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鬼やらい
牛鬼
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夜の中納言の館。
大君と呼ばれる姫は、奇妙な物音に気付いた。
灯りも灯らない部屋から聞こえる、コリコリと何かを齧る音。ピチャピチャと何かを舐める音。
野犬でも紛れ込んだのであろうかと不審に思い、そっと音のする方向へと様子をうかがう。
この部屋で、先日、中納言の姫の身の回りを世話する女房の一人が奇妙な死を遂げた。それ以来空き室となっている部屋から聞こえる音。
部屋で和歌や作法の勉強を続けるだけの退屈な日々。つい好奇心でここまで一人で来てしまったが、何か恐ろしい怪異であったらいかがいたしましょう。
少しの後悔と奇妙な出来事へのワクワクした思いで、ドキドキと逸る胸を抑えて、大君は、そっと部屋をのぞく。
暗い部屋の真ん中にいるのは、大きな影。
人のようではあるが、筋肉で盛り上がった背の大きさ、長く鋭い爪、獣の毛のような剛毛、そして何より額から生えた二本の角。
大きな影が一心不乱に貪るのは、なにやら細い生き物の腕。大きな鋭い歯でゴリゴリと貪る様子は、昔絵巻で見た地獄の様子を思い起こさせる。
―――これは、妖ではないか。
背筋にぞっとした物を感じて震えあがる。
逃げなければ、誰か人を呼んで、陰陽師か祈祷師を頼まねば。震える体で逃げようした姫は、足が震えてその場にへたり込んでしまった。
姫が転ぶ音に気づいた妖は、ゆっくりこちらを見る。
恐ろしい妖の目は、闇の中に金色に輝き姫を見つめている。
「牛鬼よ。やめよ。姫が怯えている」
人の声に振り返れば、ほのかに白い人影がある。
およそ人とは思えない整った顔立ちの男が一人、暗闇に佇んでいる。
聞いたことがある。
当代一の陰陽師である安倍晴明。彼は、式神と呼ばれる鬼を操り、鬼を操り妖を取り押さえる恐ろしい仕事に就きながら、美しい女人のような姿であったと。
しかし、それは過去の話。噂では、晴明は既に九十を超える齢《よわい》。しかも、すでに亡くなっていると聞く。
―――では、あれは幽鬼であるか?
牛鬼と呼ばれた妖が、鋭い鉤詰めの足をこちらに向ける。
大きな体を揺さぶって、ペタン、ペタンとゆっくり大君に牛鬼が近づいてくる。
近づけば、その恐ろしい姿がよく分かる。逃げ出したくとも、腰が抜けて微動だにできない姫は、その場でずっと牛鬼を見つめたまま震えている。
牛鬼が、姫の前で立ち止まる。
ニィィィィ……
鋭い歯をぞろりと見せて笑う牛鬼の舌には、まだ喰らいかけの細い腕の欠片が載っている。とがって長い舌が、にゅるりと出て蠢く。
あまりの恐ろしい牛鬼の姿に、大君は、そのままその場で気絶した
大君と呼ばれる姫は、奇妙な物音に気付いた。
灯りも灯らない部屋から聞こえる、コリコリと何かを齧る音。ピチャピチャと何かを舐める音。
野犬でも紛れ込んだのであろうかと不審に思い、そっと音のする方向へと様子をうかがう。
この部屋で、先日、中納言の姫の身の回りを世話する女房の一人が奇妙な死を遂げた。それ以来空き室となっている部屋から聞こえる音。
部屋で和歌や作法の勉強を続けるだけの退屈な日々。つい好奇心でここまで一人で来てしまったが、何か恐ろしい怪異であったらいかがいたしましょう。
少しの後悔と奇妙な出来事へのワクワクした思いで、ドキドキと逸る胸を抑えて、大君は、そっと部屋をのぞく。
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人のようではあるが、筋肉で盛り上がった背の大きさ、長く鋭い爪、獣の毛のような剛毛、そして何より額から生えた二本の角。
大きな影が一心不乱に貪るのは、なにやら細い生き物の腕。大きな鋭い歯でゴリゴリと貪る様子は、昔絵巻で見た地獄の様子を思い起こさせる。
―――これは、妖ではないか。
背筋にぞっとした物を感じて震えあがる。
逃げなければ、誰か人を呼んで、陰陽師か祈祷師を頼まねば。震える体で逃げようした姫は、足が震えてその場にへたり込んでしまった。
姫が転ぶ音に気づいた妖は、ゆっくりこちらを見る。
恐ろしい妖の目は、闇の中に金色に輝き姫を見つめている。
「牛鬼よ。やめよ。姫が怯えている」
人の声に振り返れば、ほのかに白い人影がある。
およそ人とは思えない整った顔立ちの男が一人、暗闇に佇んでいる。
聞いたことがある。
当代一の陰陽師である安倍晴明。彼は、式神と呼ばれる鬼を操り、鬼を操り妖を取り押さえる恐ろしい仕事に就きながら、美しい女人のような姿であったと。
しかし、それは過去の話。噂では、晴明は既に九十を超える齢《よわい》。しかも、すでに亡くなっていると聞く。
―――では、あれは幽鬼であるか?
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大きな体を揺さぶって、ペタン、ペタンとゆっくり大君に牛鬼が近づいてくる。
近づけば、その恐ろしい姿がよく分かる。逃げ出したくとも、腰が抜けて微動だにできない姫は、その場でずっと牛鬼を見つめたまま震えている。
牛鬼が、姫の前で立ち止まる。
ニィィィィ……
鋭い歯をぞろりと見せて笑う牛鬼の舌には、まだ喰らいかけの細い腕の欠片が載っている。とがって長い舌が、にゅるりと出て蠢く。
あまりの恐ろしい牛鬼の姿に、大君は、そのままその場で気絶した
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