平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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金毛九尾

話し合い

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 夕闇が主殿を覆い暗がりが広がり始める時間。
 ――黄昏時。
 その語源は、人と妖の区別すらつかない時間帯、「誰ぞ彼?」と問う言葉をもじっての「黄昏」だという説がある。

 そこに降り立つ一人の影。
 長い艶やかな黒髪が、絹の衣装の上に流れる。

 女の見つめる先には、橘の実がある。あの橘の実が成れば、お会いいたしましょうと約束をした。その約束を果たすために現れたが、いつもなら先に来てそわそわしてる男の姿がない。

「玉藻の前様でございましょうか?」

 声をかけてきたのは、片足と片手が義足義手の男。
 明らかに作り物手足だが、どのような仕組みか不自由は感じさせない。
 人とは違う気配だが、妖のそれとも違う。

 玉藻の前と呼ばれた女は、訝しんで返事をしない。

「安倍晴明様の使いで来ました。鳴神でございます」

 男が礼儀正しく一礼する。

「安倍晴明の……」

 名前は、玉藻の前も聞いたことがある。
 妖狐を母に持つ半妖の人間。その力を使い、冥界や妖とつながり、陰陽道を極めていると聞く。
 では、この目の前の不思議な男も、晴明が冥界や妖とのつながりで知り合った幽鬼の類か。

「わらわは、何も……陰陽師の追われるようなことは……」
「左様でございましょう。ですが、そうは思わぬ者もおります」
「そう申されても、それでは妖は恋もできぬ」

 『恋』という玉藻の前に、鳴神は少し困ったような顔をする。
 鳴神も『恋』というものには、酷い目に合わされた。
 女に騙されて、人としての命と片手片足を失って、封印されることとなった。
 理屈では通じぬままならぬ物。
 高い妖力を誇り、稲荷神の御使いである九尾の狐といっても、それには敵わぬということであろうか。

「帝は、ここには来られませんよ。家臣に止められ、病として治癒を試みられています。貴女がここに留まれば、陰陽寮の連中が、九尾狐の撃退に動き出しましょう」
「陰陽寮の連中に、わらわを止めることが出来ましょうか?」

 ころころと柔らかい声で玉藻の前が笑う。
 
「だあ! まだるっこしいな!! やはり話など通じぬではないか!!」

 突然現れた黒い妖狐。
 その背中では、晴明が頭を抱えている。

「晴明殿が結界でこの狐を隠しておりましたか。全く気配を感じませんでした」

 玉藻の前が感心する。

「すまんな。これがおっては話にならないだろうから、結界の中に留め置いたのがだが。最近無駄に妖力が高くなってきて、勝手に飛び出しおった」

 紫檀の上の晴明が苦笑いを浮かべる。
 ぺしんと紫檀の頭を晴明が叩けば、紫檀がむくれる。

「無駄というな。この儂が血のにじむような努力で修行をしているというのに」
「そんな姿は見たことがない」
「それはそうだ。 儂は、晴明の目の届かぬところで密かに修行しておる」

 明るく笑う紫檀とそれを軽くあしらう晴明のやりとりに、玉藻の前がホホホと声をあげて笑う。

「なんとも仲の良い」
「そうか? そうでもない」
「左様。アホ狐にまとわりつかれて困っている……それよりも、玉藻の前よ」
「なんでございましょう?」
「このまま内裏を去ってはくれまいか?」

 晴明の言葉に、玉藻の前が眉をひそめる。
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