平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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半妖

外のモノ

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 女主人である更衣の部屋に他の女官達と一緒に集まって、梨花は夜を過ごす。
 天下の神童である安倍晴明。天才と言われる陰陽師が、魔を避けるために朝まで外へ出るなと言っている。
 その話は、帝から皆へ伝えられた。
 主に何かあっては一大事と、この夜は、更衣の部屋に皆で集まって過ごすこととなったのだ。

「他の方々の部屋でも、同じように皆、身を寄せ合って過ごしているようです」
「そう……」

 不安そうな顔をする女主人の周囲を、皆で取り囲む。

「梨花殿は、怪異を視たことがあるのでございましょう?」

 主人に声を掛けられて、末席の梨花は、頭を下げる。

「はい。おっしゃる通りでございます」

 幼い頃から、部屋の隅や人の後ろに、人でない物の気配を梨花は感じていた。
 だが、それを口にすれば、皆気味悪がった。
 梨花の父は、そのような気味の悪い娘をどう扱ったらよいのやらと、あからさまに疎んじていた。
 宮中へ働きに出たのも、もはやまともな婚姻は叶わない、家にはなるべく置いておきたくないという気持ちから、伝手をたどって無理矢理頼み込んでのことであった。
 男ならば、それを一つの才能として、陰陽寮へ入るべくそれにふさわしい勉強をさせてもらえたのかもしれないが、この女が漢詩を読むことすら嫌われる世では、それは叶わぬこと。

 梨花は、なるべく怪異の話には口をつぐんでいたが、それでも人の噂にはのぼる。

「では、梨花殿なら、こわくはありませんでしょう?」
「いえ……そんなことは……」
「なぜ? 視えるのであれば、逃げるのは簡単でございましょう?」

 視えたとしても、それをどのうように避ければ良いのかなんて、誰も教えてくれなかったし、視えるからこそ、人よりも恐ろしく感じる。
 人は、晴明の式神を「あのような便利な術を使えるとは、羨ましい」と、そんな風に言うが、梨花には、あの恐ろしい形相の鬼が式神と分かっているから、その言葉が信じられなかった。

「視えるからこそ、その恐ろしき姿に恐れております」
「そ、それほど恐ろしき姿を?」
「はい。ある物は、口が耳まで裂けており、ある者は頭に角が生え、ある者は、蜘蛛のような体に……」
「もうよい!! そのような話をして!! 姫様が震えあがっている!!」

 主の隣に座っていた乳母が、梨花を睨む。
 聞いたのはそちらではないかと思っても、梨花はそれを口には出来ない。

「申し訳ありません」

 そう言って梨花はおし黙る。
 やはり、話すべきではなかった。理解してもらえるものではない。

――もうし……。

 外から、声がかかる。
 部屋の女どもは、皆突然の声に悲鳴を上げる。

「り、梨花殿!!」

 ああ、やはりこのような役割が回って来たか。
 梨花は、諦め半分に、外に声をかける。

「どなた様でございましょう」

――主上の供の者でございます。

 主上、帝の? 部屋の中の者は、皆訝しむ。

「それはおかしいではないですか。今宵は、陰陽師の安倍晴明様のお達しで、外に出てはいけないと。それをお伝えくださったのは、主上本人でございましょう?」

 震える梨花の声を、ケラケラと笑って、外の者は一蹴する。

――思ったよりも早く事が済んだのでございます。やはりあの方はすごい。よって、主上がこのように直々に参じて、皆に無事を報告下さっているのです。

――さ、疾く。ここを開けて下され。主上を外で何時までも待たせるおつもりですか?

 どうしよう……。梨花は迷う。
 本当に主上であれば、疑ってしまうこと自体が不敬にあたる。
 並み居る女御達の間で、主上と逢う機会すら乏しい主人は、今後この内裏で立つ瀬を失うのではないだろうか。しかし、これがもし妖の諫言であれば、梨花も他の女達もたちどころに喰われて死んでしまうだろう。

「主上と申すのであれば、開けて様子を見ぬわけにはいかないであろう?」

 乳母が梨花に開けるように促す。

「しかし、もし妖であれば……」
「必ず妖であると言い切れるのか?」
「い、いえ……それは……」

 晴明が、外に出るなと申していた。
 しかし、外の者は、事は済んだと言っている。

「少し。少しだけ隙間を開けて、様子を見ることはできないかしら?」

 主上と聞いて、気になって仕方ない更衣が、梨花に尋ねる。
 ……主人にそう言われて、どうして梨花に断ることができようか。

 梨花は、諦めて、念仏を唱えながら戸に手をかけた。
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