平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼やらい

封印

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 晴明がおもむろに出した狐火で、絵巻を焼く。
 母が妖狐である半妖の晴明が狐火を出したところで何の不思議もないが、晴明の狐火で炙られた絵巻には、何やら文様が浮かびあがってくる。

「何じゃ? 何でこうなる?」
「果実の汁で絵や文字を書けば、このように火であぶった時のみに浮かび上がる物を描くこが出来る」

 言われて、紫檀が匂いを嗅げば、確かに絵巻からは、何か果実の匂いがする。

「ふうん。で? これで何とする?」
「紫檀よ。追儺の儀でどれほどの鬼が追い払える?」
「とんでもなく雑魚な鬼なら、払えるだろうな。幽鬼は騒がしい音は嫌う。だが、晴明が牛鬼に払わせたような小鬼になれば、種類によってはもう駄目だ。払えるどころか、やり方がまずいと吸い寄せることもあるだろう」
「そうだ。面白がった小鬼が集まって、あの館で悪さした。小鬼が集まったのは、追儺の儀のやり方がまずかっただけではない。この絵巻があの館にあったからだ」

 晴明の手元の絵巻には、呪言が浮かび上がってくる。

「誰か、あの館に恨みを持つ者が、この絵巻を館の蔵に忍ばせた。お陰であの館に引き寄せられた幽鬼たちが、市井に増えて困っておった」
「この絵巻にそんな力があるのか。なぜ?」

 紫檀が頭に浮かんだ疑問をそのまま晴明にぶつける。

「このアホ狐。少しは自分で考える癖を付けんか」
「考えるより、晴明に聞く方が早いだろ?」

 屈託ない笑顔を紫檀は浮かべる。
 
「全く。この晴明がいなくなった後はどうする気じゃ?」
「そんなの考えられるか。いいから教えろ」

 全く……。と、文句を言いながらも、晴明は説明する。

「蟲毒と同じ。強い呪を放つ物を持って、瘴気を引き寄せ、それによって悪鬼、幽鬼が集まりやすい環境を作る。そうすれば、鬼は自然と集まってくるのだよ」

 すっかり露わになった呪言。
 その呪言を読み取れば、何かを封印しているのはわかる。
 それを晴明が念を込めて引き裂いてしまう。

 ポイッと晴明が庭に絵巻を放れば、絵巻の千切れた断面から、白い手がにゅっと生えてくる。

「さあ、紫檀。元気に遊べばいい。相手は手練れ。存分に楽しめる」

 ニコリと軽く晴明が笑う。
 
「かの有名な鬼女。紅葉殿だ」

 白い面の美女は、絵巻から現れてこちらを睨んでいる。
 細い憂いを含んだ目は、燃える怨念をはらんでいる。
 美女の邪気に周囲の瘴気が集まり始める。
 晴明は、この鬼を紅葉と呼んだ。ならば、この鬼女は、かつて帝の子を身籠り捨てられた女。元は、更科姫と呼ばれていたか? 
 それが、都を追われて、戸隠山で紅葉と呼ばれる鬼女となった。
 つまりは、晴明に紅葉を探させたのは、帝であろう。鬼になって、哀れにも呪術の材料にされてしまった姫を密かに憐れんだというところか。

 自分から動けぬ立場の帝の一片の良心が、晴明への紅葉狩りの依頼なのだろう。

「晴明よ。本当にお前はクソ爺だな」
「ならそうくっつくな。重いと言っておる」
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