平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
上 下
38 / 49
鳴神

しおりを挟む
 紫檀が気づくと、晴明の庵の畳に上に放り出されるように寝ていた。
 既に天に日は昇り、先ほどまでの死闘が嘘のようだった。

「んあ?」

 情けない声を出しながら紫檀が跳ね起きれば、

「私は、話し合いをする気になるまで遊べと言った。話し合いに応じる気になっている鳴神にどうしてまだ挑もうとするのか」

 苦虫を噛み潰したような顔の晴明が叱る。

 隣で、先ほどよりも多少小綺麗な恰好になった鳴神が笑いをこらえている。
 怒りと恨みで殺伐としていた先ほどは違う鳴神の姿。晴明がどのような説得をしたのかは分からないが、笑えるようになったのであれば、もう大丈夫だろう。

「おう、人間らしゅうなったな」

 ニコリと紫檀が鳴神に笑いかければ、

「紫檀様。失礼いたしました」

 丁寧に鳴神がかしこまって頭を下げる。

「尾も定まらぬ妖狐に、そんな丁寧に礼を言う必要はないさ。それよりも、鳴神。また、やり合おうぞ。お前は強い。楽しかった」

 そう紫檀は、返す。

「時に、晴明翁。鳴神をどうするつもりだ?」

すでにその身は妖となってしまった鳴神。とても人間世界には戻れまい。

「うむ。この庵で下働きでもしてもらいながら、養うさ」

まあ、なんとかなるだろう、とのん気に、晴明は笑う。

「ふうん。いいな。儂もここに住もうかな」
「寝首を掻こうとする、やかまかしい狐はいらん」
「ひどいな。じゃあ、良い」

 紫檀は立ち上がって、そのまま立ち去った。

「晴明様? 良いのですか?」
「何が?」
「紫檀様です。あのように邪険に……」

 鳴神は慌てる。
 あの妖狐は、並みではない。育て方を間違えば、とんでもなく邪悪な狐になって手が付けられなくなる。
 どう考えても、手元に置き、正しく育成してやる方がよいだろう。

 あれは、九尾になる狐。かつて九尾の妖狐が、人間に仇なして大変なことになったと聞く。人間を憎めば、きっと恐ろしい大妖怪になる。
 そうなれば、きっと紫檀を討てるような人間は、晴明しかいないだろう。
 それならば、いっそ晴明の傍に置いて、その行動を監視ていざという時のために備えておいた方が良いのではないではないだろうか? ……それが、鳴神の常識。

「私に、自分の都合の良い様に紫檀を育てろと? 紫檀を討伐するために監視しろと?」

 晴明が少し寂しそうな顔をする。

「あ、いえ決してそのような。……失礼しました」
「まあ、案ずるな」

 晴明が、涼しい顔で庭に出て小石を拾う。
 拾った小石を、何もない場所に投げつければ、イテッと紫檀の声がする。

「なんで晴明にはバレる?」

 紫檀が姿を現してむくれる。

「アホ狐。妖気が少し漏れている」

 晴明の言葉に、そうか、と紫檀がカラカラと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ
歴史・時代
超絶男社会の町火消し。 私がマトイを持つ!! 江戸の町は、このあたしが守るんだ! なんか文句ある? 十五歳の少女お七は、マトイ持ちに憧れて、その世界に飛び込んだ。 ※歴史・時代小説にエントリーして頑張る予定です!! ※憧れの人に会いたくて江戸の町に火をつけた歌舞伎の八百屋お七。その情熱が違うベクトルに向かったら? そんな発想から産まれた作品です♪ ※六月にガンガン更新予定です!!

処理中です...