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金毛九尾
嘆き
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玉藻の前は、悠然と座る。
内裏を大人しく去る気配はない。
「だから、話し合いなんて無駄だって言ったんだ。めったに出会えない強いと分かり切っている相手、なぜ戦わない?」
「強いと分かっている相手と戦おうと考えるお前がおかしい」
晴明に『おかしい』と言われて、紫檀はムッとする。
「晴明様申し訳ありません。私では、玉藻の前様を説得するには役不足でございました」
「いいや。鳴神よ。この三人で一番恋の痛みを知っているお前だ。お前で駄目ならば、誰の話も聞き入れはしないだろう」
晴明の言葉に、鳴神は無言で頭を下げる。
「左様。わらわには、ここを去る理由はない。なぜ、悪いことをしているわけけでもないのに、ただ、ほんの小さな恋をしているというだけで、追われなければならないのか」
あれほど熱をあげて玉藻の前と逢瀬を重ねていた帝は、玉藻の前が妖だと分かったとたんに姿を現さない。
何をされたということもないのに、怯えて悪いことは全て玉藻の前のせいにしてしまった。
「察しているのであろう? このように、あの男が現れなくなった事由を」
「ええ。どんなに甘い言葉を吐いて、熱をあげていたとしてもそれは過去のこと。わらわが妖と……九尾狐と知って恐れをなしたのでしょう?」
「ならば、どうしてそう執着する?」
紫檀の真っ直ぐの問いに玉藻の前は笑う。
「紫檀よ……分からぬなら黙っておれ」
「分からぬから聞くのであろう? あの白蛇の女といい、どうして心変わりした相手をそのように追い求めるのか。強い妖力を持ち、それに執着しなくても存分に楽しく生きられるではないか」
「子どもめ……」
晴明があきれる。
「うるさいな。分からぬからしかたないであろう? 玉藻の前よ。お前は、ここから大人しく去らなければならないらしい」
「無惨に破られた恋の約束のために一矢も報いずに?」
少しずつ怒気を帯びてくる玉藻の前の言葉。
何を約束していたのだろう?
紫檀は首をひねる。
忘らるる身をば思はず ちかひてし 人の命の惜しくもあるかな
玉藻の前が呟く。
「流行りの和歌ですか……」
鳴神の言葉に、玉藻の前が悲し気に笑う。
意味は、紫檀も知っている。
ずっと一緒にいると神に誓って約束した恋人。その恋人の心変わりを嘆き、神に誓ったからには天罰が下らないかと恋人を案じている歌。
私忘れれば天罰が下るのだと、恋人を恨んでいる歌だ。
玉藻の前の姿が、すうっと美しい女の姿から、大きな狐の姿に変わる。
狐火が、金の毛並みを照らしゆれる。
「さて、相応の報いは受けてもらわねば」
そう言って笑う玉藻の前の目は、怒りに満ちていた。
内裏を大人しく去る気配はない。
「だから、話し合いなんて無駄だって言ったんだ。めったに出会えない強いと分かり切っている相手、なぜ戦わない?」
「強いと分かっている相手と戦おうと考えるお前がおかしい」
晴明に『おかしい』と言われて、紫檀はムッとする。
「晴明様申し訳ありません。私では、玉藻の前様を説得するには役不足でございました」
「いいや。鳴神よ。この三人で一番恋の痛みを知っているお前だ。お前で駄目ならば、誰の話も聞き入れはしないだろう」
晴明の言葉に、鳴神は無言で頭を下げる。
「左様。わらわには、ここを去る理由はない。なぜ、悪いことをしているわけけでもないのに、ただ、ほんの小さな恋をしているというだけで、追われなければならないのか」
あれほど熱をあげて玉藻の前と逢瀬を重ねていた帝は、玉藻の前が妖だと分かったとたんに姿を現さない。
何をされたということもないのに、怯えて悪いことは全て玉藻の前のせいにしてしまった。
「察しているのであろう? このように、あの男が現れなくなった事由を」
「ええ。どんなに甘い言葉を吐いて、熱をあげていたとしてもそれは過去のこと。わらわが妖と……九尾狐と知って恐れをなしたのでしょう?」
「ならば、どうしてそう執着する?」
紫檀の真っ直ぐの問いに玉藻の前は笑う。
「紫檀よ……分からぬなら黙っておれ」
「分からぬから聞くのであろう? あの白蛇の女といい、どうして心変わりした相手をそのように追い求めるのか。強い妖力を持ち、それに執着しなくても存分に楽しく生きられるではないか」
「子どもめ……」
晴明があきれる。
「うるさいな。分からぬからしかたないであろう? 玉藻の前よ。お前は、ここから大人しく去らなければならないらしい」
「無惨に破られた恋の約束のために一矢も報いずに?」
少しずつ怒気を帯びてくる玉藻の前の言葉。
何を約束していたのだろう?
紫檀は首をひねる。
忘らるる身をば思はず ちかひてし 人の命の惜しくもあるかな
玉藻の前が呟く。
「流行りの和歌ですか……」
鳴神の言葉に、玉藻の前が悲し気に笑う。
意味は、紫檀も知っている。
ずっと一緒にいると神に誓って約束した恋人。その恋人の心変わりを嘆き、神に誓ったからには天罰が下らないかと恋人を案じている歌。
私忘れれば天罰が下るのだと、恋人を恨んでいる歌だ。
玉藻の前の姿が、すうっと美しい女の姿から、大きな狐の姿に変わる。
狐火が、金の毛並みを照らしゆれる。
「さて、相応の報いは受けてもらわねば」
そう言って笑う玉藻の前の目は、怒りに満ちていた。
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