平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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犬神

白児

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 空を飛んで紫檀が晴明の指示で向かったのは、都からは離れた山里。
 閑散とした村に、血の匂いが充満している。

「これは……酷いな」

 狐の姿のままだと匂いに敏感過ぎる。
 紫檀は人の姿に変じて慌てて妖力を使って匂いを浄化する。

 腐敗しているのは、村人の遺骸。
 村はすでに全滅しているのではないだろうか?
 山間ののどかだったはずの村は、犬神によって喰い荒らされてしまった。

「紫檀よ。白児しらちごだ」

 晴明の指す方をみれば、小さな童子がこちらをうかがっている。
 白児とは、犬神の従者。
 子犬や童子の姿で犬神に使役されている。

 血と腐った肉の匂いが強くて判別はつかないが、晴明が言う通り、童子にはただならぬ雰囲気がある。この荒れ果てた村に物怖じしない様子も普通の童子ではない。

 白児しらちごは、走って寺の石段を登っていく。

「白児が寺へ行ったということは、犬神もそこにいるということか?」

 紫檀の問いに、晴明が静かにうなずく。

「この先の寺の住職が、犬神の主であった」

 晴明は、紫檀に語りながら歩く。
 崩れかけの石段を、晴明は難なく登っていく。

 犬神を使役する家は、恐れられながらも、忌み嫌われる。
 何かことが起これば、犬神が原因とされ、呪いたい相手がいれば、犬神を使役する者に頼みにいく。
 忌み嫌っているから、その家の者と婚姻を結ぶことは嫌がられ、そのくせ、都合の良い時には使役する。
 恐れているから、表立って危害は加えないが、内心蔑まれている。

 それが、犬神を使役するということなのだという。

「相変わらず、『人』とは、面倒だな」

 紫檀が苦笑いする。

 さっぱり分からない。嫌いなら、避けて関わらなければ良いのだ。なぜ、そんな忌み嫌っている者に、呪いなぞ頼みにいくのか。

 利用するなら、何故、仲間に入れない?

「因習と申すのかな? 人とは、理屈で割り切れぬことを、良くも悪くもするものだなのだよ」

 晴明は、涼しく笑って言ってのける。
 ともかく、犬神を先祖代々使役していた家の男、つまり、この寺の住職は、死んでしまった。男が死んだことで、犬神は野放しになった。

「なぜ死んだのじゃ? 寿命か?」
「さて、な。犬神の怒りは、村全体に及んだようだし、虐め殺されでもしたのかもしれんな」

 主の恨みや悲しみを、犬神が一手に引き受けたというところか。
 死んだ主の最後の悔恨、遺恨、そんな物を、犬神が全部吸い取って、果たしたであろう。

「気になるなら直接聞けば良いだろう? そこで食事中じゃ」

 石段を登り切った境内の真ん中。
 しゃがんで、女の腕を喰らう影が一つ。
 人のように見えるが、その顔は確かに妖。

 先ほどの白児が、傍に控えて座っていた。
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