平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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半妖

神童

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 この都には、天才と呼ばれる陰陽師がいる。
 それまで一番と呼ばれていた蘆屋道満を弟子としてしまい、帝の病を治してからは、帝のお気に入りとなっている。

 人間離れした美貌。

 人とは到底思えぬ才能に、人々は怯えて陰口を叩いた。

「あれが狐を母に持つという男か」
「帝も物好きな。なぜあのような妖を内裏にあげるのか」

 わざと聞こえるように囁かれる陰口に、若い晴明はうんざりしていた。
 何か事が起これば、腰を抜かしながら頭を下げにくるくせに。
 涼やかな笑顔を浮かべながらも、晴明の心はいら立つ。

 いつこの内裏からいなくなってやろうか。
 そうなれば、物の怪たちが大喜びであろうな。
 晴明がいなくなった内裏で、物の怪たちにいいように翻弄される公達どもを想像すれば、少し胸がすく。

 しかし、帝とは約定を交わした。それを違える訳にはいかない。
 本日、このように気の進まぬ内裏に赴いたのも、帝から呼び出されたから。
 帝の要望はすでに聞いた。
 ならば、後は速やかにこの場を去るのみ。

 どうせ、奴らに式神は見えはしまい。
 式神に自分を運ばせようと内裏の中庭に顕現させれば、御簾の向こうから小さな悲鳴が上がる。

「これは……失礼いたしたな」

 御簾の向こうの姿の見えぬ者にそう晴明が微笑みかければ、返答がある。

「いいえ。大丈夫でございます」

  女の声。女が梨花と名乗った。
 恐らくは、下級貴族の娘か。これほど男の目についてしまいそうな所まで赴くという事は、更衣あたりが女官の一人として連れてきた者か……。

「昔から、私一人が、あのような怪異を視て、誰もそれを信じてはくれず、ただ気味悪がられて」

 御簾の梨花が自嘲気味に笑うのを晴明は気の毒に思った。
 陰陽師である自分ですら、このように人に避けられるであるから、梨花がどのように扱われていたのかと思えば、想像に易い。

 普段、人とはあまり関り合わないようにと心がけている晴明が梨花に興味を持ったのも、そういった感情からであった。

「梨花よ。明日の新月の夜は、しっかりと格子を降ろし、外には出ぬように。何人≪なんびと≫が訪ねて来てもだぞ」

 晴明の言葉に、梨花は戸惑う。

「明日? 明日の夜でございましょうか?」

 内裏嫌いで有名な晴明が呼ばれたということは、何か怪異が出てくるような事件があったのであろう。
 それも、陰陽寮の他の陰陽師では分からないようなことが。
 そこまでは、梨花にも分かるが、それが何かまでは、分からぬ。

「そう怯えなくともよい。外にさえ出なければ、朝には何事もなくなる」

 晴明は、詳しい説明もせずにそう笑っていた。

「せ、晴明様……」

 梨花が晴明に話かけようとした時には、晴明の姿は煙のように消えていた。
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