17 / 49
大蛇
禍根
しおりを挟む
「つまらんな。長すぎだ」
紫檀が床にゴロンと転がって、欠伸を一つする。
法師は、それをにこやかに見ている。
「で、真女子からは逃げられたのか?」
紫檀の問いに、法師は静かに首を横に振る。
「いいえ。白蛇の力を甘く見ておりました。逃れて蛇除けの護符を持たせればそれだけで良いと思っておりましたのに、二人は逃げ延びた先で見つかり、庄屋の娘を庇った若者が亡くなりました。庄屋の娘は、その後に別の男と縁があり、嫁に行ったと聞いています」
「まあ、そうだろうな。そんな部屋いっぱいになるような白蛇が、たかが蛇除けの護符程度で防げるわけがない」
「ええ。そして、私もまた、無事に逃れることはできず、蛇の怒りを受けました」
法師は、そう言って、ゆっくりと袖を抜き、上半身を紫檀にさらす。
法師の年老いて痩せた体には、黒々と焼け付くようにただれた後がある。
蛇がとぐろを巻くように、法師の体に巻き付いてみえる。
「いまだに夜になればキリキリと締め付けるような痛みがございます」
法師は、ため息をつく。
「このように蛇の妖の怒りを受けておりますので、人里で過ごすことが叶わぬのです。私は、毎夜痛みに悶え苦しんで呻き暴れているようです。きっと、傍に人がおれば、傷つけてしまうでしょう」
紫檀は、おもむろに狐火を一つ、法師の体に飛ばす。
紫檀の浄化の火が、法師の体を包み込んで、白蛇の呪いを消していく。
「まことにつまらん。晴明め。儂にこのつまらん方の仕事を押し付けおって」
すっかり綺麗になった体に驚く法師を一人置いて、何の説明もしないで紫檀はそのまま、大きな狐の姿に変じて晴明の庵へ帰っていった。
◇◇◇◇
夜の帳の降りた晴明の庵。
紫檀は、狐の姿のままで庵に上がり込む。
「晴明! 帰ったか!」
紫檀が呼べば、
「うるさい狐め。客がいるのに騒ぐな」
晴明が、眉間に皺を寄せながら奥から出てくる。
「客?」
「ああ、白女子殿じゃ」
「なんだ。儂に爺の世話を押し付けて、楽しい白蛇退治に出かけたのかと思ったのに」
「客の前でそれはずいぶん失礼な物言いだな」
晴明が苦笑いする。
奥の部屋から、白い面の美女がスッと出てくる。
「ずいぶん威勢の良い子狐ですこと」
女がそう言って笑う。
「だろう? だから、紫檀がいない間に真女子殿を呼んで、説得したのだよ。紫檀がいれば、すぐに戦おうとする」
「戦って勝てば、話は早いだろう? 真女子は、腹の立つ出来事があって怒っているのだし、それを許せと急に言われても、おいそれとは納得しない。ならば、力で調伏するのが、一番手っ取り早い」
「まあ、乱暴な」
散々に法師を苦しめておきながら、真女子は紫檀を、乱暴だと笑う。
「紫檀よ。それでは解決しないこともあるのだよ。力では、禍根という物は、増えこそすれ、減ることは少しもない。一度力で抑え込んだとしても、いつか吹き出してくる」
静かに晴明が笑う。
「知るか!」
紫檀は、プイッとそっぽを向くと、そのまま夜の闇に消えていった。
紫檀が床にゴロンと転がって、欠伸を一つする。
法師は、それをにこやかに見ている。
「で、真女子からは逃げられたのか?」
紫檀の問いに、法師は静かに首を横に振る。
「いいえ。白蛇の力を甘く見ておりました。逃れて蛇除けの護符を持たせればそれだけで良いと思っておりましたのに、二人は逃げ延びた先で見つかり、庄屋の娘を庇った若者が亡くなりました。庄屋の娘は、その後に別の男と縁があり、嫁に行ったと聞いています」
「まあ、そうだろうな。そんな部屋いっぱいになるような白蛇が、たかが蛇除けの護符程度で防げるわけがない」
「ええ。そして、私もまた、無事に逃れることはできず、蛇の怒りを受けました」
法師は、そう言って、ゆっくりと袖を抜き、上半身を紫檀にさらす。
法師の年老いて痩せた体には、黒々と焼け付くようにただれた後がある。
蛇がとぐろを巻くように、法師の体に巻き付いてみえる。
「いまだに夜になればキリキリと締め付けるような痛みがございます」
法師は、ため息をつく。
「このように蛇の妖の怒りを受けておりますので、人里で過ごすことが叶わぬのです。私は、毎夜痛みに悶え苦しんで呻き暴れているようです。きっと、傍に人がおれば、傷つけてしまうでしょう」
紫檀は、おもむろに狐火を一つ、法師の体に飛ばす。
紫檀の浄化の火が、法師の体を包み込んで、白蛇の呪いを消していく。
「まことにつまらん。晴明め。儂にこのつまらん方の仕事を押し付けおって」
すっかり綺麗になった体に驚く法師を一人置いて、何の説明もしないで紫檀はそのまま、大きな狐の姿に変じて晴明の庵へ帰っていった。
◇◇◇◇
夜の帳の降りた晴明の庵。
紫檀は、狐の姿のままで庵に上がり込む。
「晴明! 帰ったか!」
紫檀が呼べば、
「うるさい狐め。客がいるのに騒ぐな」
晴明が、眉間に皺を寄せながら奥から出てくる。
「客?」
「ああ、白女子殿じゃ」
「なんだ。儂に爺の世話を押し付けて、楽しい白蛇退治に出かけたのかと思ったのに」
「客の前でそれはずいぶん失礼な物言いだな」
晴明が苦笑いする。
奥の部屋から、白い面の美女がスッと出てくる。
「ずいぶん威勢の良い子狐ですこと」
女がそう言って笑う。
「だろう? だから、紫檀がいない間に真女子殿を呼んで、説得したのだよ。紫檀がいれば、すぐに戦おうとする」
「戦って勝てば、話は早いだろう? 真女子は、腹の立つ出来事があって怒っているのだし、それを許せと急に言われても、おいそれとは納得しない。ならば、力で調伏するのが、一番手っ取り早い」
「まあ、乱暴な」
散々に法師を苦しめておきながら、真女子は紫檀を、乱暴だと笑う。
「紫檀よ。それでは解決しないこともあるのだよ。力では、禍根という物は、増えこそすれ、減ることは少しもない。一度力で抑え込んだとしても、いつか吹き出してくる」
静かに晴明が笑う。
「知るか!」
紫檀は、プイッとそっぽを向くと、そのまま夜の闇に消えていった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる