平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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座敷童

幻術

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 とある屋敷の片隅に、市女笠の女が訪ねてきた。

「申し、この辺りでこのような特徴の子どもを見ませんでしたでしょうか?」
女が下男に尋ねる。

 家の主人は、今は葵祭に見物に行っている。
 家の中には、秘密があり人は寄せ付けたくない。

「知らん! 目障りだ! ね!」

 警備役の帯刀した下男が、そう言って女を追い払おうとする。乱暴に腕を掴んで女を押せば、市女笠が飛んで女の顔が現れる。
 現れた顔に、下男が驚く。見たことも無いような美女。
 黒い艶やかな髪は豊かに輝き、滑らかな肌に浮かぶ紅色の小さな口は、やわらかそうだ。ほんの一瞬だけ、長い睫毛の下の黒い瞳が下男を睨めば、その妖艶な視線に、下男は心の臓が跳ね上がるのを感じた。

「何ともはや、いずこかの姫君でいらっしゃいますか?」

 慌てて市女笠を被り直す女。
 下男の問いには答えない。警戒しているのか。

「ただ、人攫いにかどわかされた我が子を探す憐れな母でございます」
 
 女は、そう言って頭を下げるばかり。
 下男には、一つ。子どもの行方に心当たりはある。身寄りのない子ばかりを集めている。まだ、計画は始まっていないから、ただの座敷牢に入れている。
 あの中の一人に、ひょっとしたら、女の子どももいるのかもしれない。

 もし、その子を自分が見つけて女に渡してやれば、女はきっと自分に感謝して……。
 皮算用をして、男はニヤリと笑う。

「女。心当たりを探してやろう。子どもの名は?」

「桜子と申します。とても賢い子で、木花咲耶姫からお名前をいただきました。目の下にホクロがございます」

「ふうん。待っていろ」

 下男は、女をその場に待たせて、座敷牢へ向かう。
 子どもの人数は十分揃っている。一人抜けさせるくらい、どうってことないだろう。どうせ、この子達は殺されてしまうのだから。

 男が屋敷の地下へ降りて座敷牢を覗く。
 何人もの子どもがすし詰めに詰められて、皆泣きじゃくって下を向いている。
 顔が見えないから、誰が誰かが分からない。

「おい! この中に、桜子という……」

 子どもに声を掛けようとして、下男は、言葉が継げなくなる。
 男の声に一斉にこちらを向いた子どもの顔が、全て蛙の顔になっている。
 男を見て、子ども達が、ゲコゲコと蛙の声で鳴きながら縋ってくる。

「うわぁぁぁぁ!!」

 下男は桜子を探すのも忘れて、叫び声をあげて必死で逃げ惑う。降りてきた階段を昇るが、不思議なことに出口がない。出口だったはずの所は塗りこめられて、壁になっている。
 お、おかしい。
 これじゃあ、まるで俺が呪術の道具にされているようだ……。

 座敷牢の鍵を閉め忘れたのだろう。
 蛙の顔をした子ども達が、下男に迫ってくる。

「あっちへ行け!! この!! くっそ!!」

 こうなっては仕方ない。まずは、この子らを全て始末してから出る方法をゆっくり考えるべきだ。
 男は、腰の刀に手をかけた。

◇◇◇◇

 市女笠をくるくる回して遊ぶ紫檀は、晴明の庵で、晴明と一緒に鼓住職の帰りを待つ。

「なあ、子どもらはどうした?」

「尼寺があってな。そこで戦災孤児を引き取っているときいている。そこに式神らに連れて行かせた」

 晴明の言葉に、ふうん。と、紫檀が軽く返答する。
 紫檀は、市女笠に飽きて、ポイッと放り出す。

「母親なんか面倒な役! もう金輪際やらん!」

 紫檀が床にゴロゴロと転がりながらむくれる。
 むくれる紫檀を、晴明が笑ってみている。

「いや~。よう働いたわ」

 肩をトントンと叩きながら鼓住職が帰ってくる。

「遅かったな。儂が子どものありかを聞き出して、晴明が連れ出すまでの幻術の割に、時間が掛かってないか?」

「うん? 仕方なかろう? もう二度とあんな馬鹿なことをしないようにお灸をすえてやらねばならんだろうが。ああいう輩は、成功するまで馬鹿な真似を続けようとする。……まあ、すえ過ぎた気はするが、儂が直接手を下したわけではないからのぅ。これも運命というものだ」

 鼓が、フフンと得意げに笑う。
 
「時に、晴明。なぜ、あのような計画に気づいた? かなり綿密に秘密にすすめていたのに」

 鼓が話を逸らす。これ以上は、何が起こったのかを言う気はないということだろう。

「鼓が自分で言ったであろう? 昔あの屋敷で同じことをされた子どもがおったのだ。それが、あの館の改修工事に伴って、ようやく解放されて外に出てきた」

 いつの間にか、晴明の隣に童が一人。
 人間の匂いはしない。幽鬼というには、あまりに妖気が漂っている。

「座敷童?」

 紫檀の言葉に、寂しそうな笑いを童が浮かべる。
 
「桜子と申す。これから、式神に、玄武の元へ送り届けさせる。八百比丘尼のキヨがそこにいるから、二人で仲良く生きていけるだろう」

 晴明は、そう言って、涼やかに笑った。

 屋敷の下男が酒を飲み過ぎて幻を見て、刀を振って暴れまわり、家中の者を切り殺したという噂を、紫檀と晴明が聞いたのは、葵祭の熱気が冷めた頃だった。
 葵祭から帰った主人は、血まみれの家人を見て泣き崩れ、呆然と立ち尽くす刀を持った下男を、一刀両断に切り捨ててしまったのだという。

 凄惨なことのあったその家は、瞬く間に傾き、主人も絶望し自害したのだと聞く。

「座敷童の去った家は、潰れる運命なのだよ」

 しれっと晴明が言って、いつも通りの笑みを浮かべていた。
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