平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
上 下
25 / 49
犬神

忠義

しおりを挟む
 犬神が、ポタリと手に持ったおぞましい物を落とす。
 歯をむき出しにして「ウウーッ」と、犬のように紫檀に敵意むき出しの威嚇の声を上げる。

 痩せた人間の男の姿をしているが、中身は犬同然。

 飼い主の怨念を晴らす時に、化け猫は、飼い主の姿に変じて憎い相手の前に現れると聞いたことがある。
 では、あの犬神の姿も、死んだという犬神の主の姿か。

「しかし、晴明よ。お前が儂に任せる時は、話し合いの余地ない状況が多いと思うのじゃが?」
「ふふ。当然だ。それが紫檀の修行になる。一石二鳥じゃ」

 軽く笑う晴明に、紫檀はため息をつく。

 すうっと紫檀の前から晴明は姿を消す。
 結界を張って、そこへ入ったのであろう。

「ほんに、狐使いの荒いやつじゃ」

 紫檀は、目の前の犬神へと集中する。
 まあ、遊び甲斐は、ありそうな奴だ。妖力は高い。
 だが、やはり気に喰わない。

「のう。犬神よ。主抜きで理性という物を保てはしないものか?」

 これほどの妖力だ。知性も、並みの妖よりは高いはずだ。
 では、なぜ自分で考えて判断しない? 白児のような眷属もいるような妖であるのに。

「うるさい。狐風情が。お主のような野良に『忠義』が理解できるはずもない」

 忠義ときたか。
 主を守り忠誠を誓い、尽くす想い。
 このように、主亡き後に制御を失って村人を貪り喰う姿が忠義とな?
 それとは違うような気がするのだが……。まあ、本人がそう信じているのだろう。

 どす黒い霧のような妖力が、紫檀の周囲に渦巻く。
 紫檀の浄化の妖力は、犬神の妖力を簡単に跳ね返す。紫檀が犬神へ狐火を放てば、犬神が、紫檀の狐火を手のひらで握りつぶす。

「これは、面白い」

 犬神の呪いを根源とした妖力と、紫檀の稲荷神の加護を受けた浄化の妖力は、面白いように反発する。
 互いに打ち消し合う力。

「ふざけるな! 狐め!」

 犬神が紫檀を捕まえようと殴りかかる。
 紫檀は、軽やかに避けながら、犬神へ殴りかかる。犬神は、紫檀の拳を捕まえて、そのまま投げ飛ばす。
 紫檀は、クルリと身を翻して体制を整えようとするが、着地点を狙って白児が、手に持った槍で突いてくる。

「なんとなんと連携の取れた動きじゃな。良きかな」

 白児の槍の上に立つ紫檀は、カラカラと笑う。
 
「だが、まだヌルイ。やはり、晴明と戦ってみたいのう」

 紫檀の目が光る。
 周囲の空気がピリリと引き締まる。

「さあ、犬神よ。狐の力を存分に味わえば良い」

 犬神の前で、紫檀は大きな黒狐に変じる。
 ニィと笑った黒狐の顔に、犬神は恐怖を覚える。

 無数の狐火。

 狐火にすっかり囲まれた犬神は、逃げ場を失う。
 健気にも、白児は、犬神の前に立ち、犬神を庇おうとする。

「ふふ。忠義と言うならば、その仔犬の方がよっぽど忠義じゃ」

 悠然と立つ黒狐、紫檀。
 尾を揺らめかせながら犬神を見下ろす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

処理中です...