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鬼車
朱雀の羽
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大騒ぎの中、一人の僧の部屋にも知らせは舞い込む。
小坊主は、庭に放し飼いにした犬どもに吠えられながらも、報告に来た。
「妖が出現して暴れているようです。蔵が破壊されました。大切な物がしまわれているからと、僧都が入り口を塗りこめたあの蔵です」
「そうか……」
「僧都も妖退治に加わり、その霊験を知らしめてください。どうか、お急ぎください」
小坊主はそう言って走っていってしまった。
どうやら、策は上手くいったようだ。
このような騒ぎになれば、あの普段から威張り散らしている男が動かない訳がない。ならば、自分は、あの男が妖に喰い殺されるか呪い殺されるかした後に行けばよい。
妖の目的は、蔵に閉じ込めた迦陵頻伽であろうことは分かっている。
妖は、放っておいても迦陵頻伽の亡骸を抱えて逃げるであろう。
ならば、自分の役割は、妖退治に善戦して亡くなったあの男を弔って、その跡をまとめること。
身分の低い生意気な男。霊験だけはあるということで、皆に頼りにされていい気になっていた。最近では、こちらの動向に口出しまでしていた。身の程知らずな男だ。
悠々と間を置いてから向かえばよい。
それだけで、事は足りる。
「なんとも落ち着いておられるのは、事情をよくご存じだからでしょうか?」
聞きなれぬ声に振り返れば、いつの間にか部屋の片隅に男が一人。
静かに微笑む男は、たおやかで美しい。
「どなたかな?」
男の姿に見とれながら僧都が尋ねれば、男はニコリと笑う。
「安倍晴明と呼ばれております」
安倍晴明……高名な陰陽師の名だ。だが、その男は、すでに亡くなったと聞いた。生きていたとしても、齢九十を超える老人であるはずだ。
このように若く美しいわけがない。
「晴明とな……では、幽鬼?」
「ふふ。そう言っても差しさわりのない身の上となりましたな」
僧都の言葉に、晴明と名乗る者は、曖昧に答える。
「偶然に迦陵頻伽を見つけたことが、この作戦の発端でございましょう」
「なんのことかな?」
「おとぼけになる。しかし、見つけた迦陵頻伽を餌に鬼車を呼び出したのは、あなただと式神が申しております」
晴明は、優しい微笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
「蔵には行かないのですか?」
「蔵には、儂よりも霊験あらたかな男が向かっているはずじゃ。心配はない」
「ふうん。それは、僧都、判断を誤りましたな」
「なんと?」
「私は、この世で一番優しいあの妖よりも、厳しゅうございます」
晴明がそう言って取り出したのは、一枚の羽。
真っ赤な羽は、ギラギラと輝き燃えるように赤い。
「朱雀様の眷属を虚仮にしたことを、報告いたしましてね。このように、羽を一枚預かっております」
羽は晴明の手を離れれば、スッと僧都の衣の袂へと舞い込んでしまった。
「たいそうお怒りでいらっしゃるそうです」
晴明がそう言うと姿を消してしまった。
何だったのであろう?
僧都には、晴明の意図が分からない。朱雀の羽と晴明が呼んでいた羽。袂に舞い込んだ物をよく見てみようと手を突っ込んでみるが上手く取れない。
羽が意志を持っているかのように、僧都の手をヒラリヒラリと避けてしまう。
熱い。
チリチリと熱を持ってきた羽に僧都は慌てるが、どうしようもなかった。
◇◇◇◇
紫檀が蔵から出て天空に飛べば、晴明の姿が寺の屋根の上にある。
「晴明? 何をしている」
「別に、何も。迦陵頻伽は、鬼車と帰れたか?」
「まあ……な」
紫檀は、クンクンと鼻を使う。
「うん? なんか焦げ臭くないか?」
いずこからか肉が焦げるような匂いがする。
「さあな? 厨房で飯を焦がしたのだろう?」
晴明は悠然と笑っていた。
小坊主は、庭に放し飼いにした犬どもに吠えられながらも、報告に来た。
「妖が出現して暴れているようです。蔵が破壊されました。大切な物がしまわれているからと、僧都が入り口を塗りこめたあの蔵です」
「そうか……」
「僧都も妖退治に加わり、その霊験を知らしめてください。どうか、お急ぎください」
小坊主はそう言って走っていってしまった。
どうやら、策は上手くいったようだ。
このような騒ぎになれば、あの普段から威張り散らしている男が動かない訳がない。ならば、自分は、あの男が妖に喰い殺されるか呪い殺されるかした後に行けばよい。
妖の目的は、蔵に閉じ込めた迦陵頻伽であろうことは分かっている。
妖は、放っておいても迦陵頻伽の亡骸を抱えて逃げるであろう。
ならば、自分の役割は、妖退治に善戦して亡くなったあの男を弔って、その跡をまとめること。
身分の低い生意気な男。霊験だけはあるということで、皆に頼りにされていい気になっていた。最近では、こちらの動向に口出しまでしていた。身の程知らずな男だ。
悠々と間を置いてから向かえばよい。
それだけで、事は足りる。
「なんとも落ち着いておられるのは、事情をよくご存じだからでしょうか?」
聞きなれぬ声に振り返れば、いつの間にか部屋の片隅に男が一人。
静かに微笑む男は、たおやかで美しい。
「どなたかな?」
男の姿に見とれながら僧都が尋ねれば、男はニコリと笑う。
「安倍晴明と呼ばれております」
安倍晴明……高名な陰陽師の名だ。だが、その男は、すでに亡くなったと聞いた。生きていたとしても、齢九十を超える老人であるはずだ。
このように若く美しいわけがない。
「晴明とな……では、幽鬼?」
「ふふ。そう言っても差しさわりのない身の上となりましたな」
僧都の言葉に、晴明と名乗る者は、曖昧に答える。
「偶然に迦陵頻伽を見つけたことが、この作戦の発端でございましょう」
「なんのことかな?」
「おとぼけになる。しかし、見つけた迦陵頻伽を餌に鬼車を呼び出したのは、あなただと式神が申しております」
晴明は、優しい微笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
「蔵には行かないのですか?」
「蔵には、儂よりも霊験あらたかな男が向かっているはずじゃ。心配はない」
「ふうん。それは、僧都、判断を誤りましたな」
「なんと?」
「私は、この世で一番優しいあの妖よりも、厳しゅうございます」
晴明がそう言って取り出したのは、一枚の羽。
真っ赤な羽は、ギラギラと輝き燃えるように赤い。
「朱雀様の眷属を虚仮にしたことを、報告いたしましてね。このように、羽を一枚預かっております」
羽は晴明の手を離れれば、スッと僧都の衣の袂へと舞い込んでしまった。
「たいそうお怒りでいらっしゃるそうです」
晴明がそう言うと姿を消してしまった。
何だったのであろう?
僧都には、晴明の意図が分からない。朱雀の羽と晴明が呼んでいた羽。袂に舞い込んだ物をよく見てみようと手を突っ込んでみるが上手く取れない。
羽が意志を持っているかのように、僧都の手をヒラリヒラリと避けてしまう。
熱い。
チリチリと熱を持ってきた羽に僧都は慌てるが、どうしようもなかった。
◇◇◇◇
紫檀が蔵から出て天空に飛べば、晴明の姿が寺の屋根の上にある。
「晴明? 何をしている」
「別に、何も。迦陵頻伽は、鬼車と帰れたか?」
「まあ……な」
紫檀は、クンクンと鼻を使う。
「うん? なんか焦げ臭くないか?」
いずこからか肉が焦げるような匂いがする。
「さあな? 厨房で飯を焦がしたのだろう?」
晴明は悠然と笑っていた。
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