平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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犬神

即身仏

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  このまま諦めてくれれば話は早いのに、犬神は諦めない。
 人間の姿を捨てた犬神が変じたのは、白い犬。

 犬神は、人の手によって生じさせられた呪いの妖。
 飼い犬を首だけ出して土を掘り埋める。餌を丁度届かないギリギリの場所に置いて飢えさせる。その犬が飢えて死ぬ直前に首を刎ねる。 

 それが、犬神となるのだという。
 おぞましい呪術だが、それが犬神の始まり。
 
 その犬神の呪いを狭い部屋に閉じ込めて、使役する。

 この犬神の姿は、ただの犬であった頃の姿であろう。
 紫檀に牙をむいて睨む犬神。
 それを、紫檀は黒狐の姿で静かに見つめる。

「犬神様、主様はいらっしゃらなくなりました。お気持ちは分かりますが、お鎮まり下さい」

 犬神の隣にいた白児が、紫檀の圧倒的な妖力に、慌てて犬神に進言する。
 犬神は、チッと舌打ちして白児を睨む。

「話をする気になったか? 犬神よ」

 いつの間にか現れた晴明が、紫檀の隣で優しく微笑む。

「晴明め。儂に面倒なことを押し付けて、都合の良い時にだけ出てくる」

 拗ねる紫檀の肩をポンポンと晴明が軽く叩いて、紫檀を諫める。
 人の姿に変じた犬神が、くるりと向きを変えて歩き出す。

「こ、こちらへどうぞ。御堂へ案内いたします」

 白児が、ペコリと頭を下げた。
 白児の後を追って御堂へ入れば、一段高くなったところに、僧衣を着たミイラが座っている。

「主様。人を連れてまいりました」

 犬神が、返事をしないミイラにそう言葉をかける。
 犬神は、主のミイラの斜め前へ座す。

 下座に紫檀と晴明が並んで座れば、犬神が少し驚いた顔をする。

「狐は、主の隣に座るか?」
「失礼な。この紫檀、晴明に使役されたことはない」
「使役されているも同然であろうに」
「やかましいな。面倒ごとは頼まれてこなしてはいるが、晴明は……友であって、主ではないのだ」

 犬神と紫檀の会話を、晴明は笑って聞いている。

「案外似た物同志なところがあるな」
「儂と犬神が? それは違う」
「この狐風情と同じにされるのは、不本意」

 犬神達の会話を聞いて、ずっと緊張していた白児の顔に、少しだけ笑みが浮かぶ。

「その主様は、いかにしてそうような姿に?」

 晴明の言葉に、犬神は眉を顰める。

「白児よ」

 犬神に呼ばれて、白児が晴明に一冊の書物を渡す。

「これは?」
「主様のしたためた日記でございます」

 晴明は、白児に渡された書物を、丁寧に読み取っていく。
 晴明が読む間、誰も言葉は発さない。

 ただ風の音と外を飛ぶ鳥の声が響く御堂に、ゆっくりと静かな時が流れる。
 古い御堂。
 おそらく、この僧衣を着た人物は、即身仏として、自らをミイラと化したであろう。
 なぜ? どうして? 紫檀は、理解の出来ぬ価値観を持って、主の見つめる。
 
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