいとしながらも、梨花の怒りに触れないようにビクビクとして逃げて行った。
この家に、「人間」と呼べるモノは少ない。
元来人嫌いの晴明が、下男や下女を置かずに、精霊や式神に用を言いつける。
酒を持った小鬼が天井裏を走り、烏が晴明の手紙を持って羽ばたく。
怪異が視えると言っても、怪異との接し方の分からない梨花には、とうてい理解できないようなことが、屋敷の端々で四六時中起こっている。
晴明は梨花に優しく、梨花が過ごしやすいように気を配ってくれた。
梨花があまりに式神を怖がるので、式神を一条の戻り橋に置いて用がある時にだけ呼ぶようにしてくれたのは、屋敷に来てすぐのことだった。
「梨花殿は、人間らしくて面白い」
晴明は、式神を恐れる梨花をそう言って笑った。
「まあ、人間らしいことがそんなに面白うございますか?」
「うん。面白い。怪異をはっきりと見極められる才があるのに、そのように恐れるのが、すごい」
「すごい……ですか? それは、私を馬鹿にしておられるのですか?」
「滅相もない。私や陰陽師の連中が忘れてしまった心を、持ち続けているのが、すごいと褒めている。梨花が何を恐れるかは、私には新鮮で楽しく、また勉強になる」
晴明はそう言っていた。
梨花は、次第に晴明に惹かれていったが、晴明の心根を理解し難く、晴明に心を寄せれば寄せるほど、その人間離れした所に梨花は傷ついた。
梨花は、中庭を眺めながら一つため息をつく。
また晴明は、人ではない何かと楽しそうに談笑している。
母は狐であったと聞く。
生命の美しい容姿は、人を惑わす美貌を持つという妖狐の血のなすところか。
そう思えば、あれほど魅力的に見える晴明の姿が、遠く霞んで見える。
「梨花殿」
「道満……晴明様は、何をあのように楽しそうに話を?」
困惑した梨花に話しかけてきたのは、晴明の弟子の蘆屋道満。
この家では珍しい「人間」であった。
晴明がまだ少年であった頃に術の勝負に負け、晴明の弟子となったのだというが、この男は、晴明に負けるまでは、当代一の術師であったのだと聞く。
晴明は、涼しい顔でこの男を傍に置いて弟子としているが、道満の心中は複雑な物があるのではないかと、梨花は感じていた。
「晴明様は……母である妖狐葛葉を通じて、稲荷神の宝をもらい受けました。それゆえ、あのように人外と言葉を容易に交わすことができるのだそうです」
「宝ですか」
「ええ。その稲荷神の加護があるから、晴明様は特別なんです」
晴明の弟子と呼ぶには高齢の、くたびれた道満の表情に一瞬鋭いものが浮かんで消えた気がした。
「それさえなければ……晴明様は、普通の人となる?」
「ええ。そうです。晴明様は、狐に化けることもございません。ただの当たり前の陰陽師となるでしょう」
道満の言葉は、不思議と梨花の心の奥に沈んでしみこんだ。
もし、晴明が、あのように妖と親密にせずにただの人のように振舞っていれば、梨花にももう少しよく晴明を理解できるのかもしれない。
そうなれば、どんなに良いでしょう……。
梨花の中に、小さな理想が産まれてしまった。
他の女房達は実家に宿下がりしたり、他の更衣や女御に仕え直したりしているが、妖が見える梨花は、主人の無惨な死の後では益々怖がられてしまった。
中には、梨花が妖を招き入れて主である更衣を殺めたのではないかと陰口を叩く者までいた。これでは、実家に帰ることも、他の者に仕えることも梨花には出来なかった。
それで梨花は晴明の家で細々したことを手伝うことになったのだが……。
「ああ! もう!!」
梨花は、目の前を通り過ぎる皿を持って走る精霊に苛立ちをみせる。
精霊は、晴明に片付けるように頼まれた皿を落とすまいとしながらも、梨花の怒りに触れないようにビクビクとして逃げて行った。
この家に、「人間」と呼べるモノは少ない。
元来人嫌いの晴明が、下男や下女を置かずに、精霊や式神に用を言いつける。
酒を持った小鬼が天井裏を走り、烏が晴明の手紙を持って羽ばたく。
怪異が視えると言っても、怪異との接し方の分からない梨花には、とうてい理解できないようなことが、屋敷の端々で四六時中起こっている。
晴明は梨花に優しく、梨花が過ごしやすいように気を配ってくれた。
梨花があまりに式神を怖がるので、式神を一条の戻り橋に置いて用がある時にだけ呼ぶようにしてくれたのは、屋敷に来てすぐのことだった。
「梨花殿は、人間らしくて面白い」
晴明は、式神を恐れる梨花をそう言って笑った。
「まあ、人間らしいことがそんなに面白うございますか?」
「うん。面白い。怪異をはっきりと見極められる才があるのに、そのように恐れるのが、すごい」
「すごい……ですか? それは、私を馬鹿にしておられるのですか?」
「滅相もない。私や陰陽師の連中が忘れてしまった心を、持ち続けているのが、すごいと褒めている。梨花が何を恐れるかは、私には新鮮で楽しく、また勉強になる」
晴明はそう言っていた。
梨花は、次第に晴明に惹かれていったが、晴明の心根を理解し難く、晴明に心を寄せれば寄せるほど、その人間離れした所に梨花は傷ついた。
梨花は、中庭を眺めながら一つため息をつく。
また晴明は、人ではない何かと楽しそうに談笑している。
母は狐であったと聞く。
生命の美しい容姿は、人を惑わす美貌を持つという妖狐の血のなすところか。
そう思えば、あれほど魅力的に見える晴明の姿が、遠く霞んで見える。
「梨花殿」
「道満……晴明様は、何をあのように楽しそうに話を?」
困惑した梨花に話しかけてきたのは、晴明の弟子の蘆屋道満。
この家では珍しい「人間」であった。
晴明がまだ少年であった頃に術の勝負に負け、晴明の弟子となったのだというが、この男は、晴明に負けるまでは、当代一の術師であったのだと聞く。
晴明は、涼しい顔でこの男を傍に置いて弟子としているが、道満の心中は複雑な物があるのではないかと、梨花は感じていた。
「晴明様は……母である妖狐葛葉を通じて、稲荷神の宝をもらい受けました。それゆえ、あのように人外と言葉を容易に交わすことができるのだそうです」
「宝ですか」
「ええ。その稲荷神の加護があるから、晴明様は特別なんです」
晴明の弟子と呼ぶには高齢の、くたびれた道満の表情に一瞬鋭いものが浮かんで消えた気がした。
「それさえなければ……晴明様は、普通の人となる?」
「ええ。そうです。晴明様は、狐に化けることもございません。ただの当たり前の陰陽師となるでしょう」
道満の言葉は、不思議と梨花の心の奥に沈んでしみこんだ。
もし、晴明が、あのように妖と親密にせずにただの人のように振舞っていれば、梨花にももう少しよく晴明を理解できるのかもしれない。
そうなれば、どんなに良いでしょう……。
梨花の中に、小さな理想が産まれてしまった。
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