平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼やらい

行くべきところへ

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 晴明が、すっと庭先に降りる。
 降りれば、サァァァっと、水が引くように紅葉が消えていく。

 珍しい。これは、晴明の妖狐としての力。
 紫檀は、じっと黙って晴明の様子をうかがう。

 一歩ずつ、ゆっくりと晴明は、更科姫へと近づいて行く。

「寄るな!!」

 更科姫が、紫檀にしたのと同じように攻撃を仕掛けてくるが、更科姫の紅葉は、晴明に当たる前に消え失せてしまう。

「無意味だよ。更科姫」

 晴明が静かに微笑む。
 更科姫は、圧倒的な力の差に怯む。
 一歩ずつ後ろに下がる更科姫。晴明は、ただ悠然と進んで行く。

 ――こんなのを真似出来る訳がない。

 紫檀は、晴明の強大な力に見とれてしまう。
 やはり、晴明は面白い。これほどの妖力を一体どのようにして普段隠しているのか。妖力の使いどころを心得ている晴明。普段は、陰陽道の術や人間の知識を使い、妖力は温存して隠している。
 こういう時に、最大限に見せつければ、更科姫のように、戦う前に戦意喪失してしまう敵も多いだろう。

 なす術もなくその場に崩れ落ちる更科姫。

「案ずるな。そなたには、あるべき場所がある」

 優しく晴明が更科姫に問いかける。
 行くべきところ? どこだろうか?
 このままでは、更科姫は、ただ人間が『地獄』と呼ぶところに追われてしまうばかりだろう。

「そなたの怒りは、もっともなことだと、訴えてやろう。そして、その罪を軽くして、冥府で懐かしい者達と共にいられるように計らってやる。母君が、先に逝っているのであろう?」

 母と聞いて、更科姫の表情が変わる。
 先ほど前の憤怒の顔に、悲しみが浮かぶ。

「母上ですか……母上は、私を恨んでいらっしゃるでしょう。散々に制止も聞かずに身分違いの恋に溺れた私てございましたから」
「恨みよりは、そなたの身を案じている分が多いようだよ」

 晴明がスッと指した方向に浮かぶのは、年老いた女の幽鬼。

「そなたが心配で、この世を離れられないでいるのだよ」

 母の顔を見て、更科姫の目に涙が浮かんでは零れて落ちる。
 さぁ。と、晴明に促されて、更科姫は、老女の手を取る。
 
 老女と更科姫は、そのまま姿を消してしまった。

「牛鬼よ」

 晴明に言われて、牛鬼が晴明の前に侍す。

「泰山夫君へとこの書状を」

 晴明から書状を受け取ると、牛鬼は、その場から消えた。
 泰山夫君へと、使いに出たのだろう。
 陰陽道の秘儀である泰山夫君祭を得意とする晴明の書状だ。
 きっと、難なく通されることだろう。

 そして、その内容は、あの更科姫のことに違いない。

「こんなの晴明にしか出来ぬではないか」

 一部始終を見ていた紫檀が文句を言う。

「そうだな。陰陽道にも、人間も機微にも、妖力にも通じねばな。だが、紫檀よ。お前には、お前にしか出来ぬ技があるはずだ。強くなりたければ、それを求めればよいのだよ」

 晴明は、そう言って笑った。
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