平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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大蛇

真女子

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 1


 ミリィとクロードを連れ、ナナミの街を旅立ったワシ――ゼフ=アインシュタインは、ベルタの街に辿り着いた。
 ミリィとクロードは、ワシが時間をさかのぼる魔導タイムリープで少年時代に戻ってから初めてできた仲間だ。ミリィがマスターを務めるギルド『そうきゅう狩人かりゅうど』に、ワシとクロードが加入したのである。
 まぁ、ワシは新規結成のギルドとは知らずに入ったわけだが……それはさておき。
 ベルタに来たのは、まずはこの街にいる武器商人レディアと、ミリィたちを会わせようと考えたためである。他にも、色々とレディアには用事があったしな。
 それにベルタは大きな街だし、近くにダンジョンも点在しているため、ここを拠点にするのも悪くない。
 前世では、才能限界値の最も低いの魔導に生涯を費やしてしまったが、今度こそ効率的に魔導を極めてみせる。

「わぁ~ここがベルタですか! ボク、こんな大きな街に来たの初めてですっ!」
「私、来たことあるから案内してあげる。クロード、迷子にならないでね」

 楽しげに辺りを見回すクロードと、リーダー顔をして先導するミリィ。
 以前来た時、店に釣られてフラフラと歩き回り、何度も迷子になりかけたのを忘れたのだろうか。
 ミリィは早くもクロードを連れたまま離れて行く。ワシはそのえりくびつかまえ、引き戻した。

「こらこら、どこへ行くつもりだ?」
「あはは……あっちからいい匂いがするから、つい……」

 ったくミリィの奴、本能のおもむくままに生きてるな。
 クロードもくすくす笑っている。

「んじゃさ、お昼を食べてから武器屋に行こうよ! そーしよっ! けってーい!」

 ワシとクロードの手を取り、前を歩くミリィ。
 そういえばもう昼時か。まぁいい、レディアの店に行く前に腹ごしらえをしよう。


 というワケで、やって来たのは繁華街。昼時だからか、人がうじゃうじゃいるな。
 辺りには肉や魚の焼けるいい匂いが漂っていて、胃袋が刺激される。道端にはたくさんの料理店と屋台が並び、客も押し寄せ、まるでお祭りのようだ。
 ミリィは目をキラキラさせながら、周囲を見回している。
 口からよだれが垂れているぞ、はしたない。
 クロードも、興味深げに辺りを見ていた。

「らっしゃいらっしゃい! そこの可愛いお嬢ちゃん、ウチの太鼓焼きはベルタで一番だよ! 買ってかないかい?」
「へぇ~太鼓焼きかぁ……おいしそう!」
「そりゃあもう! このベルタで太鼓焼きと言えばウチの店が一番さぁ!」

 太鼓焼きとは、牛肉を野菜に巻いて、特製のタレをつけて焼き上げたものだ。ベルタの名物料理である。
 当然、他の屋台でも太鼓焼きは売られている。……なのに、その目の前で、よくそこまでの大口を叩けるな。他の店の者ににらみ付けられているが、店の主人は全く気にしていない。

「じゃあ買っちゃおうかな~」
「待ってください、ミリィさん」

 店に引き寄せられるミリィを、クロードが引き止める。

「確かにこの太鼓焼きは美味しそうではありますが、ベルタで一番というのはどうなのでしょう? 全ての店を見たわけではありませんが、他の店に比べると量に対して割高に思えます」
「ウ……ウチは使ってる肉が違うんだよ!」
「その肉も薄く、つやもあまりないように感じられます。あまりいいお肉を使っているようには見えませんね」

 ワシには全部同じに見えるのだが、図星なのだろう。店の主人は悔しそうに唇をんでいた。

「というわけでミリィさん。ボクの見立てでは、あちらの店のほうが肉質がよく、量、値段的にもオススメかと思われます」
「んじゃ、そっちいこーっ!」

 そう言って、クロードの指さす屋台の方に歩き出すミリィ。
 クロードに論破され、苦虫をみ潰したような顔をしている店の主人に、他の店からざまあみろと言わんばかりの視線が集まっている。
 クロードのオススメ屋台は、こぢんまりした店構えながらも安く大量に食べられる店で、上質な肉の味にミリィもクロードも満足そうだった。


 ――そして食事を終え、ワシらはレディアの店に辿り着く。
 ミリィとクロードは少し緊張しているようだ。
 ワシが先頭に立ち、ガラガラと店の戸を開けて中に入っていく。

「いらっしゃいませー」

 レディアの声が聞こえてきた。
 店の奥に向かうと、レディアはカウンターの横で何やらごそごそとしている。

「ようレディア、久々だな」
「おお~ゼフ君じゃん! 久しぶり~。元気してた?」

 そう言って立ち上がるレディア。ワシの眼前に胸が突き出され、揺れる。
 相変わらず、色々とデカい。
 クロードが進み出て、レディアに挨拶をする。

「こんにちは。ゼフ君から話は聞いています。レディアさんですね」
「へぇ~……キミがゼフ君の言っていたギルドのマスター? なかなかのイケメンだねぇ」
「ありがとうございます。でも、ボクはギルドマスターじゃありませんよ。それとボク、女ですから」
「あっはは。そんなの見ればわかるよ! それを差し引いてもイケメンだねってこと!」
「そ……そうですか?」

 クロードが女だと初見で見破るとは……恐るべしレディア。
 いや、実は見破れなくてしたのかもしれないが、それはそれで恐るべき対応速度である。
 ワシは、後ろの方で固まっているミリィをレディアの前に突き出した。

「こっちがギルドマスターのミリィだ」
「あの……初めまし……」
「おお~っ可愛いじゃ~ん♪ 小さいっ、ふわふわっ、金髪っ♪」
「むぎゅう!?」

 レディアは挨拶をしようとしたミリィを捕まえ、思いっきり抱きしめる。
 ミリィは顔面をレディアの胸に挟み込まれ、手足をばたばたと暴れさせていた。
 ちっそくしそうなのか、指がピクピクとけいれんしているぞ。

「その辺にしておいてくれ。ミリィが苦しそうだ」
「ありゃ……ごめんね~、ミリィちゃんが可愛いすぎるから、つい~」

 全く反省してなさそうな笑顔で、ミリィを解放するレディア。
 けほけほとき込むミリィに、クロードが心配そうに声をかける。

「大丈夫ですか? ミリィさん」
「……」

 クロードの声も耳に届かぬといった感じで、ミリィは自分とレディアの胸を交互に見比べている。
 そしてそのたびに、みるみる表情がくもっていった。

「えーと……ミリィさん?」
「ダメ……絶対ダメ……」

 うわごとのように呟くミリィ。何がダメなのかは知らんが、放っておいて話を進めよう。

「そういえば、頼んでいたアイテムは売れたか?」
「あぁ、うん。売れたけど……ミリィちゃんだいじょぶかな?」
「そのうち戻ってくるだろ」
「ゼフ君、意外と鬼だね~」
「いつものことだ」
「いつものこと……ねぇ」

 ニヤニヤ笑いながら店の奥に行くレディア。
 すぐに戻ってきたレディアの手には札束があり、その金をワシらに見せるように数え出した。

「はい! 三十二万ルピね。前回の狩りでかかったお金を差し引いて、三十万と七千五百ルピだね」
「うむ、礼を言う」

 ワシは、レディアから紙幣の束を受け取る。三十万ルピか。これで当面の生活費や装備を整える金は何とかなるだろう。
 すると、不意に店の戸が開いて大きな男があらわれた。

「おう! ゼフ君じゃあねえか。久しぶりだなぁ!」
「む、親父さんか」

 レディアの親父さんはあごに手を当て、何やらニヤニヤと笑っている。

「後ろの子らはゼフ君の仲間かい? へっへっ、なかなか可愛い子じゃねえか。ゼフ君も隅に置けねぇなぁ」
「お父さん、そこらのチンピラみたいな台詞せりふ言うのやめてよね……」
「がっはっは、すまんすまん!」

 ジト目で父親をにらみ付けるレディア。
 クロードが親父さんに初めましてと挨拶を返し、ミリィもやっと立ち直ったのか、慌てて頭を下げた。

「せっかく友達が来てくれたんだ、店番は代わってやるわい。店の奥で遊んでこい」
「ありがと、お父さん」

 ぱちんとウインクをして、しなを作るレディア。
 それを見た客がざわめき立つのを、親父さんが圧倒的威圧感で黙らせるのであった。


 家の中に案内されたワシらは、レディアの作ったタルトにしたつづみを打ちつつ、少し甘いお茶をすすっていた。

「ミリィちゃ~ん、頭でていい~?」
「い、いやよ!」
「ちぇ~」

 そう言いつつも、こっそりとミリィに手を伸ばすレディア。しかし逃げられ、クロードの後ろに隠れられてしまった。
 セクハラ親父か、お前は。

「そういえばレディア。ギルドエンブレムをあしらったアクセサリーを作って欲しいのだが」

 ワシは、クロードが以前デザインしたエンブレムの絵を見せた。
 デザインはしていたが、実際に作ってはいなかったのである。
 武器屋であり鍛冶もしているレディアにその制作を頼もうというのが、ここへ来た理由の一つだ。

「おっ可愛いデザインね~。でも、結構お金かかるよ? 型を作るのに五万ルピ、そこから一個作るごとに五千ルピってところかなぁ」
「け、結構高いですね……」

 完全にオーダーメイドだし、それを考えれば良心的な値段ではあるがな。駆け出しの冒険者で、しかもこれから装備を整えなければならないワシらには、少々厳しい値段である。

「いやっ、でも私もギルドメンバーの一人として、これくらいは無償で協力すべきなのかなぁ~」

 そう言って腕を組むレディア。
 あ、そういえばレディアをギルドに誘ったんだったな。あの時はそこまで乗り気でもなかったのに、今はかなりその気に……というか、もう入った気でいるぞ。
 余程ミリィのことが気に入ったのだろうか。
 当のミリィは少々レディアのことが苦手なのか、それを聞いた途端身体をびくんと震わせた。

「ね、ミリィちゃん、どう思う?」

 獲物に狙いを定めたネコ科肉食獣のような目で、問いかけるレディア。
 ミリィは暗い表情のまま少し沈黙し、意を決したように答える。

「……そうね、作ってくれるなら、せっかくだし頼もう……かな。これからもよろしくね、レディアさん……」
「あっはは、他人行儀だな~。レディアでいいってば。仲良くしようねっ、ミリィちゃん♪」

 ぱぁっと明るい顔で握手を求めるレディアに、渋い顔で応じるミリィ。
 モノで釣るとは流石さすが商人汚い。

 ワシは念話でミリィに話しかける。

《ミリィ、レディアが苦手なら無理してギルドに入れなくてもいいんだぞ。金はそこまで切迫していないしな》
《大丈夫。それに、見たところこの人、かなり強いでしょ? 商人さんだからお金の扱いにもけているだろうし、性格もいいし、料理も上手くて美人で……む、胸も……だからきっと、ギルドの戦力になる!》

 最後のいくつかは何か戦力と関係があったのだろうか。
 がたり、と勢いよく立つと、ミリィはレディアをにらみ付ける。

「私、負けないから……!」

 闘志を燃やすミリィを、レディアはニコニコとだらしない顔ででていた。


     ◆ ◆ ◆


 ベルタの街の中心から少し外れた小さな宿。
 レディアに紹介された「はらじろたぬき亭」は二階建てで、どこか民家をほう彿ふつさせる宿であった。
「腹白たぬき」というのは、腹黒ではない、誠実である、とでも言いたいのだろうか。わざわざアピールしているのが逆に怪しい気がする。
 宿の外では、気のよさそうな女将おかみが花壇に水をやっていた。その女将に、ミリィが声をかける。

「こんにちは!」
「おや、いらっしゃい。……あ、もしかして君たち、レディアちゃんの言ってた三人の冒険者かい?」
「そうでーす! 『そうきゅう狩人かりゅうど』ってギルドですっ! 何か依頼があったら、私たちのところへどうぞっ!」

 ぺこり、と頭を下げるミリィ。それにならうクロード、仕方なく続くワシ。
 着いて早々宣伝とは、ミリィの奴、なかなか抜け目がない。レディアへの対抗心で燃えているのだろうか。
 街の人の依頼で稼ぐのは、やや非効率なので好きではないのだが、街で暮らす以上は地域貢献の一環として依頼を受けるのもいいだろう。
 何かあった時に街の人と疎遠なのが原因で、変に疑いの目を向けられても面倒だからな。
 女将はワシらの顔を見比べて、頷いた。

「……うん、レディアちゃんの言う通り、いい子たちみたいだね。それじゃあ、何かあったら頼みましょうかね。部屋の準備はできてるから、受付で名前を書いたらすぐ入れるよ」

 レディアが話をつけてくれていたので、スムーズに宿に入れた。
 子供だけだと保証人を求められたり、手続きに時間がかかったりと、色々面倒なこともあるからな。レディアが間に入ってくれるだけで大分違う。
 帳簿に名前を書くと、鍵を渡されてすぐ部屋に案内される。
 借りた部屋は二つ。クロードとミリィの部屋、そしてワシの部屋兼物置。
 袋に入り切らないアイテムや生活用品、着替えなど、着いたばかりだというのに、ワシの部屋にはかなりの荷物が散乱している。
 ちなみに荷物のほとんどはミリィのものだ。後で片付けさせよう。
 しばらく部屋の整理をしていると、いつの間にか外は薄暗くなっていた。

「しかし今日はもう疲れたな。……確か一階に大浴場があると言っていたか」

 着替えを持ち、大浴場へと向かうことにする。
 部屋のドアを開けると、タオルを持ったミリィとクロードがいた。

「ゼフ君もお風呂ですか?」
「あぁ」
のぞかないでねっ!」

 べーっと舌を出すミリィ。
 誰が覗くか。
 三人で風呂場まで行き、脱衣所で別れる。
 服を脱ぎ、扉を開けると大きな浴場が目の前に広がっていた。
 大人十人は余裕で入れるであろうほどの広々とした風呂と所々に配置された岩が、風情をかもし出している。
 そういえば女将おかみが、この宿の一番の売りはこの大浴場、と言っていたか。確かに、ここまで広い風呂はあまり見たことがない。
 身体を洗い流し、ざぶんと湯に浸かると、水圧で押された肺から吐息が漏れる。
 こんな広い風呂を一人で独占――何というぜいたくであろうか。
 そんなことを思っていると、からからと戸の開く音がして人の声が聞こえてくる。
 この贅沢ももう終わりか……
 残念に思っていると、湯けむりから二つの影が姿をあらわした。
 長い髪の小さな影と、ショートヘアの細い影。

「わぁ~、すごく広いお風呂っ」
「そうですね、ボクもこんな風呂には入ったことがないです」

 ミリィとクロードだ。二人とも身体の正面をタオルで隠しながら、仲良さげに歩いて来る。
 ま……まずいっ!
 ワシはとっに湯の中に潜り、入り口とは逆方向にある岩の陰までゆっくり移動する。
 何故二人がここに? もしや混浴だったのか?
 混乱しつつも、音を立てぬように水面から顔を出した。
 岩陰であるここならば、回り込んで来られない限り見つかりはしないだろう。
 ざばぁ、と身体を洗い流す音が聞こえ、直後にどぼーんという快音がして水面が揺れる。

「飛び込んじゃダメですよ、ミリィさん。他のお客さんの迷惑になるでしょう?」
「他に誰もいないじゃん。クロードもホラ、来なよ」
「もぉ、ミリィさんてば仕方ないですね……」

 身体を流し、静かに湯船に入るクロード。

「ふぅ……気持ちいいですねぇ」


「うんっ!」

 湯船でじっとするクロードの周りを、ミリィがパシャパシャと行ったり来たりしているようだ。
 ワシは動くに動けない。
 どうしたものかと考えていると、またもや水の跳ね上がる音がした。

「ひゃあっ!?」
「ふふふ~お客さん凝ってますね~。肩を揉んであげますよ~っ♪」
「ちょっ……やめてくださ……そこは肩じゃあ……んっ、くすぐったいですからぁ」

 クロードはミリィから逃れようとしながらも、風呂では静かにという教えを律義に守っているためか、大した抵抗はできていないようだ。
 クロードのなまめかしい声と天井から落ちる水滴の音が、大浴場にかすかに響く。
 何というか。これは生殺しだ。
 浴場に響く二人の楽しげな声を、ワシは湯に顔を沈めてやり過ごす。
 しばらくすると、ミリィの動きが止まったようだ。次いでクロードのあえぎ声も。
 どうしたというのだろう。ワシは岩陰からそっと二人の様子をのぞいてみた。

「ん……どうかしましたか? ミリィさん」
「……クロード、身体中キズだらけだよね……」

 偶然、ナナミの街で兄ケインと再会したクロードは、兄に金を無心されて暴力まで振るわれていた。
 ワシがクロードの手助けをして、結局はケインをらしめることができたのだが、クロードの身体にはケインにつけられた傷跡が残ったままだ。
 クロードの身体が傷だらけであることは、ミリィも知っている。
 しかし知っていたとしても、実際に目の当たりにするとショックだったのだろう。
 湯に浸かって赤く浮かび上がった傷跡は、クロードの身体を悲しく彩っていた。
 ミリィは動きを止め、細い指でクロードの傷跡をついとなぞる。
 クロードの身体の傷には、当然ヒーリングをかけた。しかし、ヒーリングはあくまで自然治癒力を強化する魔導。深い傷跡まで治すことはできないのだ。
 それでも何度もヒーリングをかけていたところは、ミリィらしいが。

「……もう気にしないでくださいよ。ミリィさん」
「だってクロード、女の子じゃない……っ」

 静まり返る大浴場に、ぱしゃ、と水音が響いた。
 クロードがミリィの頭の上に手を置き、ゆっくりとでる。

「クロード……?」
「ゼフ君に教えてもらったんです。こうすれば、ミリィさんは大人しくなるって。ボクでは力不足かもしれませんが」
「……もう、ゼフったら……」

 クロードはミリィの身体を抱きしめ、頭を撫で続ける。
 最初は少し戸惑っていたミリィも、大人しくされるがままになっていた。
 ワシは、そんなつもりで教えたのではないのだがな。まぁいい、今回ばかりは使わせてやるか。
 二人が風呂から上がり浴場を出た頃には、ワシはすっかりのぼせて身体が真っ赤になっていた。
 ふらつく足取りで何とか部屋に辿り着き、ベッドに倒れ込む。
 間もなくして、ミリィとクロードがワシの部屋に押しかけ、ミリィの荷物の香水やら何やらで遊んでいたようだ。
 その時に風呂の感想を色々と聞かれた気がするが、ワシは湯当たりでぼうっとしていたため、よく覚えていない。
 後で聞いた話だが、あの大浴場は時間で区切って、男湯にしたり女湯にしたりしていたらしい。
 ワシらが入った時は男女の区別を示す看板が出てなかったので、不幸な事故が起こったのである。
 脱衣所は男女別なのに、何とも紛らわしい……
 ミリィからはいつ風呂に入ったのかと強く追及されたが、ワシが風呂から上がった後に二人が入ったのだろうと答えると、ミリィはあっさり納得してしまった。
 ちょろい。




 2


 翌日、ワシは二人と一緒に露店広場へ買い物に来ていた。
 今のワシらの装備は非常に心もとない。冒険者として金を稼ぐのだから、身を守る武器防具は大事である。

「まずはクロードの剣を買わないとねっ!」

 ケインとの戦いでクロードの剣はへし折れてしまい、今は丸腰状態だ。クロードが腰に下げているさやには、今は刀身の折れた剣が入っている。

「ありがたいですが、ボクに気を遣ってもらわなくても……」
「そういうわけにもいかないだろう。とはいえ、金に余裕があるわけでもない。ワシが後で適当な安物を見繕っておく」
「ひどっ!」

 実際問題、攻撃に関してはワシとミリィという魔導師が二人もいるのだから、クロードの武器はさほど重要ではない。それにクロードには悪いが、今は他に最優先で買う物があるからな。

「それより二人とも、レイスナイトのカードを探してきてもらえるか? 十万ルピ前後でできるだけ安い物をだ」

 カードとは、魔物が落とすレアアイテムの中で最も希少価値が高いもの。
 武器や防具にエンチャントする――つまりカードの魔力をこめることで、様々な効果を得られるのである。
 レイスナイトのカードは、装備した鎧(服)で受けた、あらゆるダメージを二割カットするというもので、鎧にエンチャントするカードの中では最も重宝されている。

「十万? それを二枚も!? 私たち三十万ルピしか持ってないのに、いきなりそんな高い物を買っちゃうの?」
「中途半端な防具に買い替えるよりも、カードを使ったほうが防御力が上がるからな。カードは防具に比べればまだ安い」
「買い替えの手間もいらず、無駄な出費を抑える……ですね」
「そういうことだ」

 次々に防具を買い替えていくのは非効率的である。中古のよい装備が見つかれば話は別だが、掘り出し物などそんな簡単には手に入らない。

「三枚買うと当面の生活費までなくなってしまうからな。買うのは二枚だ。それをミリィとクロードの鎧にエンチャントする」
「ゼフはどうするのよ?」
「クロードは前衛だから必須だし、ミリィはまだまだ動きが甘いから攻撃を受けやすいだろう。しかしワシほどの使い手となれば、致命的なダメージを受けるような立ち回りはしないからな」
「しょっちゅうケガしてるクセに……」
「……うるさい、致命傷は受けていないだろう」

 ワシはダメージを九割カットする魔導セイフトプロテクションが使えるし、二人ほど防御面で問題はない。
 二人は不満そうだったが、次はワシのものを買うということで渋々納得してくれた。

「そうだ、ミリィさん。レイスナイトのカードをどちらが安く買えるか、勝負しませんか? 負けたほうが何か一つ言うことを聞くということで」
「よーし、その勝負乗った!」

 折角なので、勝負することにしたらしい。
 ワシと初めて会ったときもそうだったが、クロードは意外と勝負事が好きだな。
 二人は元気よく走りながら、露店広場の人混みの中に消えていった。
 その間、ワシはクロードの武器を見繕うことにし、露店で投げ売りされているものを重点的に見ていく。おっ、五千ルピのショートソード発見……安いな。
 クロードには、しばらくこれで我慢してもらうか。
 早くも買い物が終わり、露店を見ながら待っていると、クロードとミリィが帰ってきた。

「よーし、じゃあいっせーのー、で見せっこね!」
「いいですよ、いっせーのー……せっ!」

 ミリィの持つカードには十万ルピ、クロードの持つカードには十一万を消して、九万八千と書き直された値札がついていた。

「んあーっ! 負けたーっ! 値切るなんてずっこいーっ!」
「ふふ、いい勝負でした」

 結果はクロードの勝利である。十一万を九万八千まで値切るとは……クロード、頼もしい奴よ。


     ◆ ◆ ◆
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