平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼車

慈しみ

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「のう。紫檀よ。そなたの妖力とは?」

 猫又が問う。

「そりゃ、浄化の力だ」
「ふむ。では、浄化とは?」
「浄化は、邪を祓い消し去り清め、癒す力だ」

 紫檀の言葉に、猫又が目を細める。

「なんだ? 何が言いたい?」
「強くなりたいのであろう?」
「まあ……そりゃそうに決まっている」
「では、浄化の根源とはなんぞ?」

 猫に問われて、紫檀は黙る。
 そんなことは、考えたことは無かった。
 力を付ければ、おのずと妖力も高まる。そう考えていた。

「紫檀よ。浄化は陰陽では陽の力。相手を慈しみ憐れむ想いがあって効力を発揮する。紫檀が迦陵頻伽想う心が癒しの力となっている」
「……理屈っぽいな。猫」
「ほっ。そうかの? しかし、紫檀がそれを理解できなければ、いつまで経っても尾は成らず、子狐のままじゃ」

 ――良く考えることじゃ。

 猫又はそう言うと、紫檀の頭を一蹴りして虚空に消えた。
 今度こそ、白虎の国へ行ってしまったのかもしれない。

 相手を想うだと?
 腕の中の迦陵頻伽を見る。
 傷ついた幼子。今、紫檀の妖力で傷は癒えつつある。
 このような無辜の者を想うことは容易い。
 だが……

「妖だ!! 出合え!!」

 周囲が騒がしくなる。
 バタバタと走る足音が近づいてくる。
 邪気を払う梓弓が打ち鳴らされる。

 浄化を妖力とする紫檀にも、吉祥の鳥である迦陵頻伽にも、そんな物は効くわけがない。

 刀を差し向け、薙刀で威嚇する僧兵たち。

「このようなうっとおしい輩を、どのように慈しめというのか……」

 紫檀は、煮えたぎる怒りに苛立ちを覚えながらも、力を抑える。
 ここで怒りのままに皆殺しにしてしまえば、紫檀の妖力は邪に染まる。
 それは、犬神が村を滅ぼした時と同じになる。

 そうなれば、きっと晴明を悲しませるだろう……

 ゴウッ

 音を立てて狐火が燃え盛る。
 鼻先で燃える狐火を見ただけで、僧兵たちは慌てふためいて腰を抜かす。

 キャアアアアアアアア!!!!

 空気を裂かんとする女の叫び声が辺りに響く。

「母様!! 母様!!」

 腕の中の迦陵頻伽が母を呼ぶ。
 ということは、この声は、鬼車の物なのだろう。

「ヒイィ!!」

 邪気を孕んだ鬼車の声に、僧兵たちが口から泡を吹いて倒れる。
 顔は青ざめ、耳を抑えてもんどりうっている。

「まずいな。たった一声でこれか」

 女の歌声が近づけば近づくほど、僧兵たちは苦しそうに悶える。
 紫檀は、周囲の僧兵たちを浄化の妖力で死なぬように保護する。

 苦しむ僧兵の間をゆっくりと進んでくる女が一人。
 何かと戦った後なのか、女の体は血にまみれて傷だらけになっている。
 遠くに、犬の吠え声がする。
 苦手と言われる犬に立ち向かってまで、ここにたどり着いたのだろう。
 晴明が鬼車が強い妖だと言っていたのがよく分かる。

 紫檀と目があえば、鬼車は静かに紫檀に頭を下げる。

「母様!!」

 紫檀の腕の中の迦陵頻伽が、ヨタヨタと立ち上がって女の方へ歩き出す。
 女は、迦陵頻伽を抱きしめると、ホロホロと泣き始めた。
 紫檀が心を込めて浄化の力を鬼車に向ければ、鬼車の傷は、癒えていく。

「鬼車よ……さっさと迦陵頻伽をつれて逃げるがいい。犬が来る」

 鬼車は紫檀の何度も礼を言って、紫檀の言葉に応じ迦陵頻伽を連れて飛び去っていった。

「このっ!! 化け物どもめ!!」
 
 僧兵の一人が、憎々し気に紫檀に言葉を投げつける。

「うるさいのだよ。儂が守ってやらねば、とうの昔に彼岸に逝っていたくせに」

 紫檀は、這いつくばる僧兵たちを見て、苦笑いした。
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