平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼車

幼子

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「それ、まずは、鬼車をそれほどに寄せ付ける物とは何かを考えてみろ」
 
 猫又に言われて紫檀は考える。
 鬼車が、何を求めて人の都に姿を現すのか。鬼車は、朱雀の国にいた方がよほど居心地が良いだろう。では、なぜ居心地の悪い人間の都に鬼車が来たがるのか。
 しかも、相手は偶然と言えども、鬼車の苦手な犬を飼っている。

「わからん!」
「ほっほっ!」

 猫又が楽しそうに笑う。

「猫め。笑うな」
「素直なのは良いことじゃ。じゃが、もう一歩ゆっくり考えてみろ。まず、鬼車は、とは何か?」
「多くの頭を持った鳥の妖。人間に禍事を持ち込む。美女に化ける。普段は朱雀の国に住んでいる」
「ふむ。では、美女に化けた鬼車は、何をする?」
「人と子を成すことがあると聞く……おい、まさか?」
「ああ。人間が生きて朱雀の国へ行くのは難しい。妖が、四神獣の国へ人間が行くことを手助けする? それも、鬼車を利用しようとするような輩を案内することは、無いだろう。ならば、人の世にある鬼車を呼びよせるモノを捕まえて……」

 猫又が全てを語る前に、紫檀は猫又をむんずと掴んで走り出す。

「これ、せっかちな!」
「うるさい! そんな酷い話があるか!!」

 人間との間に妖が子を成すことは、時折耳にする。
 雪女、龍女、そして鬼車……。晴明の母も妖狐であり、人間と妖狐の母の間に産まれた半妖である。

 半妖の子を、人を呪う力を悪用するためだけのために母を呼び寄せる餌にする。
 母は、必死で取り戻しにくるだろう。
 自らの安寧をかなぐり捨ててまでも……。

「ほれ、そこを右じゃ。その右の蔵に微かな泣き声がするであろう?」

 猫又が指す場所には、入り口を塗りこめて閉じてしまった蔵がある。
 幼子の泣き声……。

「くそ!! 虫の息じゃねえか!!」

 紫檀が渾身の力を込めて蔵に拳をぶつければ、大きな穴が開く。

「き、狐じゃ!! 猫又の次は狐じゃ!!」

 紫檀が壁を破った大きな音に気づいて様子を見に来た者達が慌てる。
 
「霊力の高い僧侶たちを呼べ!!」

 下男たちが、高僧を呼びに走る。

「阿呆が!! 生臭坊主の念仏がなんとなる!」

 ゴウッと広がる狐火に、人間達の悲鳴が上がる。
 人間に構わずに、紫檀は猫又を掴んだまま、蔵に入る。

 蔵の中には、小さな少女が血まみれで倒れている。
 虫の息の迦陵頻伽は、か細い声で歌い続ける。 

迦陵頻伽かりょうびんが……」

 翼の生えた少女は歌う。
 まだ幼い迦陵頻伽《かりょうびんが》。
 凶事をもたらす鬼車の娘が、吉事をもたらす迦陵頻伽であるとは、また因果な話。

「産まれたのが迦陵頻伽であったがために、人間に捕らえられ飼われていたのを、このように今度は母を呼び寄せる餌として使われたのだろう」

 猫又が、迦陵頻伽を見てそうつぶやく。
 人間に利用されるだけ利用された命。

 紫檀は、浄化の狐火を迦陵頻伽に差し向ける。

「これで……これで多少は治癒に向かえば良いが……」

 抱き上げて幼子の頭を撫でれば、少しは楽になったようで、紫檀の腕の中で穏やかな表情になる。

「まあ、間に合ったようだ」
「猫又……晴明は?」
「うん?」
「お前も晴明も、察していたのであろう? この迦陵頻伽のことを。なぜ素直に、初めから儂に、迦陵頻伽を治癒して欲しいと頼まぬ? なぜ全てを先に話さぬ?」

 迦陵頻伽の頭を撫でながら、紫檀は猫又を睨む。
 いつもそうだ。
 晴明は、紫檀に全てを話しはしない。その理由が、紫檀には分からない。
 猫又は、紫檀をジィと見つめてから、口を開く。 

「子狐。お前に誰がどうやったか全てを話したら、お前はどうする?」
「まず、その首謀者をぶん殴る」
「それでは、迦陵頻伽が間に合わぬであろう? 紫檀よ。お前には、お前にしか出来ぬことがある。感情のままに動かず、まずそれを考えろ」
「うるさい。化け猫。説教するな!」
「ほっほっほ! 自分から理由を聞いておいてうるさいとな」

 猫が何が嬉しいのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。
 
 ……確かに、確かに猫又の言う通りではある。
 言い返す言葉もなく紫檀は、黙って迦陵頻伽抱いて座っていた。
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