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蟲毒
アマガエル
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そのまま帰るのと思えば、晴明は、紫檀に次の場所へ行くように指示を出す。
「なんじゃ? あの女を浄化してやればそれで終わりで無かったのか?」
蟲毒の呪いをその身に受けていた女。目が覚めて正気に返った時には、その恐ろしさに二度と蟲毒になんて手を出さないだろう。
それで、アマガエルに頼まれた晴明の仕事は終わりかと思った。
「アマガエルが何と言っていたかちゃんと聞いていたか? 『あの手の人間は、成功するまで何度でも行う』と言っていたのだ。つまり、あの蟲毒の首謀者は、まだ健在で、その呪いを諦めてはいない」
確かにそう言っていたが……。
紫檀は、雨の庭でアマガエルと晴明が話をしていた光景を思い出す。
「ああいう危険な技に手を出す輩は、得てして自分の手は汚さない。誰かを焚きつけるか、命じてやらせるか」
「つまり、蟲毒で呪うようにあの女に指示した者がいるということか?」
かつて県犬養姉女《あがたのいぬかいのあねめ》が帝を狙った時も、不破内親王の命令であったはず。今回の件も同じように首謀者が他に居るというのか。
「そうだ。そして、あの女を正気に戻したことで、心おきなく他の者に命じてまた蟲毒を試すだろう。だから、そうならないように釘を刺しておきたい」
お前が首謀者であることは分かっている。二度とそのような行いをするな。と、言いに行くということか。
晴明の指示で紫檀が降りたのは、大きな屋敷。
たしか藤原の何某とかの屋敷でなかったか? 兄弟に権力争いに負けて、あの蟲毒の呪いを受けた女の主の後ろ盾の一人……。
いつしか雨はやみ、薄っすらと雲が残る空に弓のような細い月がかかる。
狐火を灯せば、手入れの行き届いた庭に木蓮の花が白く浮かぶ。
晴明が袂から出したのは、一匹の蛙。
「さあ、行っておいで」
晴明の手からピョンと飛び降りた蛙は、そのまま屋敷の軒下へと潜って見えなくなってしまった。
「あれは……昼間の蛙か? いつの間に?」
「お前がグウグウだらしなく眠っている間に世の中は動いているのだよ」
晴明が薄く笑う。
「さあ、後はあの蛙に任せていい。帰ろうか」
晴明が、そう言えば、紫檀は慌てて狐に変じて晴明を乗せる。
そのまま、晴明の庵まで、二人は帰っていった。
気になった紫檀が後日調べてみれば、館の下働きの男から噂を聞いた。
下働きの男は、興奮気味に周囲に語るが、誰もその話を信じはしない。
男の話によれば、例の館では、主が突然気が触れてしまったのだという。
四つん這いではい回り、跳ぶ真似をして、虫しか食さなくなってしまった。明らかに何か物の怪の仕業。
普通ならば陰陽寮にその知らせが届き治療に向かうのだが、おかしなことに家の者は知らせをせずに、主を狂ったまま放置して座敷牢に隠してしまったのだ、と。
主が狂えば、その館を保つことは難しく、館はたちまち傾いて、人も住まなくなってしまった。
狂った主がどうなったのかは、誰も知らない。
「なんじゃ? あの女を浄化してやればそれで終わりで無かったのか?」
蟲毒の呪いをその身に受けていた女。目が覚めて正気に返った時には、その恐ろしさに二度と蟲毒になんて手を出さないだろう。
それで、アマガエルに頼まれた晴明の仕事は終わりかと思った。
「アマガエルが何と言っていたかちゃんと聞いていたか? 『あの手の人間は、成功するまで何度でも行う』と言っていたのだ。つまり、あの蟲毒の首謀者は、まだ健在で、その呪いを諦めてはいない」
確かにそう言っていたが……。
紫檀は、雨の庭でアマガエルと晴明が話をしていた光景を思い出す。
「ああいう危険な技に手を出す輩は、得てして自分の手は汚さない。誰かを焚きつけるか、命じてやらせるか」
「つまり、蟲毒で呪うようにあの女に指示した者がいるということか?」
かつて県犬養姉女《あがたのいぬかいのあねめ》が帝を狙った時も、不破内親王の命令であったはず。今回の件も同じように首謀者が他に居るというのか。
「そうだ。そして、あの女を正気に戻したことで、心おきなく他の者に命じてまた蟲毒を試すだろう。だから、そうならないように釘を刺しておきたい」
お前が首謀者であることは分かっている。二度とそのような行いをするな。と、言いに行くということか。
晴明の指示で紫檀が降りたのは、大きな屋敷。
たしか藤原の何某とかの屋敷でなかったか? 兄弟に権力争いに負けて、あの蟲毒の呪いを受けた女の主の後ろ盾の一人……。
いつしか雨はやみ、薄っすらと雲が残る空に弓のような細い月がかかる。
狐火を灯せば、手入れの行き届いた庭に木蓮の花が白く浮かぶ。
晴明が袂から出したのは、一匹の蛙。
「さあ、行っておいで」
晴明の手からピョンと飛び降りた蛙は、そのまま屋敷の軒下へと潜って見えなくなってしまった。
「あれは……昼間の蛙か? いつの間に?」
「お前がグウグウだらしなく眠っている間に世の中は動いているのだよ」
晴明が薄く笑う。
「さあ、後はあの蛙に任せていい。帰ろうか」
晴明が、そう言えば、紫檀は慌てて狐に変じて晴明を乗せる。
そのまま、晴明の庵まで、二人は帰っていった。
気になった紫檀が後日調べてみれば、館の下働きの男から噂を聞いた。
下働きの男は、興奮気味に周囲に語るが、誰もその話を信じはしない。
男の話によれば、例の館では、主が突然気が触れてしまったのだという。
四つん這いではい回り、跳ぶ真似をして、虫しか食さなくなってしまった。明らかに何か物の怪の仕業。
普通ならば陰陽寮にその知らせが届き治療に向かうのだが、おかしなことに家の者は知らせをせずに、主を狂ったまま放置して座敷牢に隠してしまったのだ、と。
主が狂えば、その館を保つことは難しく、館はたちまち傾いて、人も住まなくなってしまった。
狂った主がどうなったのかは、誰も知らない。
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