平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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半妖

三尸

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 獣の顔をした妖が、薄気味悪い笑みを浮かべる。

「ひ、姫様!! 姫様!!」

 女官達が慌てふためく。
 妖は、騒ぐ女官達を横目に悠々と食事を続けている。

「梨花殿! これは如何すれば良い? あれは何者なのじゃ!」

 散々梨花を薄気味悪いと避けていた女官が、梨花の衣装の袖に縋りつく。

「わ、私にも分かりませぬ」

 妖は招き入れず関わらないに限る。
 では、招き入れて関わりを持ってしまった妖は、どうすれば良いのか。そんなことは、梨花には分からない。

 と、とにかく逃げねばならぬ。そのことだけは、ハッキリしている。

「リ、梨花殿!!」

 周囲の女房達が、梨花にしがみつく。
 こういった場合は、気配を消してなるべく静かに立ち去るべきだが、それには、梨花の周囲はうるさすぎた。

 妖が梨花に目を付けるのに、さほどの時間はかからなかった。
 梨花と妖の目が合う。
 恐ろしい、ギラギラした目が梨花を見つける。

 嬉々とした捕食者の視線に、梨花は動けなくなる。

「私は、扉を開けるなと至極簡単なことを申したのだがな」

 聞き覚えのある澄んだ声。

「やれ、それすらも難しくあったか」

 この地獄のような状況の中に、散歩にでも来たかのような明るい声色。
 軽やかな足取りは、血だまりだらけの部屋を軽やかに進む。

三尸さんしよ。ずいぶん膨れ上がった物だな」

 微笑みすら浮かべた晴明の口から出たのは三尸という言葉。
 三尸とは、庚申待の日に、天帝に人々の悪事を告げ口する虫の妖。この妖は、人の体内に棲み、人々の寿命を削るために、天帝にやってもいない悪事を告げる。この虫が体内から出ないように、庚申待の夜には、寝ずに過ごす風習となっている。

「三尸?」
「そうだ。人の負の部分を餌にして、膨れ上がるだけ膨れ上がったこいつは、ついに寿命を削るだけでなく人を喰い荒らしはじめた」

 震える梨花の声に、晴明の声は穏やかに答える。
 晴明を見た三尸は、ポトリと手に持っていた女の体を後して震えている。

 あれほど恐ろしかった三尸が、晴明がそこに立っているだけで、ずいぶんと弱々しくみえる。

 慌てて逃げようとした三尸は、あっけなく晴明に首根っこをつかまれて、そのまま小さくなって消えてしまった。

 いつの間にかいなくなったのであろうか。
 あれほど梨花にしがみついていた女房達は、三尸が晴明に怯えている内に皆逃げてしまっていた。
 部屋には、妖に引きちぎられた骸と晴明と梨花だけ。

「三尸は……この世から消え失せたのですか?」
「いいや。調伏してこれ手の内に」

 晴明の広げた手の中に大人しく座る先程の妖。梨花は眉をひそめる。

「式神の一つとして使役してやろうと思うてな。此奴とて、天帝の目を盗んで勝手し過ぎたがために行くあてはなかろう」
「人を食い散らかしたばかりの化け物を?」

 怪訝な顔の梨花に晴明は、少し困ったような表情を浮かべていた。
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