7 / 49
人魚
選択
しおりを挟む
人魚の肉を喰らって不老不死になった八百比丘尼キヨを喰っても、不老不死になる訳ではない。
その理屈は分かる。
なぜなら、完全に妖である人魚と人間が一体化することはなく、半妖の状態だからだ。
それに、もしそのようなことが可能ならば、キヨがこのように孤独に彷徨う理由が分からない。キヨは不老不死なのであるから、痛みが伴ったとしても、愛する者と永遠に生きていられるならば、その身を分け与えて供に仲良く生きていることだろう。
「では、今この娘を追っている人間のやっていることは?」
紫檀が尋ねる。
「全くの無駄骨。少し考えれば、赤子でも分かりそうなことなのに、欲が邪魔して真理が見えなくなってしまっている。こうなってしまっては、いくら正論で説得しても何も言うことを聞こうとしない」
晴明は、苦笑いする。
「人という物は、本当に面倒だな」
呆れる紫檀に、「ほんに」。と、キヨが笑う。
まるで天気の話をしているかのように和やかに三人は話す。
「しかし、不老不死と言っても、キヨにとっては迷惑な話だろう? 身を刻まれる痛みを、なぜ見ず知らずの欲の皮の突っ張った爺のために我慢しなければならないのか。下手をすれば、自由を失い監禁されて、恐ろしい拷問を受ける可能性もある」
晴明の言葉に、キヨがコクリと首を縦に振る。
「左様でございます。ですから、こうして人から身を隠して過ごさざるを得ないのです」
キヨは寂しそうにそう言って目を伏せた。
自らの欲望を優先する心無い者のために、キヨは人から離れて生きざるを得ない。
「かつて、親切顔で近づいてきた医者は、私を実験して薬を創るのだと言って、私を地下牢に閉じ込めました。かつて、私に親切にして匿って下さったお婆さんは、化けもを飼っていると罵られて殺されてしまいました。かつて、金持ちの男が、私を見つけ出し、身を切り刻んて喰らいましたが、不老不死は得られず、試し切りだと部下に刀で身を切らせたところ、治ることはなくそのまま死にました」
キヨは、今までの長い人生で体験したことを、晴明と紫檀に語って聞かせる。
「なんとも不遇な。妖ではないただの人間が不老不死となることは、これほど災厄が降りかかる事なのか」
紫檀は、キヨを思いやる。
「ええ。私の場合はそうでした」
微笑むキヨの顔には、諦めが滲む。
人魚の呪い。我が身を喰らった者を決して幸せにはしない。それが、不老不死という毒なのだ。
「さあ、話すのはもう終いだ。キヨ、追っ手が来る」
晴明が言うように、バタバタと何人もの足音がこちらに近づいてくるのが分かる。
晴明が、式神を取り出す。
式神が、人の大きさになり、跪いて晴明の命令を待つ。
「キヨ。選べ。このまま人間の世界で永久に逃げ惑うか、人間の世界を諦めて、四神獣玄武の住まう妖の国に妖として生きるか」
晴明が突然突きつけた選択に、キヨは目を丸くした。
その理屈は分かる。
なぜなら、完全に妖である人魚と人間が一体化することはなく、半妖の状態だからだ。
それに、もしそのようなことが可能ならば、キヨがこのように孤独に彷徨う理由が分からない。キヨは不老不死なのであるから、痛みが伴ったとしても、愛する者と永遠に生きていられるならば、その身を分け与えて供に仲良く生きていることだろう。
「では、今この娘を追っている人間のやっていることは?」
紫檀が尋ねる。
「全くの無駄骨。少し考えれば、赤子でも分かりそうなことなのに、欲が邪魔して真理が見えなくなってしまっている。こうなってしまっては、いくら正論で説得しても何も言うことを聞こうとしない」
晴明は、苦笑いする。
「人という物は、本当に面倒だな」
呆れる紫檀に、「ほんに」。と、キヨが笑う。
まるで天気の話をしているかのように和やかに三人は話す。
「しかし、不老不死と言っても、キヨにとっては迷惑な話だろう? 身を刻まれる痛みを、なぜ見ず知らずの欲の皮の突っ張った爺のために我慢しなければならないのか。下手をすれば、自由を失い監禁されて、恐ろしい拷問を受ける可能性もある」
晴明の言葉に、キヨがコクリと首を縦に振る。
「左様でございます。ですから、こうして人から身を隠して過ごさざるを得ないのです」
キヨは寂しそうにそう言って目を伏せた。
自らの欲望を優先する心無い者のために、キヨは人から離れて生きざるを得ない。
「かつて、親切顔で近づいてきた医者は、私を実験して薬を創るのだと言って、私を地下牢に閉じ込めました。かつて、私に親切にして匿って下さったお婆さんは、化けもを飼っていると罵られて殺されてしまいました。かつて、金持ちの男が、私を見つけ出し、身を切り刻んて喰らいましたが、不老不死は得られず、試し切りだと部下に刀で身を切らせたところ、治ることはなくそのまま死にました」
キヨは、今までの長い人生で体験したことを、晴明と紫檀に語って聞かせる。
「なんとも不遇な。妖ではないただの人間が不老不死となることは、これほど災厄が降りかかる事なのか」
紫檀は、キヨを思いやる。
「ええ。私の場合はそうでした」
微笑むキヨの顔には、諦めが滲む。
人魚の呪い。我が身を喰らった者を決して幸せにはしない。それが、不老不死という毒なのだ。
「さあ、話すのはもう終いだ。キヨ、追っ手が来る」
晴明が言うように、バタバタと何人もの足音がこちらに近づいてくるのが分かる。
晴明が、式神を取り出す。
式神が、人の大きさになり、跪いて晴明の命令を待つ。
「キヨ。選べ。このまま人間の世界で永久に逃げ惑うか、人間の世界を諦めて、四神獣玄武の住まう妖の国に妖として生きるか」
晴明が突然突きつけた選択に、キヨは目を丸くした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる