平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
上 下
24 / 49
犬神

白児

しおりを挟む
 空を飛んで紫檀が晴明の指示で向かったのは、都からは離れた山里。
 閑散とした村に、血の匂いが充満している。

「これは……酷いな」

 狐の姿のままだと匂いに敏感過ぎる。
 紫檀は人の姿に変じて慌てて妖力を使って匂いを浄化する。

 腐敗しているのは、村人の遺骸。
 村はすでに全滅しているのではないだろうか?
 山間ののどかだったはずの村は、犬神によって喰い荒らされてしまった。

「紫檀よ。白児しらちごだ」

 晴明の指す方をみれば、小さな童子がこちらをうかがっている。
 白児とは、犬神の従者。
 子犬や童子の姿で犬神に使役されている。

 血と腐った肉の匂いが強くて判別はつかないが、晴明が言う通り、童子にはただならぬ雰囲気がある。この荒れ果てた村に物怖じしない様子も普通の童子ではない。

 白児しらちごは、走って寺の石段を登っていく。

「白児が寺へ行ったということは、犬神もそこにいるということか?」

 紫檀の問いに、晴明が静かにうなずく。

「この先の寺の住職が、犬神の主であった」

 晴明は、紫檀に語りながら歩く。
 崩れかけの石段を、晴明は難なく登っていく。

 犬神を使役する家は、恐れられながらも、忌み嫌われる。
 何かことが起これば、犬神が原因とされ、呪いたい相手がいれば、犬神を使役する者に頼みにいく。
 忌み嫌っているから、その家の者と婚姻を結ぶことは嫌がられ、そのくせ、都合の良い時には使役する。
 恐れているから、表立って危害は加えないが、内心蔑まれている。

 それが、犬神を使役するということなのだという。

「相変わらず、『人』とは、面倒だな」

 紫檀が苦笑いする。

 さっぱり分からない。嫌いなら、避けて関わらなければ良いのだ。なぜ、そんな忌み嫌っている者に、呪いなぞ頼みにいくのか。

 利用するなら、何故、仲間に入れない?

「因習と申すのかな? 人とは、理屈で割り切れぬことを、良くも悪くもするものだなのだよ」

 晴明は、涼しく笑って言ってのける。
 ともかく、犬神を先祖代々使役していた家の男、つまり、この寺の住職は、死んでしまった。男が死んだことで、犬神は野放しになった。

「なぜ死んだのじゃ? 寿命か?」
「さて、な。犬神の怒りは、村全体に及んだようだし、虐め殺されでもしたのかもしれんな」

 主の恨みや悲しみを、犬神が一手に引き受けたというところか。
 死んだ主の最後の悔恨、遺恨、そんな物を、犬神が全部吸い取って、果たしたであろう。

「気になるなら直接聞けば良いだろう? そこで食事中じゃ」

 石段を登り切った境内の真ん中。
 しゃがんで、女の腕を喰らう影が一つ。
 人のように見えるが、その顔は確かに妖。

 先ほどの白児が、傍に控えて座っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...