平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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人魚

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 人魚の肉を喰らって不老不死になった八百比丘尼キヨを喰っても、不老不死になる訳ではない。

 その理屈は分かる。
 なぜなら、完全に妖である人魚と人間が一体化することはなく、半妖の状態だからだ。
 それに、もしそのようなことが可能ならば、キヨがこのように孤独に彷徨う理由が分からない。キヨは不老不死なのであるから、痛みが伴ったとしても、愛する者と永遠に生きていられるならば、その身を分け与えて供に仲良く生きていることだろう。
 
「では、今この娘を追っている人間のやっていることは?」
紫檀が尋ねる。

「全くの無駄骨。少し考えれば、赤子でも分かりそうなことなのに、欲が邪魔して真理が見えなくなってしまっている。こうなってしまっては、いくら正論で説得しても何も言うことを聞こうとしない」
晴明は、苦笑いする。

「人という物は、本当に面倒だな」
呆れる紫檀に、「ほんに」。と、キヨが笑う。

 まるで天気の話をしているかのように和やかに三人は話す。

「しかし、不老不死と言っても、キヨにとっては迷惑な話だろう? 身を刻まれる痛みを、なぜ見ず知らずの欲の皮の突っ張った爺のために我慢しなければならないのか。下手をすれば、自由を失い監禁されて、恐ろしい拷問を受ける可能性もある」

 晴明の言葉に、キヨがコクリと首を縦に振る。

「左様でございます。ですから、こうして人から身を隠して過ごさざるを得ないのです」
キヨは寂しそうにそう言って目を伏せた。

 自らの欲望を優先する心無い者のために、キヨは人から離れて生きざるを得ない。

「かつて、親切顔で近づいてきた医者は、私を実験して薬を創るのだと言って、私を地下牢に閉じ込めました。かつて、私に親切にして匿って下さったお婆さんは、化けもを飼っていると罵られて殺されてしまいました。かつて、金持ちの男が、私を見つけ出し、身を切り刻んて喰らいましたが、不老不死は得られず、試し切りだと部下に刀で身を切らせたところ、治ることはなくそのまま死にました」

 キヨは、今までの長い人生で体験したことを、晴明と紫檀に語って聞かせる。

「なんとも不遇な。妖ではないただの人間が不老不死となることは、これほど災厄が降りかかる事なのか」
紫檀は、キヨを思いやる。

「ええ。私の場合はそうでした」
微笑むキヨの顔には、諦めが滲む。

 人魚の呪い。我が身を喰らった者を決して幸せにはしない。それが、不老不死というなのだ。

「さあ、話すのはもう終いだ。キヨ、追っ手が来る」

 晴明が言うように、バタバタと何人もの足音がこちらに近づいてくるのが分かる。
 晴明が、式神を取り出す。
 式神が、人の大きさになり、跪いて晴明の命令を待つ。

「キヨ。選べ。このまま人間の世界で永久とわに逃げ惑うか、人間の世界を諦めて、四神獣玄武の住まう妖の国に妖として生きるか」

 晴明が突然突きつけた選択に、キヨは目を丸くした。
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