平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鳴神

旱(ひでり)

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 夜ふけ、油に灯された灯りを頼りに、晴明は書を読む。
 紫檀は、小さな狐火を灯して、晴明の手元を明るくしてやる。

「眠りかけていたくせに。無理をして疲れているのであろう? もう明日にして寝ればいいのに。添い寝してやろうか?」

 紫檀がそう言えば、晴明が苦笑いをする。
 確かに、うつらうつらとしていた。既に百歳を超えた。千年の妖狐と呼ばれる狐の血は受けているが、父親は人間。晴明も多少は疲れるようになったのかもしれない。
 しかし、この陽気で話し好きな狐が隣で寝ていては、眠れそうにはないのだが。

「うるさい狐だ。仕方ないであろう?星読みが出来る人材が足りて……やはりか」
「どうした?」
「日照りだ」
「日照り? 日照りなぞ、珍しくもない」

 夏空の下、何日も雨が降らないことなんて、そう珍しいことではない。自然のこと。放っておけば、天の摂理でそのうちに雨は降るだろう。紫檀は首をひねる。

「普通の日照りなら良いが、これは妖か術師の仕業だ」

晴明が言い切る。

「ふうん。どうして?」
「星の運行を計算すれば、明らかにここ最近の日照りの日数は、この季節には合わない。これは、何かが……」

晴明が、紫檀への説明もそこそこに、何やら都の地図を取り出して、線を何本も引き始める。

「それは?」
「最近の雲の動きを書き出している。……見ろ。雲が吸い込まれるように、都の戌亥の方角に流れていっている。通常では、このようにはならない。雲の流れは、今ならば、未申の方角から丑寅へ流れるはずだ」

 戌亥(北西)。
 昔、その辺りの滝つぼに竜神が閉じ込められて、日照りが起こったことがあった。術師の鳴神上人が、時の帝に腹を立てて閉じ込めたのだ。
 その時は、絶世の美女と言われる雲の絶間姫が、鳴神上人を騙して、しめ縄を切って竜神を解放したのではなかったか。

 それを再現した者がいるのだろうか?

「紫檀、乗せろ。今から行く」
「はあ? 今から? 狐使いの荒い」

 ブツブツと文句を言いながらも、紫檀は大きな黒い狐に変じて、晴明を乗せて夜の闇に飛んだ。

 紫檀とて分かっている。もし、自然の物でない日照りが続くならば、何人もの罪のない人の命が奪われてしまう。
 一刻も早く原因を究明したいというのが、晴明の心。

「死んだと周囲には言っているのであろう? あの世に足を突っ込んでも忙しいな、晴明翁は」

紫檀がカラカラと笑えば、

「死者には死者の仕事があるものだよ」
と、晴明が微笑んだ。
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