平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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犬神

残されるということ

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 晴明の膝には、狐の姿の紫檀の頭が載っている。

「重い。しかも毛皮が暑い」

 うんざりした晴明が不平を漏らせば、

「そう言うなら、その書物を置いて儂と遊べ! さあ、あの時に見せた妖力で手合わせしろ」

 紫檀が、そう言って笑う。
 
 鬼女紅葉の一見以来、チラリと見せた晴明の妖力が気に入って、紫檀が戦いをせがむ。もう一度あの妖力が見たい。あの妖力と戦いたいと、我儘を言うのだ。

「理由もなく戦えるか。愚か者」
「いいじゃないか。少しぐらい遊んでくれても」

 紫檀が人間に変じる。頭はそのまま膝に載せたままコロンと上を向く。
 紫檀が晴明を見つめる。

「どうした? 紫檀」

 優しい晴明の声が紫檀に降ってくる。

「なあ、晴明よ。寂しくはないか? 晴明の『人』の知り合いは、皆、墓の中におるのだろう?」
「それは、まあ、齢百に近こうなればな」
「もし、もしもだ。儂が千年の妖狐になれば、妖といえどもそれほどの長きに渡って生きる者は少ない。とても寂しいことだ。晴明だって半妖であるから、儂が生きる千年の間には……なんじゃ?」

 晴明が、肩を震わせて笑う。

「アホ狐め。そんなことは、尾が成ってから心配すれば良い。そんなことを言っている間は、千年の妖狐になぞ成れんぞ。クソガキ」

 アホ狐と呼ばれて、紫檀がムッとする。
 晴明が、紫檀の鼻をつまめば、嫌がって紫檀が起き上がる。

「どれ、やっと動いたか」

 晴明が立ち上がる。

「どれ紫檀よ。行くぞ」
「んあ? なんだ用事があったのか」
「今、用事が出来た。式神が耳打ちしてきた」

 紫檀が知らぬ間に、晴明の式神が、何か知らせを持ち込んだようだ。

「主を失った犬神が暴れているらしい」
「主を、ね……」

 犬神とは、主に四国で伝わる妖の一種。
 一族と氏神として祀れば、その一族を守り敵を強力な呪詛の力で打ち破る。
 だが、何らかの理由で祀られなくなり、野良になったとすれば、大きな災厄となってしまう。
 蟲毒のように、水瓶や納戸のような狭い空間で犬神を飼うのだそうだ。

「人を主としなければ、正気も保てぬとは、何とも弱い妖じゃ」

 紫檀が見もしない犬神に悪態をつく。
 それを聞いて、晴明がまた笑う。

「この晴明が将来いなくなることを案じて不安がっていた狐が偉そうに」

 晴明にからかわれて、紫檀の眉がビクリと上がる。

「晴明め。そんな言うなら、乗せてやらんぞ」

 大きな黒狐に変じながら紫檀がプイと向こうをむく。

「ああ、すまん。悪かったな」

 少しも悪いとは思っていなさそうな晴明が、紫檀の上に乗る。
 紫檀は、庵を抜けて、空を舞った。
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