平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼女

母と子

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 鬼女の噂があるためか、ほとんど人の通らないススキの茂る平原に、紫檀が立つ。
 ススキがさわさわと風になびく様は、月明かりに白銀に輝き美しいが、そこに鬼女が潜んでいるかと思えば、不気味な静けさを感じられる。

 紫檀が隅におりて、晴明を降ろす。晴明は、スッと立って、辺りを見回す。

「鬼女の獲物は、身重の女や幼子だろう? どうする?」
「援軍を頼んだ。玄武の国より来てもらった」

 晴明が呼べば、そこに桜子の姿。

「座敷童か。だが、妖であるとばれないか?」
「しかし、ただの人の子では、喰われてしまうだろう?」

 桜子が、ススキ野原を走り出す。
 軽やかに桜子が走り、楽しそうに笑う。
 紫檀の周りをまわって、追いかけてくるように桜子が促す。

「仕方ない。ちょっとは遊んでやるか」

 紫檀は、子犬ほどの大きさの狐に変じて、桜子を追いかける。
 桜子は、喜んで紫檀と鬼ごっこをする。

 母親と引き離されて人買いに売られた先で、酷い方法で座敷童にされてしまった桜子には、こんな風に野山を駆けるだけで楽しいのだろう。
 紫檀と走り回って息を切らせて、ススキの間に隠れて遊ぶ。

 晴明が遊ぶ二人を眺めていると、邪悪な妖気が近づいてくる。

「どうやら、かかったようだ」

 晴明は、気配を消して、紫檀と桜子を見守る。

 桜子も怪しい気配に気づいて、紫檀に抱きつく。
 闇に光る目が二つ。
 紫檀は、桜子を背に乗せて飛ぶ。

 その後ろを、大きな出刃包丁を持った女が恐ろしい形相で追ってくる。
 あれが、噂の鬼女。

 妖狐である紫檀の後ろを、鬼女が、迫ってくる。
 確か、あの女には、妖は混じっていないはずだ。
 人魚と混じった八百比丘尼のキヨや、恐ろしい呪法に巻き込まれて妖となった座敷童の桜子よりも、よっぽど妖じみている。
 生身の人間が、あそこまで鬼となれるのかと紫檀は驚く。
 まことに人間とは、面倒なものだ。
 心一つで、ここまで変貌するとは。

「肝を寄こせ! 童!」

 鬼女が叫ぶ。

「いまさら肝を何とする! すでに薬を所望していた姫は死んだのであろう?」

 紫檀の言葉に、鬼女が頭をブルブルと震わせる。

「言うな! この狐! 全てが無駄であったのならば、娘の死は何とする!!」

 後悔、悲しみ、怒り、虚無感。そんな物で心は砕かれて、鬼女は、血の涙を流す。
 なんとも難儀だ。
 紫檀は、桜子を乗せたまま天を舞う。
 鬼女はススキの間で悔しそうに紫檀たちを仰ぎ見ている。

岩手いわてよ。もう、良いではないか」

 名を呼ばれて、鬼女は、振り向く。
 ススキの間から晴明が顔をだす。

恋衣こいごろもは、娘は一度もお前を恨む言葉は述べなかったのだろう?」

 晴明の横に、女の幽霊が立っている。
 鬼女の岩手の娘。岩手がその手で腹を裂いて殺した娘。恋衣。
 晴明が泰山夫君に頼んで、幽鬼として僅かな間だけ姿を現世うつしよに現した。
 
「おぉぉぉ」

 岩手が泣き崩れる。

「さあ、恋衣に導かれて……」

 晴明が説得しようとする横から、金剛の矢が飛んでくる。
 観音の加護を受けた白真弓から放たれた金剛の弓は、岩手を貫く。

「殺ったか!」

 ススキの間から走り出てきたのは、晴明に鬼女を退治することを頼んだ法師。
 晴明と恋衣の幽鬼の前で、鬼女は、特別な法力が込められた矢に貫かれて動かなくなってしまった。
 鬼女の魂は、砕かれて消滅し、その骸だけが転がっていた。
 母を救えなかった恋衣の魂は、悲しみにくれる。
 
「いや、晴明! お前がもたもたしておるから、儂がこのように先に退治してやったのだ!」

 鬼女の骸に、満足顔の法師が笑う。
 晴明は、眉を顰める。

「何とも、憐れな……」

 法師には、幽鬼である恋衣が見えていない。
 恋衣は、母の骸に縋ってずっと泣き崩れている。
 
「そう悔しがるな。晴明とて先を越されることもあるだろう?」

 大声で誇らしげに笑う法師。
  
「誰が先だろうが、どうでもよい。ただ、今はこの憐れな者達を弔いたい」
 
 晴明は、岩手の骸と、恋衣の魂に静かに手を合わせた。

 虚空では、紫檀と桜子が、やるせない想いを抱えたまま顛末を見守っていた。

 岩手の骸は、後日弔われ、小さな塚が一つ。ひっそりと建てられた。
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