上 下
13 / 49
鬼女

母と子

しおりを挟む
 鬼女の噂があるためか、ほとんど人の通らないススキの茂る平原に、紫檀が立つ。
 ススキがさわさわと風になびく様は、月明かりに白銀に輝き美しいが、そこに鬼女が潜んでいるかと思えば、不気味な静けさを感じられる。

 紫檀が隅におりて、晴明を降ろす。晴明は、スッと立って、辺りを見回す。

「鬼女の獲物は、身重の女や幼子だろう? どうする?」
「援軍を頼んだ。玄武の国より来てもらった」

 晴明が呼べば、そこに桜子の姿。

「座敷童か。だが、妖であるとばれないか?」
「しかし、ただの人の子では、喰われてしまうだろう?」

 桜子が、ススキ野原を走り出す。
 軽やかに桜子が走り、楽しそうに笑う。
 紫檀の周りをまわって、追いかけてくるように桜子が促す。

「仕方ない。ちょっとは遊んでやるか」

 紫檀は、子犬ほどの大きさの狐に変じて、桜子を追いかける。
 桜子は、喜んで紫檀と鬼ごっこをする。

 母親と引き離されて人買いに売られた先で、酷い方法で座敷童にされてしまった桜子には、こんな風に野山を駆けるだけで楽しいのだろう。
 紫檀と走り回って息を切らせて、ススキの間に隠れて遊ぶ。

 晴明が遊ぶ二人を眺めていると、邪悪な妖気が近づいてくる。

「どうやら、かかったようだ」

 晴明は、気配を消して、紫檀と桜子を見守る。

 桜子も怪しい気配に気づいて、紫檀に抱きつく。
 闇に光る目が二つ。
 紫檀は、桜子を背に乗せて飛ぶ。

 その後ろを、大きな出刃包丁を持った女が恐ろしい形相で追ってくる。
 あれが、噂の鬼女。

 妖狐である紫檀の後ろを、鬼女が、迫ってくる。
 確か、あの女には、妖は混じっていないはずだ。
 人魚と混じった八百比丘尼のキヨや、恐ろしい呪法に巻き込まれて妖となった座敷童の桜子よりも、よっぽど妖じみている。
 生身の人間が、あそこまで鬼となれるのかと紫檀は驚く。
 まことに人間とは、面倒なものだ。
 心一つで、ここまで変貌するとは。

「肝を寄こせ! 童!」

 鬼女が叫ぶ。

「いまさら肝を何とする! すでに薬を所望していた姫は死んだのであろう?」

 紫檀の言葉に、鬼女が頭をブルブルと震わせる。

「言うな! この狐! 全てが無駄であったのならば、娘の死は何とする!!」

 後悔、悲しみ、怒り、虚無感。そんな物で心は砕かれて、鬼女は、血の涙を流す。
 なんとも難儀だ。
 紫檀は、桜子を乗せたまま天を舞う。
 鬼女はススキの間で悔しそうに紫檀たちを仰ぎ見ている。

岩手いわてよ。もう、良いではないか」

 名を呼ばれて、鬼女は、振り向く。
 ススキの間から晴明が顔をだす。

恋衣こいごろもは、娘は一度もお前を恨む言葉は述べなかったのだろう?」

 晴明の横に、女の幽霊が立っている。
 鬼女の岩手の娘。岩手がその手で腹を裂いて殺した娘。恋衣。
 晴明が泰山夫君に頼んで、幽鬼として僅かな間だけ姿を現世うつしよに現した。
 
「おぉぉぉ」

 岩手が泣き崩れる。

「さあ、恋衣に導かれて……」

 晴明が説得しようとする横から、金剛の矢が飛んでくる。
 観音の加護を受けた白真弓から放たれた金剛の弓は、岩手を貫く。

「殺ったか!」

 ススキの間から走り出てきたのは、晴明に鬼女を退治することを頼んだ法師。
 晴明と恋衣の幽鬼の前で、鬼女は、特別な法力が込められた矢に貫かれて動かなくなってしまった。
 鬼女の魂は、砕かれて消滅し、その骸だけが転がっていた。
 母を救えなかった恋衣の魂は、悲しみにくれる。
 
「いや、晴明! お前がもたもたしておるから、儂がこのように先に退治してやったのだ!」

 鬼女の骸に、満足顔の法師が笑う。
 晴明は、眉を顰める。

「何とも、憐れな……」

 法師には、幽鬼である恋衣が見えていない。
 恋衣は、母の骸に縋ってずっと泣き崩れている。
 
「そう悔しがるな。晴明とて先を越されることもあるだろう?」

 大声で誇らしげに笑う法師。
  
「誰が先だろうが、どうでもよい。ただ、今はこの憐れな者達を弔いたい」
 
 晴明は、岩手の骸と、恋衣の魂に静かに手を合わせた。

 虚空では、紫檀と桜子が、やるせない想いを抱えたまま顛末を見守っていた。

 岩手の骸は、後日弔われ、小さな塚が一つ。ひっそりと建てられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

妖狐

ねこ沢ふたよ
キャラ文芸
妖狐の話です。(化け狐ですので、ウチの妖狐達は、基本性別はありません。) 妖の不思議で捉えどころのない人間を超えた雰囲気が伝われば嬉しいです。 妖の長たる九尾狐の白金(しろがね)が、弟子の子狐、黄(こう)を連れて、様々な妖と対峙します。 【社】 その妖狐が弟子を連れて、妖術で社に巣食う者を退治します。 【雲に梯】 身分違いの恋という意味です。街に出没する妖の話です。<小豆洗い・木花咲夜姫> 【腐れ縁】 山猫の妖、蒼月に白金が会いにいきます。<山猫> 挿絵2022/12/14 【件<くだん>】 予言を得意とする妖の話です。<件> 【喰らう】 廃病院で妖魔を退治します。<妖魔・雲外鏡> 【狐竜】 黄が狐の里に長老を訪ねます。<九尾狐(白金・紫檀)・妖狐(黄)> 【狂信】 烏天狗が一羽行方不明になります。見つけたのは・・・。<烏天狗> 【半妖<はんよう>】薬を届けます。<河童・人面瘡> 【若草狐<わかくさきつね>】半妖の串本の若い時の話です。<人面瘡・若草狐・だいだらぼっち・妖魔・雲外鏡> 【狒々<ひひ>】若草と佐次で狒々の化け物を退治します。<狒々> 【辻に立つ女】辻に立つ妖しい夜鷹の女 <妖魔、蜘蛛女、佐門> 【幻術】幻術で若草が騙されます<河童、佐門、妖狐(黄金狐・若草狐)> 【妖魔の国】佐次、復讐にいきます。<妖魔、佐門、妖狐(紫檀狐)> 【母】佐門と対決しています<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)> 【願い】紫檀無双、佐次の策<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)> 【満願】黄の器の穴の話です。<九尾狐(白金)妖狐(黄)佐次> 【妖狐の怒り】【縁<えにし>】【式神】・・・対佐門バトルです。 【狐竜 紫檀】佐門とのバトル終了して、紫檀のお仕事です。 【平安】以降、平安時代、紫檀の若い頃の話です。 <黄金狐>白金、黄金、蒼月の物語です。 【旅立ち】 ※気まぐれに、挿絵を足してます♪楽しませていただいています。 ※絵の荒さが気にかかったので、一旦、挿絵を下げています。  もう少し、綺麗に描ければ、また上げます。  2022/12/14 少しずつ改良してあげています。多少進化したはずですが、また気になる事があれば下げます。迷走中なのをいっそお楽しみください。ううっ。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

処理中です...